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前回の続き
【翠 side】
赫ちゃんは、俺の腕の中でじっとしてた。
いつもなら、少しすると動きたくなって、
おもちゃのところに行ったり、走ったりするのに。
今日は、違う。
俺の服を掴む手に、ずっと力が入ってる。
「……翠にぃ」
小さな声。
「ん?」
返事をすると、赫ちゃんは俺の顔を見上げた。
俺の顔をじっと、見る。
……やめてほしかった。
見られると、
息が苦しいの、ばれそうで。
「……あつい?」
赫ちゃんが言った。
「……あつくないよ」
ちょっと早めに、そう答えた。
考える前に、口が動いた。
でも、赫ちゃんは納得しなかったみたいで、
俺の胸のあたりに、そっと手を当てる。
どく。
どく。
心臓の音が、やけに大きい。
「……どきどき、はやい」
言われた瞬間、胸がきゅっとなった。
「……ふつうだよ」
そう言いながら、
赫ちゃんの手を、そっと外そうとした。
でも、離さなかった。
「……へん」
ぽつりと、言う。
「翠にぃ、へん」
その言葉が、思ったより重かった。
俺は、赫ちゃんから少しだけ目をそらした。
息を吸おうとして、途中で止まる。
ひゅ、って小さな音が鳴る。
……しまった。
赫ちゃんの目が、ぱっと開いた。
「……いまの、なに?」
「なにもないよ」
すぐ答えた。
でも、声が、少しだけ震えた。
赫ちゃんは、俺の口元を見て、
次に、胸を見る。
子どもなのに、
ちゃんと見てる。
「……翠にぃ、いたい?」
「……ううん、大丈夫」
嘘だった。
でも、どう言えばいいか、分からない。
苦しいって言ったら、
赫ちゃんはどうするんだろう。
泣く?
こわがる?
桃にぃたちを呼びに行く?
……それは、だめだ。
黄ちゃんと水ちゃんは、病院。
桃にぃたちは2人の付き添いで、いない。
今、言ったら。
「……」
俺が黙ると、赫ちゃんは不安そうな顔になった。
「……翠にぃ」
もう一回、呼ばれる。
小さい手が、俺の服をぎゅっと掴む。
さっきより、強く。
「……おくち、へん」
「え……」
「さっきから、はぁってしてる」
……見てたんだ。
俺が、息を整えようとしてたのも。
うまく吸えなくて、何度も小さく呼吸してたのも。
赫ちゃんは、俺の胸に、そっと耳を当てた。
「……うるさい」
「……なにが?」
「ここ」
胸を、指でとんとんする。
「うるさいし、こわい」
その言葉で、
俺の中の何かが、少しだけ揺れた。
(……こわいの、俺だけじゃないんだ)
赫ちゃんは、分からないなりに、
ちゃんと「おかしい」って感じてる。
俺は、ゆっくり、赫ちゃんを抱き直した。
「……だいじょうぶ」
言い慣れた言葉。
でも、今日は、赫ちゃんが首を振った。
「……だいじょうぶじゃない」
小さい声なのに、
はっきりしてた。
「翠にぃ、へんだもん」
俺は、何も言えなかった。
息は、まだ苦しい。
胸は、重い。
でも、それより、
赫ちゃんに気づかれたことのほうが、怖かった。
……隠してきたのに。
ひとりで耐えるって、決めてたのに。
赫ちゃんは、俺から離れず、
ずっと、ぎゅっと掴んだまま。
まるで、
逃がさないみたいに。
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