テラーノベル
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【短歌】
先生と 呼ぶたび少し 切なくて 名前で呼べる 日は来ないまま
【短歌をテーマにした物語】
先生のことを好きになったのは、いつだったんだろう。
今となっては、はっきり思い出せない。
最初は、ただの先生だった。
分からない問題を聞けば、丁寧に教えてくれる。
テストで悪い点を取れば、「次は頑張ろう」と笑ってくれる。
誰かが落ち込んでいれば、さりげなく声をかける。
そんな、どこにでもいるような優しい先生。
それだけだったはずなのに。
「先生、おはようございます」
朝の教室でそう言うたび、胸の奥が少しだけ弾んだ。
「おはよう。今日も早いな」
たったそれだけ。
たったそれだけなのに、その日の私は少しだけ幸せだった。
そして同時に、少しだけ切なかった。
先生。
私はあなたを、そう呼ぶ。
それ以外の呼び方を知らない。
いや。
本当は知っている。
先生には、ちゃんと名前がある。
職員室の名札にも書いてある。
出席簿にも書いてある。
だけど、私がその名前を口にすることはない。
先生だから。
私は生徒だから。
それだけの距離が、いつも私たちの間にあった。
ある日の放課後、私は数学のプリントを持って職員室へ向かった。
「先生、これお願いします」
「お、終わったか。ありがとう」
先生がプリントを受け取る。
そのとき、ふと思った。
もう少しだけ、ここにいたい。
「先生」
「ん?」
「……なんでもないです」
「そうか?」
先生は不思議そうに私を見る。
私は笑ってごまかした。
本当は聞きたかった。
先生はどんな学生だったのか。
好きなものは何なのか。
休みの日は何をしているのか。
もっと、先生のことを知りたかった。
でも、それを聞いたところで何になるのだろう。
私は生徒。
先生は先生。
その関係は変わらない。
「じゃあ、帰ります」
「ああ。気をつけてな」
「はい」
職員室を出る。
扉が閉まった瞬間、私は小さく息を吐いた。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
ただ好きな人と話しただけなのに。
ただ「また明日」と言われただけなのに。
それだけで嬉しくなって。
それだけで切なくなる。
そんな日々が、何度も続いた。
そして気がつけば、卒業式の日になっていた。
黒板には「卒業おめでとう」と書かれている。
机の中も空っぽ。
明日から、ここに来る理由はなくなる。
先生の授業を受けることも。
朝、先生に「おはようございます」と言うことも。
廊下ですれ違って、「先生」と呼びかけることも。
全部、今日で終わる。
卒業式が終わったあと、私は先生のところへ行った。
「先生」
「どうした?」
「……今まで、ありがとうございました」
言いたかった言葉は、もっとたくさんあった。
好きでした。
ずっと好きでした。
先生に会える朝が楽しみでした。
先生に褒めてもらえると嬉しかったです。
でも、どれも言えなかった。
「こちらこそ。三年間、よく頑張ったな」
先生は笑った。
その笑顔を見るのも、これが最後なのかもしれない。
そう思ったら、胸がいっぱいになった。
「先生の授業、好きでした」
やっと言えたのは、それだけだった。
「そうか。ありがとう」
先生は嬉しそうに笑った。
私はその笑顔を覚えておこうと思った。
ずっと。
帰り際、私は教室を振り返った。
窓から差し込む春の日差し。
見慣れた机。
黒板。
そして、先生のいる教室。
私は最後にもう一度だけ言った。
「先生、さようなら」
「さようなら。元気でな」
それだけだった。
校門を出てから、私は空を見上げた。
泣きそうだった。
でも、泣かなかった。
この恋は、きっと叶わない。
そんなことは、ずっと前から分かっていた。
だから、これでいい。
私は先生を好きだった。
それだけでいい。
先生と呼ぶたび、少し切なかった。
本当は名前で呼んでみたかった。
一度くらい、「先生」ではなく、その名前を呼んでみたかった。
でも、そんな日は最後まで来なかった。
そしてきっと、これからも来ない。
それでも私は、この恋を忘れないと思う。
私が初めて誰かを特別に思ったこと。
朝の「おはよう」が嬉しかったこと。
授業中、先生の声を聞くのが好きだったこと。
卒業の日に、最後まで「先生」と呼んだこと。
全部、私の大切な思い出だ。
だから今は、胸の中でそっと呼ぶ。
先生。
ありがとう。
さようなら。
そして――。
名前で呼べる日は来ないまま。
私はこの恋を、春の思い出にする。
コメント
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わあ…切ない。すごくきれいなお話でした。 「先生」と呼ぶたびに感じる距離感と、名前で呼びたい気持ちが行ったり来たりする描写が、じんわりと胸に沁みました。特に卒業式で、言いたかったことがたくさんあったのに「先生の授業、好きでした」だけしか言えなかった場面、すごく分かります。本当に好きな人ほど、伝えたいことが多すぎて言葉が追いつかないんですよね。 最後の「春の思い出にする」という締めくくりも、優しくて少し寂しくて、でもちゃんと前を向いていて。素敵な読後感でした。水曜さんの描く恋の距離感、とても好きです🌷
水曜
1,120
#探偵