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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し

1
【短歌】
砂浜を 二人で歩く そのたびに 波が思い出 運んでくれる
【短歌をテーマにした物語】
海へ行こう、と彼が言った。
「久しぶりに、海を見たい」
夏休みのある朝、突然の誘いだった。
「いいよ」
私はすぐに答えた。
電車に乗って、海の近くの駅で降りる。
駅から少し歩くと、潮の香りがしてきた。
そして、木々の向こうに青い海が見えた。
「海だ」
思わず声が出る。
「子どもみたい」
彼が笑う。
「だって、久しぶりなんだもん」
二人で砂浜へ向かった。
裸足になると、砂が少し熱かった。
波打ち際を歩く。
寄せてきた波が足元を濡らし、二人は慌てて少し後ろへ下がった。
「冷たい!」
「だから言っただろ」
「言ってないじゃん」
「言ったよ」
「言ってない」
そんな言い合いをしながら、二人で笑う。
何でもない会話。
でも、私はこういう時間が好きだった。
海を見ながら歩いていると、ふと昔のことを思い出した。
「ねえ」
「ん?」
「前にもここに来たこと、覚えてる?」
「もちろん」
彼は笑った。
まだ付き合い始めたばかりの頃だった。
二人とも少し緊張していて、会話も今ほど多くなかった。
砂浜を歩きながら、何を話せばいいのか分からなくて。
ただ海を見ていた。
「最初は、全然しゃべらなかったよね」
「そっちもだろ」
「私は緊張してたの」
「俺だって緊張してたよ」
思い出して、二人で笑った。
波が寄せてくる。
白い泡が砂浜を走り、また海へ戻っていく。
その音を聞いていると、さらに別の記憶が蘇ってきた。
初めて一緒に見た夕焼け。
帰りの電車で眠そうにしていた彼。
コンビニで買ったアイスを半分ずつ食べたこと。
くだらないことで笑ったこと。
少し喧嘩したこと。
仲直りしたこと。
どれも大きな出来事ではない。
けれど、ひとつひとつが大切な思い出だった。
「私たち、いろんなところ行ったね」
「そうだな」
「覚えてる?」
「結構覚えてるよ」
「本当に?」
「じゃあ、試してみる?」
「何を?」
「今まで行った場所、全部言えるか」
「無理」
「だろ?」
彼が笑う。
私も笑った。
全部覚えていなくてもいい。
忘れてしまった小さな出来事があったとしても。
また新しい思い出を作ればいい。
二人は再び歩き始めた。
足跡が砂浜に並んで残る。
けれど、波が寄せてくれば、その足跡はすぐに消えてしまう。
「足跡、消えちゃった」
私が言う。
「また歩けばいいだろ」
彼が答えた。
その言葉が、なぜか心に残った。
思い出も同じなのかもしれない。
どんな一日も、いつかは過去になる。
細かいことは忘れてしまうかもしれない。
でも、そのたびにまた一緒に歩けばいい。
新しい景色を見て、新しいことを話して。
そうして思い出を重ねていけばいい。
夕方。
海が少しずつオレンジ色に染まっていく。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
帰る前に、私はもう一度海を振り返った。
波が寄せてくる。
そして、砂浜を濡らしながら戻っていく。
まるで、遠い場所から何かを運んできて、また持って帰っていくように見えた。
「また来ようね」
「うん。次は秋の海もいいな」
「秋?」
「人が少ないから」
「いいね」
次の約束ができた。
それだけで、帰るのが少し楽しみになった。
駅へ向かう道を、二人で並んで歩く。
今日の出来事も、いつか思い出になる。
そして何年か経ったあと、またこの海へ来たら。
「あの日、ここを歩いたね」
きっとそう言って笑うのだろう。
砂浜を歩く。
そのたびに足跡は消えていく。
けれど、思い出まで消えるわけじゃない。
波が寄せるたび、昔の記憶を思い出す。
そしてまた、新しい思い出が生まれていく。
だから私は、隣を歩く彼を見て笑った。
今日もまたひとつ。
波が思い出を運んでくれる。
そんな夏の日だった。
コメント
1件
ああ、もう、すごく好きな話でした……🥀🤍 「足跡が消えちゃった」「また歩けばいいだろ」ってやりとり、心にじんわりきました。波が思い出を運んでくるっていうモチーフ、さりげなく繰り返されるのがすごく良くて。全部覚えてなくても、また一緒に歩けばいいんだって思える感じ、すごく温かい気持ちになりました。 水曜さんの書くこういう静かで優しい日常、すごく好きです。何気ない会話のひとつひとつが宝物みたいで、読んでるこっちまで隣を歩いてる気持ちになりました。また次の話も読みたいです🌙