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《秋霧の乱》
第九章 灯は消えず
静かだった。
信じられないほど静かだった。
泉政権が発足し、世間は浮かれていた。
テレビは連日、「構造改革」「聖域なき改革」「痛みを伴う」といった言葉を賛美している。
かつて官房長官としてマイクを握ったこの手は、今はポケットの中だ。
そして私は、党本部の端の部屋に押し込まれた“元・主役”。
昼下がり、議員会館の窓から、霞が関を眺めていた。
「あれが、動かないんだよな。」
私は、呟いた。
霞が関――この国の“本当の心臓”。
私が命を賭けて向き合おうとしたもの。
でも、壊す力も、包む力も、私には足りなかった。
山谷とは口を利いていない。
古本とは酒を酌み交わした。
野茂は、相変わらず怒鳴り散らしているらしい。
泉は、もう私を見ていない。
いや、たぶん最初から見ていなかったのかもしれない。
◆ 地元・山形へ
久しぶりに地元に帰った。
雪解け前の寒い風が、頬に沁みた。
選挙区を歩くと、年配の男性がこう言った。
「加山さん、悔しかったべ?」
私は、笑った。
「ええ、悔しかったです。でも…悔いはない。」
そのとき、本当にそう思った。
小さな演説会。
100人にも満たない集会だったが、私は壇上で話した。
「政治ってのは、急には変わらないんです。
でも、誰かが**“変わらないもの”を信じ続けることで、少しずつ動くんです。**
それを信じて、私はまだここにいます。」
拍手はまばらだった。
でも、誰も立ち去らなかった。
東京に戻る新幹線の中。
私はノートを開き、ひとつだけ書いた。
「信じたことは、消えない。
灯し続けることが、政治家の最後の務めだ。」
静かな決意だった。
私はもう、何かを変える“剣”ではない。
でも、“灯”にはなれる。
風が吹いても、
雨が降っても、
誰かが見るための、小さな灯火になれる。