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1件
うわ、この流れ…!森野さんの普通の会社員ライフが静かに、でも確実に崩れそうになってる感じがめちゃくちゃ怖いです。昨日まで「仕事して帰るのが好き」って言ってた日常が、たった一晩で揺らいじゃうんですもんね。相沢さんの「別れる理由にはならない」にはほっとしたけど、最後のエルフ集会の電話で全部の空気が変わったのがゾッとしました…次の朝がどうなるのか、もう気になって仕方ないです!🤍
第17話「エルフの動画が拡散されそうです」
月曜日。
午前九時十一分。
営業企画部。
「動画が一個あるらしい」
部長のその一言で。
森野リリカの耳が。
完全に止まった。
普段なら。
驚けば動く。
恥ずかしくても動く。
嘘をついても動く。
しかし。
本当に危険なときは。
動かないらしい。
相沢直人は初めて知った。
「動画?」
田中美咲が食いつく。
「見せてください」
「ちょっと待って」
部長がスマートフォンを操作する。
森野が相沢を見る。
目だけで言っている。
どうしましょう。
相沢も目で返す。
分からない。
神崎レオンは冷静だった。
「部長」
「何?」
「その動画、どこに?」
「SNS」
「再生数は?」
「昨日見たときは三百くらい」
三百。
微妙だ。
少なくはない。
多くもない。
しかし。
伸びる可能性がある。
「見つけた」
部長が言う。
田中が近づく。
「見せて」
森野の顔色が悪くなる。
動画が再生された。
ホテルの廊下。
火災警報。
人々が避難している。
そして。
画面の奥。
森野がいる。
寝起き。
髪はストレート。
長い耳が。
完全に出ている。
「うわ」
田中が言った。
「本当にエルフじゃん」
森野が固まる。
動画の中。
子供の声。
『ママ、あのお姉ちゃん、耳長い』
森野が耳を押さえる。
相沢が何か言っている。
『コスプレです』
動画終了。
沈黙。
田中が言った。
「すごい」
森野は何も言えない。
「この耳」
田中が画面を見る。
「めちゃくちゃリアル」
森野。
「……」
「どうやって付けてるんだろ」
森野。
「……」
部長も言う。
「最近のコスプレってすごいな」
森野。
「……そうですね」
ぴく。
耳が動いた。
相沢は思った。
助かった。
誰も本物だと思っていない。
田中が動画をもう一度見る。
「でも」
嫌な言葉。
「この人」
森野の顔が固まる。
「森野さんに似てない?」
沈黙。
相沢が即答した。
「似てない」
田中が相沢を見る。
「まだちゃんと見てないでしょう」
「似てない」
「怪しい」
神崎が自然に言う。
「髪型が違いますよ」
「でも顔が」
「動画が荒いですから」
「背格好も」
「よくある体型です」
森野が神崎を見る。
少し傷ついた顔。
神崎が小声で言う。
「今は我慢して」
田中が森野を見る。
次に動画。
また森野。
「似てるなあ」
森野が言う。
「他人です」
ぴく。
相沢と神崎が同時に耳を見る。
「二人とも見ないでください」
田中が首をかしげる。
「何?」
「何でもありません!」
午前九時半。
三人は小会議室に集まった。
相沢。
森野。
神崎。
「どうします?」
森野が言う。
神崎がスマートフォンを見る。
「動画は現在、再生数四百十二」
「増えてる」
「少しだけです」
相沢が聞く。
「削除してもらえないの?」
「投稿者にお願いすることはできます」
神崎が言う。
「ただ」
「ただ?」
「削除依頼すると、逆に怪しまれる可能性があります」
森野が頭を抱える。
「どうして私、あのとき帽子を持って出なかったんでしょう」
「火災警報だったから」
「せめてタオル」
「避難が先だよ」
「でも」
「森野さん」
相沢が言う。
「本当に火事だったら耳どころじゃない」
森野は黙った。
「それはそうですけど」
神崎が言う。
「今のところ、コメントも普通ですね」
「どんな?」
神崎が読む。
「『耳すごい』」
「はい」
「『コスプレしたまま泊まってたのかな』」
「はい」
「『火災報知器で設定を守って避難するエルフ』」
相沢が吹き出す。
森野が睨む。
「笑わないでください」
「ごめん」
神崎が続ける。
「『耳が動いてる。高そう』」
「高くありません」
「本物だからね」
「相沢さん」
「はい」
神崎が画面をスクロールする。
「『この人かわいい』」
森野の耳が。
ぴく。
相沢が言う。
「そこ反応するんだ」
「してません」
「した」
「してません!」
神崎が笑う。
「危機感より褒め言葉に反応しましたね」
「二人とも嫌いです」
午前十一時。
動画再生数。
七百八十二。
微妙に増えている。
相沢は仕事をしながら。
何度も確認してしまう。
森野から社内チャット。
『仕事してください』
『森野さんも見てる?』
『見てません』
『再生数今いくつ?』
十秒後。
『八百三十一です』
『見てるじゃん』
返信なし。
昼休み。
三人で公園。
森野はベンチに座っている。
「会社辞めようかな」
「そこまで?」
相沢が聞く。
「正体がばれたら辞めます」
「本当に?」
「はい」
耳は動かない。
本気だ。
「どうして?」
「働きにくいでしょう」
「みんな受け入れるかもよ」
「無理です」
「何で?」
「相沢さん」
森野が言う。
「会社に突然、百四十三歳のエルフがいると分かったらどうします?」
相沢は考える。
「質問する」
「でしょう?」
「何歳から老けなくなるんですか、とか」
「はい」
「耳触っていいですか、とか」
「絶対聞かれます」
「寿命何歳ですか、とか」
「毎日です」
神崎が言う。
「テレビも来るかもしれません」
森野がうなずく。
「だから嫌なんです」
相沢は納得する。
「静かに働きたいだけ?」
「はい」
「人間の会社で?」
「はい」
「どうしてそんなに会社員好きなの?」
森野は少し考える。
「普通だからです」
「普通?」
「朝起きて」
「うん」
「電車に乗って」
「うん」
「会社へ行って」
「うん」
「仕事して」
「うん」
「帰る」
「うん」
「それが好きなんです」
相沢は少し笑った。
「変わってるね」
「失礼です」
「会社員でそれ言える人少ないよ」
「そうですか?」
「月曜の朝とか」
「私は嫌いじゃありません」
「本当に?」
「はい」
耳は動かない。
本当らしい。
相沢は思った。
百四十三年生きても。
月曜日が嫌いではない人間。
いや。
エルフ。
かなり珍しい。
午後三時。
動画再生数。
千二百。
伸びが鈍くなった。
「止まりそうですね」
神崎が言う。
森野がほっとする。
「よかった」
午後五時。
千三百五十。
午後六時。
千四百十二。
ほぼ止まった。
「大丈夫そう」
相沢が言う。
森野が大きく息を吐く。
「寿命が縮みました」
神崎が言う。
「エルフの寿命が縮むほど?」
「縮みます」
「何年?」
「三年くらい」
「誤差じゃん」
「相沢さん」
「はい」
仕事終了。
今日は森野と一緒に帰る。
会社から離れて。
いつもの道。
手をつなぐ。
森野が言う。
「今日は疲れました」
「動画?」
「はい」
「でも大丈夫だったね」
「たぶん」
「今度からホテルでは帽子を枕元に置く?」
「そうします」
「防災用エルフ帽子」
「笑い事じゃありません」
「ヘルメットでもいいか」
「耳が入りません」
「専用ヘルメット必要だね」
森野が笑う。
「エルフ用防災用品」
「売れるかも」
「市場が小さすぎます」
「全国に何人いるの?」
「教えません」
「国家機密?」
「エルフ機密です」
二人で歩く。
駅の少し前。
森野が言った。
「相沢さん」
「何?」
「もし」
「うん」
「いつか本当にばれたら」
相沢を見る。
「どうします?」
「何が?」
「私がエルフだって」
相沢は考える。
「会社に?」
「世間に」
「うーん」
「離れます?」
「何で?」
「面倒ですよ」
「だろうね」
「記者とか来るかもしれません」
「うん」
「相沢さんまで写真撮られるかも」
「嫌だな」
森野の表情が少し曇る。
相沢は続ける。
「でも」
「はい」
「森野さんと別れる理由にはならないかな」
ぴく。
耳が動く。
「今のところ」
「今のところ?」
「絶対って言うと森野さんのお母さんに怒られそうだから」
森野が笑う。
「何ですか、それ」
「正直に」
「そうですね」
森野が手を少し強く握る。
「ありがとうございます」
その夜。
午後十一時。
相沢はベッドに入る。
スマートフォンを見る。
例の動画。
再生数。
千五百二十七。
ほぼ停止。
大丈夫だ。
相沢は画面を閉じる。
眠る。
翌朝。
午前六時四十三分。
スマートフォンが鳴る。
神崎から。
電話。
相沢は寝ぼけながら出る。
「もしもし」
『相沢さん』
神崎の声が。
いつもと違う。
「何?」
『動画』
「動画?」
『昨日のです』
「うん」
『別のアカウントが転載しました』
相沢は起き上がる。
「再生数は?」
少し沈黙。
『二十七万です』
「……え?」
『それと』
「まだあるの?」
『画像を拡大した人がいます』
相沢は完全に目が覚める。
「何て?」
神崎が言った。
『耳の付け根を分析して』
一拍。
『これは特殊メイクではなく、本物ではないか、と』
相沢はベッドの上で固まった。
その瞬間。
別の着信。
森野リリカ。
相沢は神崎との通話を切り。
森野に出る。
「もしもし」
『相沢さん』
森野の声が震えている。
「見た?」
『はい』
「大丈夫?」
少し沈黙。
『大丈夫じゃありません』
相沢は何も言えない。
森野が続ける。
『エルフの集会から連絡が来ました』
「何て?」
『緊急会議です』
「いつ?」
『今夜』
「俺も?」
『はい』
森野が小さく息を吸う。
『今回は』
その声が低くなる。
『私が人間社会に残れるかどうかも、話し合うそうです』
相沢は窓の外を見る。
いつもと同じ朝。
電車が走っている。
人が歩いている。
会社は今日も始まる。
けれど。
森野リリカにとって。
今日が。
普通の会社員として働ける最後の日になるかもしれなかった。