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✧≡≡ FILE_051: ウィンチェスター爆弾魔事件≡≡✧
ワイミーは、汗ばんだ額を拭う余裕すらなく、車のボンネットから伸びるケーブルを爆弾の根部へと這わせていた。
視線はただ一点──本体に突き刺さった二本の導線に釘付けになっている。
「……こっちは、もう通電していない」
焼け落ち、完全に死んだ片方のケーブル。
工具を握り直し、圧着された根元を慎重に緩めていく。
キリスが冷却作業で一度ずつ温度を落としていくその傍らで、ワイミーの手元もまた、秒単位の綱渡りを続けていた。
ガッ──
「……外れた」
小さく呟き、ワイミーは新しい配線ケーブルを取り出す。
研究所から持ち込んだ、専用の絶縁高圧ケーブル。工業用蓄電装置や実験設備向けに設計されたもので、放電耐性も電流処理能力も、市販品とは次元が違う。
導線の末端には、車両電源と直結できる変換アダプターが組み込まれている。
ワイミーはそのケーブルを、爆弾本体の電極部へ──カチッ、と乾いた音を立てて接続した。
立ち上がり、車へと歩き出す。
「今から、放電処理に入る」
教会の高い天井に反響するその声に、頷いたのは──白い服の少年だった。
イグニッションキーを回す。
エンジンが低く唸り、電流計の針が、じわりと動き始めた。
「……流れている」
ワイミーは目を細める。
新たに形成された放電経路を通じ、爆弾内部に蓄積されていたルミライトの電気が、車両を介して徐々に外へと引き抜かれていく。
それに呼応するように──温度表示が、28.6℃ → 28.5℃ → 28.4℃ と、わずかだが確実な下降を示した。
「──抜けていく……!」
モニターを凝視したまま、ワイミーは息を吐く。
だが、その安堵は、ほんの数秒しか続かなかった。
「ワイミーさん」
声は冷静だった。
だが、呼びかけたキリスの顔は蒼白だった。
彼は爆弾の外殻──金属接合部の一箇所を指差す。
「……金属が、耐えきれそうにない。今の放電で、内部構造に“歪み”が出ている。このまま抜き続けたら、亀裂が走る。下手をすれば──」
言葉の続きを、誰も口にしなかった。
「暴走する……」
その言葉を言い切る前に、ワイミーの口が開いた。
「──少年!」
即座の叫びだった。
「君はもう、逃げろ!!」
白い服の少年が顔を上げる。
だが、その視線は一瞬たりとも逸れず、ただ一点──爆弾を見据えたままだった。
「急冷はできない。だが……放電を一気に終わらせれば、金属が割れても被害は最小で済む」
「そんなことをしたら……車が……ッ!」
「爆発するかもしれない……!」
キリスの叫びが響いた瞬間、ワイミーはすでに動いていた。
運転席に飛び込み、アクセルを踏み抜く。
──ブォンッ!!
エンジンが、悲鳴のような唸り声を上げる。
爆弾と繋がれた絶縁ケーブルが、限界まで張り詰めた。
(中の電気さえ抜ければ)
車は、ゆっくりと──だが確実に、後退を始める。
タイヤが石床を削り、低い轟音を立てた。
(この車は、恐らく爆発する。なら──その前に、できるだけ遠くへ)
──ケーブルが引きずられる。
だが、限界はすぐに訪れた。
車は、大きなステンドグラスの真下──教会の入口ぎりぎりで停止する。
「まだ、抜けてる!」
キリスが叫ぶ。
「28.1……28.0……!!」
その瞬間──
パシンッ!
乾いた音が、爆弾の表面を走った。
金属外殻に走る、微細な亀裂。
小さなヒビ。
だが、それは“終わりの前兆”だった。
ワイミーはハンドルを握り締めたまま、車内で呟く。
「……頼む。あと少しでいい。数ボルト……それだけ抜ければ……」
温度表示が、刻々と変わる。
> 27.9℃
> 27.8℃
> 27.7℃
ギギ……
ケーブルが軋み、接合部から火花が散った。
ギギ……
27.7℃──安定ラインを割ったはずの爆弾が、なおも光を孕み、鼓動のように脈打っている。
ワイミーの指先が、わずかに震えた。
(……これ以上は、持たないかもしれない)
そのときだった──
視界の端。
サイドミラーに、ふたつの影が映る。
「──ッ!」
扉の陰。
興味を抑えきれない、あどけない顔。
AとB。
「……なぜ、君たちが……ッ!」
迷いはなかった。
ワイミーはドアを蹴り開け、駆け出す。
「伏せろッ!!」
間に合うか──そんな思考を挟む余地すらない。
走りながら二人を強引に引き寄せ、両腕で抱き込むようにして、地面に叩き伏せた。
──次の瞬間。
──ドンッ!!!
爆風が、世界を裏返した。
爆弾ではない。
爆発したのは、車だった。
放電後に残った過電流。電磁波の反動。内蔵バッテリーの過熱。
限界を超えた回路が、連鎖的に崩壊したのだ。
炎と黒煙が教会の外に噴き上がり、ステンドグラスが高く砕け散って降り注ぐ。
柱が震え、石床が軋んだ。
──ジュウッ……!
焦げる音が、鋭く空気を裂いた。
繋がっていたケーブルが、火花を散らしながら燃え上がる。
車体から爆弾へ──“炎”が、逆流し始めていた。
このまま温度が臨界へ戻れば、次はない。
今度こそ、世界が終わる。
「……ッ!」
迷わず動いたのは、ローライトだった。
脱ぎ捨てたコートでドライアイスを包み込み、火走るケーブルの中腹へと押し当てる。
瞬間──白い蒸気が、爆発するように噴き上がった。
二酸化炭素が霧となり、ケーブルの表面を一気に覆う。
金属が悲鳴を上げるように軋み、霜が走る。
「ッ……!」
冷気が、確かに一度は熱を押し返した。
だが、それは“止めた”のではない。
ほんの、時間を奪っただけだ。
──ピッ。
乾いた電子音が、やけに大きく響く。
爆弾の表示が、跳ね上がった。
> 27.7℃ → 28.3℃
戻ってきた。
熱が、確実に。
すると──
少年の背を、誰かの手が強く掴んだ。
視界が浮き、足が床を離れる。
次の瞬間──
何かが、覆いかぶさった。
抱き潰すように、庇うように。
世界が、暗転する。
──フラッシュ。
キリス・フラッシュハートが、少年の頭を腕で抱え込み、身体ごと覆っていた。
爆心から、最も遠ざける位置。
最も危険な場所を、自分の背に引き受ける角度。
それは一瞬の出来事。
瞬きするよりも早く──
目の前が真っ白に光った───────
────世界そのものが光になったみたいで。
視界の端が、音もなく剥がれていく。
──白。
ただ──白。
白、白い。
真っ白な光。
存在のすべてを包み込む、“無垢の光”。
耳鳴りはなく、爆音もなく、爆風の圧も──痛みさえなかった。
あったのは、たったひとつ──ぬくもり。
背中を包む手のひら。
覆うように、庇うように。
(──あたたかい)
まるで、あの日。
誰かに、初めて抱きしめられたような。
愛という名のものに、初めて触れたような。
ああ、全てが白い。
空も、白い。
地も、白い。
手も、白い。
綺麗だ……
綺麗だ……
綺麗だ……
ああ……
ああ……
ああ……
──これが、
父の、光か──?
目を焼くほどのまばゆさではない。
魂を貫くほどの熱でもない。
でも、そこに在る。
誰かを守るためだけに灯った、ひとつの“光”。
あたたかい
あたたかい
あたたかい
そうか、
これが、正義か──
そうか、
これが、愛か──
やっと見つけた
そこに──
いたんだね。
お父さん。
お母さん。
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