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海の中をこんなふうに見られるだなんて、僕は思ってもいなかった。
ネッシー自体のどこにも窓なんてついてなかったのだけれど、どうやら前後左右にカメラが設置されているらしく、中に入るとたくさんのモニターに囲まれていて、そのモニターで海の中を観察することができた。
普段スーパーの鮮魚売り場なんかで見られる魚がたくさん群れを成して泳ぎ回っているだけでなく、海藻類の近くには青や黄色の小さな魚が泳ぎまわり、意外なことに近くを僕らの乗るネッシーが通り過ぎても、まるで逃げようともしなかった。
ちなみに、ネッシーも真帆たちが空を飛ぶときと同じように、魔法によって姿が別の魚に見えるようにしてあるらしい。確かに、こんな形のものが海を泳いでいたら誰もが驚いて大騒ぎになっていることだろう。
深い海の中を、ネッシーはサシャさんの運転によって自由自在に泳ぎ回った。
それでもサシャさん曰く、水深はまだ五メートルから十メートル前後。
ギリギリ光が届くくらいの深さで、竜宮城に向かう浦島太郎はきっとこんな光景を海の中で見たのだろうな、と僕は感心しながらそれらを見ていた。
「おいしそ~!」
とは真帆の言葉である。
「あれ、焼くと美味しいですよね! あ、アレは味噌汁に入れると味に深みが出るんですよ!」
などと微妙に空気を壊してくれる発言をしてくれた。
「真帆、料理できたっけ?」
「私じゃないですよ、お姉ちゃんです」
「あぁ、加奈さんか……」
「私が料理なんてできるわけないじゃないですか~!」
ぷぷっと噴き出すように笑う真帆。できるわけない、の意味が解らないけれど、お世辞にも料理が上手いとは言えないことは僕もちゃんと理解していた。
「もうちょい深いとこまで行くから、ふたりともしっかり掴まってなよ!」
「あ、はい!」
ネッシーの中はサシャさんの言う通り確かに狭くて、操縦席の後ろには人ふたりくらいしか立っていられないほどの隙間しかなかった。
なので、真帆は僕の右腕を胸に抱いたまま、ぴったりと身を寄せるようにくっついている。普段よりも直に肌が接してしまっているためか、どうしても真帆の感触や息遣いを意識せずにはいられなくて、なんとか真帆から意識を逸らすために僕は海の様子を眺めていたのだけれど――
「来てよかったですね! ユウくん!」
満面の笑みで嬉しそうに言うものだから、僕はもうどんな気持ちでいればいいのかもわからないまま、
「え、あ、う、うん、そうだね――」
としか答えられなかった。
「あ、カニですよ、カニ! 凄い! なんだかカニが食べたくなってきました!」
――まったく、真帆は食べることばかりだ。
僕は思わず笑みをもらし、
「……今度、食べに行く?」
「いいですね! 行きましょう行きましょう!」
すっごく楽しみです! と真帆は小さく跳ねたのだった。
それからしばらくして、僕らの乗るネッシーは再びあの小さな浜辺に戻りついた。
ハッチが開き、ネッシーから地面に降り立つ。
なんだか身体がふわふわする感じがするのは、今までネッシーで海の中を泳ぎ回って身体が上下左右に揺られていたからだろう。足元がおぼつかない。
「――あっ」
真帆も小さく声を漏らし、躓いて僕の身体に寄りかかってくる。
「おっと」と僕はそれを受け止め、真帆の身体を支えてあげる。
「大丈夫?」
「す、すみません、ありがとうございます……」
そんな僕らに、乙守先生が、
「海の中、どうだった? すごくキレイだったでしょ?」
「よかったよねー!」榎先輩も嬉しそうに、「サメとか泳いでたでしょ?」
それから鐘撞さんや肥田木さんに顔を向けて、
「ふたりも乗せてもらって見て来ればいいのに」
それに対し、首をぶんぶん横に振る肥田木さん。
「ムリです! ムリムリです!」
「……まぁ、私はまた次に機会があれば」
苦笑いする鐘撞さんだった。
「さて、それじゃぁ、あーしはそろそろ仕事に戻ろっかな」
サシャさんが腰に手をあてながら口にして、
「あなた、今何を探してるんだっけ」
と乙守先生が訊ねる。
「今ッスか? とりあえず、江戸時代の沈没船に乗せられてたっていう、未来が見える天球儀を探してるッス」
「あぁ、アレね。私も一度だけ見たことがあるけど、どういう構造になってるのか全然わからなかったのよねぇ。見つかったら、いつも通り復元科までお願いね」
「りょーかいッス! あーしに任せてください!」
それじゃぁ! サシャさんはそう言って僕らに大きく両手を振ると、ふたたびネッシーに乗り込んだ。
ズリズリと砂浜を這って、海の中へと消えていくサシャさんの乗るネッシー。
僕らはその姿が見えなくなるまで見送ると、
「――さて、帰りましょうか」
乙守先生がそう口にした。
「井口先生、きっと待ちくたびれてイライラしてる頃合いだろうから」
「そうですね、早く帰りましょう! 私もお腹空きました! 早く戻ってお昼にしましょう!」
「あたしも海の中の魚見てて、何だかお腹空いちゃったんだよね。魚食べたい、魚」
僕から離れて、榎先輩と並んで先を歩き始める真帆。
それを追うように、鐘撞さんと肥田木さんも続いていく。
その後ろを歩き始めた乙守先生に、僕は声をかけた。
「――あの、乙守先生」
「ん? なぁに?」
と振り向く先生。
「さっきの話なんですけど」
「さっきの? 何だっけ?」
「未来の見える天球儀」
「……あぁ」
乙守先生はくすりと笑んで、それから唇の前に人さし指を立てながら、
「――その話はまた、別の機会にしましょう? シモハライくんもお腹空いてるでしょ?」
虹色に輝く先生の瞳に、僕は思わずたじろぎ、ごくりと唾を飲んで、
「……わ、わかりました」
ただ、頷くことしかできなかった。