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「あと一つだけ……重要な技術? があるから公開するよ。沙耶、コレって何に見える?」
玄関の隅に立て掛けてあったホウキを一本、適当に引き抜いてみせる。
ただの掃除道具。どこからどう見ても戦いとは縁遠い、生活感の塊だ。
それを胸の前で構えながら、私は沙耶に問いかけた。
「……ホウキ?」
沙耶がきょとんと首を傾げる。そりゃそうだ。
「うん、そう見えるけど私はコレを剣だと認識してる」
「何言ってるんすか????」
すかさず七海のツッコミが飛んだ。
端末の向こう側――配信のコメント欄も同じ気持ちらしく、
『ホウキだろ』『とうとう頭おかしくなった?』『聖女、疲れてる?』
みたいな文字列が流れているのが横目に入る。
この技術は認識の拡張――つまり、自身のスキルが届く範囲を、
“自分の頭の中で”無理やり広げてしまうためのものだ。
技術と言うと格好はいいが、実のところはもっと泥臭い。
感覚としては「思い込み」だとか「心構え」と言った方が実態に近いかもしれない。
「私は【剣術】スキルを持っている。この【剣術】スキルは剣を持たないと意味がない。
じゃあ、剣の定義は?」
言いながら、自分の中で何度も繰り返してきた確認作業をなぞる。
“剣とは何か”――一見どうでもよさそうでいて、この技術の根幹になる問いだ。
「えっと……手で持って、振ると物が切れる……ですかね?」
少し考え込んだ後、小森ちゃんが恐る恐る答えてくれた。
その通りだ、と私は笑う。
「そう。それで合ってるけど、私が手に持っている物は?」
「持てはするけど、物は切れなさそうだよねぇ……」
沙耶が、至極真っ当な一般人の感想を述べたところで――
「丁度いいところにミノタウロスの角があるっすよ!」
七海がどこからともなく大きな角を持ってきた。
「助かる」
私は角を受け取り、軽く重さを確かめてから、ふわりと宙へ放り投げた。
くるり、くるりと回転しながら、落ちてくる角。
それを迎え撃つように、私はホウキ――いや、“剣”を振る。
あえてカメラで追えるギリギリの速度まで、振りを落とした。
視聴者の目にも分かるように、角の真ん中あたりを一度、そして斜めにもう一度。
風を切る感触と共に、ホウキの柄が空を描く。
次の瞬間、地面に落ちたのは一本の角ではなく、きれいに三等分された破片だった。
「どういうこと????」
素っ頓狂な声を上げたのは沙耶だが、
コメント欄も似たような文字列で埋め尽くされていることだろう。
「スキルの適用範囲は、自分の“認識”に左右されるんだ。
だから私はコレを剣だと思って疑ってないし、
何なら素手でも【剣術】スキルを発動できるよ」
当たり前のことを説明するように口にすると、
沙耶が小さく、でもはっきりと呟いた。
「何その脳筋理論……」
うん、反応としてはとても正しい。
コメント欄も同じような空気だ。
確かに、ただのゴリ押し理論だ。
理屈を積み上げていくタイプの人間ほど、こういう「認識の飛躍」は会得しにくい。
生憎、私は物事を深く考えないタイプだから、
“これは剣だ”と頭を切り替えるだけでよかった。
習得するまでに時間は、ほとんどかからなかったのだ。
『脳筋の発想すぎる』『いや無理だろ』『世界はイメージでできていた……?』
『うちのフライパンも剣って認識していいですか』『※真似しないでくださいってテロップ出そう』
七海が端末を抱えて肩を震わせている。
「先輩、コメント欄ざわっざわっすよ……『聖女、やっぱり頭おかしかった』って」
「失礼だなぁ? ちゃんと理屈はあるんだよ、理屈“は”」
とはいえ、感覚を掴むまでは完全に脳筋の世界だったのも事実だ。
「もうちょっと噛み砕いて言うとね。スキルって『システム側が用意した得意分野』みたいなもので、
どこからどこまでが適用範囲か、実はけっこう曖昧なんだよ」
私はホウキ――いや、今の私にとっては“剣”――の柄を軽く握り直す。
「例えば【剣術】ってスキル名だけど、
“刃の付いた金属製の武器”しかダメって厳密に決められてるわけじゃない。
『これは剣であり、剣として扱う』って自分の中で定義して、
それを一ミリも疑わなければ――システム側は『ああそう、じゃあそれ剣ね』って認めてくれる」
「システムちょろくないっすか?」
「ちょろくないよ? 普通の人はそこで『でもホウキだし……』ってブレーキ踏んじゃうからさ。
私はそこをアクセルベタ踏みで突っ切っただけ」
要するに、「常識」がブレーキとして働いている。
私はそのブレーキを最初から搭載していなかっただけだ。誇れるような、誇れないような。
「もちろん、何でもかんでも通るわけじゃないよ。
“手に持って振れば対象を傷つけられる形状”っていう最低ラインはあるし、
そもそもの身体能力が足りなかったらスキルが乗っても意味ない」
「その意味ではホウキはまだ分かるっすけど……素手はどういう理屈なんすか?」
「簡単だよ。『指一本一本が“極小の刃”でできた剣』って認識してる」
「こっわ!? お姉ちゃんそれは怖いよ!!」
沙耶が半歩後ずさった。コメント欄も「発想がホラー」「触れたくない」「握手会中止のお知らせ」みたいな文字で埋まっていく。
「大事なのは、“自分の中で矛盾がないこと”。
『ホウキだけど剣ってことにしよう』じゃダメで、
『これは剣だ。ホウキに見える部分なんて存在しない』くらい本気で思い込まないといけない」
「……それ、真似しようとした瞬間に頭痛くなりそうなんだけど」
「だから“技術?”って言ったでしょ。精神構造をいじるタイプの話だから、
合う人と合わない人がいる。無理な人は普通に剣持ってスキル使った方が絶対に強いよ」
私はカメラに向き直って、指で小さな丸を作る。
「これね、今の日本の状況だとかなり重要になると思ってる。
まともな武器が足りない拠点もあるし、魔界みたいに何でも武器化できる環境でもない。
“ある物を全部、戦力として認識し直す”っていう考え方は、
多分これからの『生き残るためのセンス』の一つになるはず」
コメント欄に「でも真似したら死にそう」「脳みそバグりそう」「出来たら世界変わりそう」の文字が流れていく。
「もちろん、いきなり『ホウキでミノタウロスの角真っ二つ!』は無理だからね?
最初はちゃんと剣を持ったうえでイメージを重ねる、とか。
そういう安全な範囲から少しずつ“認識の外側”を広げていく感じ」
「ねぇお姉ちゃん、それってさ――」
沙耶がカメラを七海に渡して、横に並んだ。
「要するに、“自分の限界を自分で決めないための考え方”なんだよね?」
「……そうだね。結局のところ、私が魔界で生き残れたのも、
『無理』って決めつける前に『とりあえずやってみよう』って脳筋思考があったからだし」
私はホウキをくるりと一回転させて、玄関に立て掛け直した。
「だからこれは、誰にでも強制したい技術じゃない。
ただ、“今の自分にはこれしかできない”って思ってる人に、
『もしかしたら、まだ外側に一歩分くらい余白があるかもよ?』って、
そういうヒントになればいいなってくらい」
コメント欄に、ぽつぽつと違う色の文字が混ざっていく。
『ちょっとだけやってみたい』『限界決めない、か』
『脳筋目指します』『今の自分が嫌いだから挑戦してみる』
沙耶がそれをちらっと見て、ふっと表情を和らげた。
「……ね、子羊たち。
お姉ちゃんは昔からこういう人だからさ、
『真似できない』って笑ってくれてもいいし、
『ちょっとだけ真似してみる』って決めてくれてもいい。どっちでもいいんだよ」
「ただ一つだけ言えるのは――」
私はカメラの真正面に立ち、胸を張る。
「この“認識の拡張”を本気で身につけた人間が何人か居れば、
日本の戦力は、今より確実に一段……いや、二段は底上げできる。
だから、やりたいって思った人だけでいい。私、全力で教えるから」
そう宣言した瞬間、コメント欄が一気に流れ始めた。
『教えて!』『講習会まだ?』『地方民だけど配信授業して』『死なない範囲でお願いします』
端末を覗き込んでいた七海が、にやりと笑う。
「先輩、これ……講習コース作れるレベルっすよ。
“脳筋式・聖女流自己強化講座”とかどうっすか?」
「名前のせいで誰も真剣に申し込んでこなさそうだから却下」
そう軽口を叩きながらも、少しだけ悪くないかもと思っている私がいる。
今ここで、画面の向こう側にいる何千人、何万人もの“誰か”の限界をーーほんの少しでも広げられるのなら。
「……じゃあ、明日からしばらくは“基礎編”を配信でやろうか。
まずは安全な魔力コントロールと、イメージトレーニングからね」
そう言って私は、画面の向こうの“子羊たち”に向かって、ゆっくりと手を振った。
「生き残りたい人、強くなりたい人――。明日も、ちゃんと来なさい」
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