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朽ち果てた廃工場の中は、やはりというか、蜘蛛の巣と埃だらけであった。使われないまま、放置された機械たち、劣化し折れ曲がったパイプ。

そして、所々に落ちた泥。眠り姫はどこか顔色が悪かった。

「……ここって、何かあったのでしょうか…」

「放火だ。多くの作業員が犠牲になられた、悲しい事件だ」

「不気味ですね…どうしてここに?」

「分からない。ただ、1つ言えることは…この先に恐らく、何かがあるということだけだ」

「……」

押し黙る眠り姫。鴉は迷いなく、少々早足で進んでいた。

2人の跡を、俺は静かに着いて行く。

「《泥人形》は、逃亡した後、ここに来たのでしょうか…あの泥も、その《泥人形》の仕業で…?」

「多分な。だが、《泥人形》は再生、分身といった生命能力に長けている《怪物》だ。例え、この泥と奴が関連していて、この先に居たとしても必ずしも、奴とは限らない」

「それは、《泥人形》の生み出した新たな《怪物》の可能性があるということですか」

「あくまでも可能性だ。それに、今はまだ目的地に着いていない。泥だってまだ続いている…まあ、行くしか今のところ、選択肢はないということだ」

2人の会話を耳にしながら、辺りに何か気配がないか注意を張り巡らす。響くのは2人の足音。それ以外の気配は全くない。が…。

「…鴉さん…なんか、変な匂いが濃くなってきてません…?」

眠り姫が鼻を片手で抑えながら、そう問い掛けた。

確かに眠り姫の指摘通り、異臭は奥に進むつれ強くなってきている。

「…目的地に近づいて来ているかもしれない。体勢を整えとけ」

その言葉に、俺達は頷いた。

泥に従い、暫く進むとある広いスペースに出た。かなり広いところだ。コンクリートで出来た無機質な壁と床がどこまでも広がっている。

しかも、不思議なことに埃などのものは全く無かった。

「誰かいたな、ここに」

確信したように鴉が呟く。眠り姫は重心を下にして、鞘にそっと手を掛けていた。

ーーびしゃっ。

また、泥が落ちる。しかも、落ちた先は丁度俺達の前だった。

落ちた泥は1つだけ。

「…近づくぞ」

ゆっくりと近づく。

ーーその瞬間、気配が増えた。2つの気配が、いつの間にか3つに増えている。警戒範囲を一気に拡張し、隅々まで探す。が、気配は感じ取れるものの、肝心の正体が分からない。

「ーーー!」

《超音波》を発生させる。が、それでも反応はない。近付こうとする2人に話し掛ける。

「……気配を察知した」

2人の警戒が一気に高まる。鴉は攻撃の準備に入り、眠り姫は鞘から半身の刀を顕にしていた。

また、2人に話しかけようとした瞬間。

超音波の跳ね返りに歪みが生まれる。

そして、その歪みが発生したと同時に、泥が地面に吸い込まれていった。

「…誰だ!」

鴉が大声を出す。返事はない。と、思われたが奥の方から、こつこつと1つの足音が聞こえて来た。

「…来る…!」

誰もが敵だと確信する。だが…その足音の正体は予想していたのとは違っていた。

「あ、あの…あなた達は?」

微かに震えた声、血の気の引いた顔、微弱ながらも体が震えている女性。手には地図らしきものを握っていた。

「……人…?何故…」

「わ、私、決して怪しいものではありませんから!本当です!わ、私は、あの人に連れられて…!」

あの人とは誰だろう。女性は何かに怯えている様子だった。まるで、今さっき誰かから追われていたかのように。

「一回落ち着いてください…えっと、まず貴女の名前を教えていただけないでしょうか…?」

「は、はい…私は…糸音真弓と言います」

ぴたっと鴉の動きが止まった。眠り姫は最初、軽く流していたが途中で何かに気づいたみたいだ。

糸音真弓。この名前を聞いたのは初めてではない。例の公園で恐らく、《怪物》であろうモノを見たと通報した女性。

だが、何故その女性がここにいるのだろうか。

「真弓さん…あの、もしかして銅像が動いていると通報した方でしょうか?」

「え?ど、どうしてそれを?」

「えっと、私達、あの公園で張り込みをしていたんです。通報があったから…詳しくは言えないんですけど、張り込みをしていた最中、色々とありまして…ここに来たというわけなんです」

「色々ですか…もしかしてなんですけれど…泥…のことでしたりしますか…?」

「泥について、何か知っていることが?」

すかさず、鴉が聞く。

女性は戸惑いながらも答えた。

「う、嘘じゃないですからね?信じて貰えないかも知れないんですけれど…」

♦︎♦︎♦︎

まず、異変が起こったのは、公園で動く銅像を見たあの日でした。

中学時代の同級生達との飲み会、そのメンバーにはよくお世話になっていた人や、逆にさせた人、更には仲の良い子もいたので飲み会には参加していました。その日の帰り。

あの日は何軒か回っていたので、帰りがとても遅くなってしまったのです。家への帰り道、家からの最寄駅に電車で行こうと、駅に向かって行こうとしたらくらり、としたので、ついつい吐き気が…。近くに公園があったので、一回そこで休もうと思ったのです。

そうしたら…見たんですよ。動く犬の銅像を。黒い何かが纏わりついていて、変な匂いを発しながら犬の銅像が動いていたんです。

びっくりして、慌てて公園から出て…ヤバいと思った時にはもう、通報していて…。まあ、そんなに大事にはならなかったのですが…。

問題は、それからなんです。

次の日、仕事に向かうと玄関から出ると。そこにはなぜか、バケツが置かれていて。気になって見たらそこには、変な匂いのする泥がありふれんばかりに貯まってあったんです。

その時は悪戯かな、と、大家さんに話して協力してもらい、バケツをどけたんですよ。

でも、その次の日も、また次の日も。ずっと同じバケツが、同じ匂いの泥があるんです。本当に気味が悪くて。

それがざっと1週間くらい続いた日…その日は無かったんですよ、バケツが。

だから、ああ…終わったんだなと安心して。安心して、外に出た瞬間。泥がびしゃって上から何故か落ちて来て。びっくりしました、本当に。だって、泥はもう来ないと思っていたから。

そして、今日。仕事の帰り、歩いていると突然後ろから追いかけてくるような足音が聞こえたんです。怖くて、走って逃げて。でも、足音もこっちに走って来て。怖いのが、別の道に行こうとしたら、またその道の向こう側から新たな足音が聞こえるんです、しかもかなり大きいのが。

その足音たちから逃げるように、走ってたら…。

♦︎♦︎♦︎

「いつの間にか、ここに来ていて…早く戻ろうとしたのですが、また後ろから足音が聞こえてきたもので…戻るのも怖かったから、ここで耐えてようと思ったんです」

「真弓さん……」

「信じて貰えないですよね……ごめんなさい…でもっ、本当に私はっ」

「信じますよ、私達は。貴女の話を」

「え?」

ハッと糸音は顔を上げた。鴉は冷静なまま、続ける。

「信じるしかありません。それよりも、話していただいて有難うございます。怖かったでしょう、泥については。私達もその泥について追ってていまして…よろしければ、私達の協力者になってほしいのですが」

「協力者…」

「ええ。難しいことは一切要求しません。ただ、貴女の持っている情報や、異変を教えていただきたい。先ほどの現象、きっとこれからも起こる可能性が高いでしょう。その時は、私達に知らせてほしいのです」

「…知らせたら、皆さんはどうするのですか…?」

「必要ならば、貴女の元に駆け付けます。それで貴女が安心するならば。また、貴女がくれた情報はこちらで有意義に使わせてもらいます。今回の現象について、また銅像の謎について…まあ、色々と、ですね」

鴉の言葉を聞き、糸音は暫く黙る。

眠り姫は糸音の隣で、真剣な話を聞いていた。暫くの沈黙のあと、糸音は口を開けた。

「信用…してもいいんですよね…?」

その確認に、鴉は堂々と頷く。

「分かり…ました。協力します…」

鴉は糸音の一言を聞くと、安心したように息を吐き、そして片手を差し出した。

「これは…」

「握手ですよ。これから、よろしくお願いしますね」

「…!は、はい!」

最初会った時よりも、心なしか糸音の顔色は和らいでいた。


が、しかし引っ掛かるものがある。この糸音という人物が先程話していた事…。

ーー本当なのだろうか?

糸音という女性が現れるまで、俺は《超音波》を発生させ気配や、跳ね返ってきたとき歪みなどがないか確認していた。

しかし…気配を一切感じ取れなかったのだ。

俺の能力は、隠蔽や索敵に優れた類のものだ。何かこちら側のミスがあった…などほぼほぼ有り得ない。俺の《超音波》が正常ならば、そして彼女の言うことが嘘偽りないのならば。

つまり、彼女は…俺の索敵を掻い潜った人物なのだ。

が、何故掻い潜る?そもそも、この《超音波》は普通の人ならば感じ取ることすら不可能だ。更に、それをまた掻い潜るなど同じ《魔法使い》でない限り、絶対に出来ない。

「でも、良かったです…信じてくれて」

嬉しそうな声が、耳に入る。念の為、《超音波》を発生させてみる。

俺の能力に気付いた鴉が、一瞬こちらを向いたが、それ以外の奴は誰1人向いてなどいなし、気付いてもいない。

…俺の考えすぎだろうか。この場合、鴉はどうする。後で、鴉に相談するのもいいかもしれない。一応、相談する時は彼女に気付かれないようにしておこう。

確認に確認を重ね、もう一回だけ《超音波》を出してみる。…鴉に少し睨まれたような気がするが、きっと気のせいだろう。

やはり、2人は気付かないままであった。

♦︎♦︎♦︎

貴方にまだ伝えてないことがあった。

まだ、やり残したことが数え切れないほどあった。

貴方は何処までも優しい人だから。きっと、私のことは忘れないまま、ずっと覚えてくれているんでしょう。私のことなんて、忘れてくれればいいのに。

太陽みたいに明るくて、馬鹿野郎で、ぽんこつで…でも、恰好いい人。私の、大切な大切な人。

貴方にまだ、伝えてないことがあるから。それを伝える為にも、私はあえてこの選択をしなければならない。

例え、それが孤独に繋がろうとも。

例え、それが貴方が涙を流すようなことになっても。

私は貴方を愛していて、貴方は私を愛してくれている。それだけで、私は充分に幸せだから…。

だから、待っていてね。あの日、約束した場所で、私は。

ずっと、1人で待っている。

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【修正】あの人に連れられて…は、追いかけられて…です。 間違えちゃった、てへっ!!

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