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第五章 封じられた真実
第十一話 歪められた伝承
誰もしばらく口を開けなかった。
地下禁書庫は静かだった。
古い紙の匂い。
燭台の火が揺れる。
ハヤトは、ゆっくり息を吐いた。
「……伝承と違いすぎる」
静かな声だった。
シュンタが視線を向ける。
ハヤトは、記録書を見下ろしたまま続けた。
「俺達が教えられてきたのは……」
「“闇の化身を光の英雄が討った”という話だ」
「世界を滅ぼそうとした闇を、
五人の英雄が封じたと」
ジュウタロウの銀の瞳が細まる。
だが、今ここにある記録は、まるで違う。
月蝕の子は、世界を壊そうとしていたようには見えない。
むしろ、闇を抱えながら、何かを求めるようにただ足掻いていた。
そして、それを人間側は恐怖のまま止めた。
「……なんで、こんな風に変えたんやろ」
シュンタがぽつりと呟く。
ハヤトは、静かに目を伏せた。
「恐れたんだろう」
「真実を知れば、混乱する」
「教会も皇室も、そう判断したのかもしれない」
もし、“月蝕の子”がただの厄災ではなかったなら。
もし、人間側の選択が全て正しかったわけではなかったなら。
それは、歴史そのものを揺るがす。
クラウスが不安そうに呟く。
「やはり……教会は間違っていたのですか」
その問いに、ハヤトはすぐ答えられなかった。
長い沈黙。
やがて、
「……分からない」
正直に答える。
「三百年前、あの場にいた人達は、
本当に世界が滅ぶ、と思ったのかもしれない」
記録から伝わるその姿は、異常だった。
大量の影。
崩壊していく身体。
理性を失った存在。
目の前に現れれば、討つしかないと判断しても不思議ではない。
ハヤトは、ゆっくりページを捲る。
その時だった。
「あ……」
クラウスが小さく声を漏らした。
全員が振り向く。
彼は、本棚の奥を見つめていた。
「……この本です」
ハヤトが近付く。
ぎっしり並ぶ古書。
その中で、一冊だけ、周囲の本とは違う存在感を放つものがあった。
黒い背表紙。
古代文字で刻まれた題名。
ハヤトの表情が変わる。
「……月蝕記」
クラウスが低く呟いた。
「昔、大神官様が手に取られていた本です」
ハヤトの胸がざわつく。
ゆっくり手を伸ばす。
指先が触れる。
冷たい。
まるで、長い間開かれることを拒んでいたようだった。
三百年前の真実。
月蝕の子の真実。
それが、この一冊に残されている。
その時だった。
――ギィ……
微かな音。
全員の動きが止まる。
地下通路の奥。
暗闇の向こうから、
誰かが、こちらへ近付いてくる気配がした。
コメント
1件
読み終えました……第53話、すごく重くて、でも目が離せなかったです。 伝承と実際の記録の違い——「闇の化身」として教えられてきたものが、実はただ足掻いてただけの存在だったっていう真相、胸に来ました。 ハヤトが「分からない」って正直に言ったところ、すごく人間らしくて好きでした。正解がないからこそ響く。 そして最後の“月蝕記”、その瞬間の気配……続きが気になりすぎます……静かに待ってます🌙