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「「「はぁ…」」」
陰鬱とした気分のまま夜になってしまった。
「ちょっとお風呂にでも入って気分変えようか」
「そうですね…頭スッキリさせたいかも」
「よし、行こ」
3人揃って浴場は向かう。
誰もいないかと思っていたらどうやら先客がいるようだった。
「あれ、…これ、トラゾーの服?」
「ホントだ。いっつもこの時間に入ってたんか」
絶対に一緒に入ろうとしない。
恥ずかしさとかではなくて、ガチめに拒否された。
服を脱いで中へ入るが、トラゾーの姿は見えず。
隣のシャワー室から音がしていた。
「……」
それは何かキッカケが作れればと思ったのと、出すべきではなかったほんの僅かな好奇心と少しの興味だった。
キュッとコックを捻る小さな音がして扉が開いた。
「………」
中から出てきたトラゾーは腰にタオルを巻き、黒髪から滴る水滴を乱暴に拭いていた。
ふっと息を吐いて目を開け、顔を上げたトラゾーと視線がかち合う。
「……は」
目が見開かれ、緑の瞳はゆらゆら揺れていた。
身体中、様々な傷跡がついていた。
それは薄いものからまだ色濃いもの、裂傷や火傷のようなケロイド。
あの時の横腹の傷跡はまだ濃い色をしていて、痛々しい。
よほど深いものだったことが見て伺える。
トラゾーはぐっと何かを押し殺したように苦笑した。
「……気持ちが悪いでしょう」
横腹を撫でるトラゾーは小さく言った。
それは浴室に静かに反響する。
「この時間に入るのも、皆さんのことを避ける為だったんでしょうね。俺は習慣化されてるからいつも通りのことをしただけですけど…。多分、あなたたちを忘れる前の俺はこれを見られたくなくてこんな真夜中に、痛む古傷を抑える為に冷水を浴びてるんでしょうね」
確かにトラゾーからは湯気は全く立っていない。
なんなら、冷えてる為か小刻みに震えている。
トラゾーはぎこちない作り笑いをした。
「……すみません、嫌なものを見せて。もう出ますから皆さんはごゆっくり」
俺らの横を通り過ぎようとしたトラゾーの腕を咄嗟に掴む。
それは氷のように冷たく、やはりと言うか掴んだ腕は細くなっていた。
「気持ち悪くなんかねぇよ…!」
俺の声が大きく反響した。
「俺はお前のこと気持ち悪いなんて思ったことない。思うわけない!」
「……」
「この傷だってトラゾーが我慢して、俺らが無理させたせいでできたもんだろ⁈」
ぐっと眉を顰めるトラゾー。
「トラゾーなら大丈夫だって決めつけて、俺たちが無理ばっかさせたせいだろ!」
震えは寒さのせいだけではない。
これ以上は踏み込んではいけないと頭では分かっているのに言葉が口から出ていく。
「俺らが…「うるさい!!」…え」
「うるさい煩いうるさい五月蝿いウルサイうるさい!!」
俺に腕を掴まれたままだから中途半端な形で、頭を抱えて座り込んだ。
「だったら…!」
青白くなったトラゾーは叫んだ。
「1人でやってけそうとか言うな…ッ!」
「は…」
もしかして、、
2人を見ると顔を青くしていた。
数ヶ月前、トラゾーが倒れたあの日。
あの時、大丈夫だと言って自室にこもってしまった時。
あの瞬間の会話を聞かれていた、のか。
記憶の端をこんなタイミングで、最悪な場面を思い出させてしまったのか。
「ぅ、ぐ…」
座り込んだトラゾーからは完全に力が抜け、ぐったりしていた。
「ぺいんと!」
クロノアさんの声ではっと我にかえる。
完全に気を失ったトラゾーはその場に倒れ込んだ。
「トラゾー!」
「ぅ゛…」
「と、とりあえず体を拭いてこれ以上体温を下げないようにしてください!」
しにがみくんの指示で固まっていた体を動かす。
慌てながらも気を失ったトラゾーの冷えた体を急いで拭き、服を着せた。
クロノアさんが背負い、走って医務室のベッドへ寝かす。
「、ぅぐ…」
熱が上がってきたのか紙のように白かった顔は今は紅潮している。
苦しむその顔はしんどいせいだ。
けどその苦悶の表情はきっと、それだけではない。
あれだけ忠告を受けていたのに、思い出したくないことの一端を無理に思い出させてしまった。
「おれ…どう、しよう…」
「ぺいんとさん、自分を責めちゃダメです…。きっと、僕だって同じようなことを言ってました…」
「けど…っ」
あの時のすごく傷付いたトラゾーの顔が頭から離れない。
目に焼きついてしまって忘れることができない。
トラゾーもこんな気持ちだったのだろうか。
だから、忘れることにしたのだろうか。
「俺も同じこと言う、と思う。いや、言ってたよ…」
あの絶望したような顔。
親に置いていかれたかのように寂しそうな、叱られるのを黙って待つような、もう放っといてほしいと拒絶しているような、いろんな感情の混ざった緑の瞳が頭から離れない。
あの時、俺らの会話を聞いたトラゾーは同じように思ったのだろう。
そして、2度もそれを味わうことになってしまった。
味合わせてしまった。
あの時の会話はそういう意味じゃないと言ったところで信じてなんかもらえないだろう。
「今は、…いや、トラゾーがいいよって言うまで距離を置いた方がいい。トラゾーの為にも、俺たちの為にも…」
魘されるトラゾーを見て泣きそうになる。
「…ごめんな、トラゾー…」
手を握り弱く謝ることしかできなかった。
その手が握り返されることはなかった。
───────
そして翌朝。
宣言通り、トラゾーは潜入先へと行ってしまった。
俺たちがそれぞれ順番にみていた筈の一瞬の隙をついて。
何も言わずに。
熱は下がったのか、体調が良くなったのかも告げず。
また人知れず我慢して隠して。
「トラゾー…ッ」
ただ、トラゾーが寝ていたベッド横にあるサイドテーブルに小さなメモが残されていた。
ごめんなさい
とひとつ、小さく書かれていた。
見慣れた少し丸っこい文字。
「お前は謝ること一つもねぇじゃん…」
俺の手の中でメモがくしゃりと音を立てた。
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