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トラゾーが潜入先から戻ってきたのは1ヶ月半後。
今回は少し早めだった。
怪我もどうやらしてないようで、安心した。
「トラゾーさんおかえりなさい」
「……ただいま帰りました」
相変わらず俺たちと目は合わない。
「今回の潜入先で────……」
丁寧に分かりやすくまとめられた報告書を受け取り、口頭での軽い報告を受ける。
用事は済んだと、さっさと執務室から出ようとするトラゾーを咄嗟に呼び止めた。
「?、…何ですか、クロノアさん」
「疲れてるところ申し訳ないけど、俺とちょっと散歩でもしようか」
途端に警戒心が滲み出る視線を向けるが、根本の変わらないトラゾーは長く長く迷った後、小さく頷いた。
─────────
「ねぇ、トラゾー」
「はい」
少し後ろを歩くのは背後を取られないようにする彼らしい癖なのか、こうなる前に一度だけ言っていたみんなが話してる姿を見るのが好きだからと言っていたのを体が覚えているのか。
どことなく、トラゾーが俺らとの間に境界線を引いてる気はしていた。
元々、日常国はぺいんと、しにがみくん、俺で作り徐々に人を集めていき、そんな中とある国で虐げられていたトラゾーを救い、優秀だったこともあって招き入れた。
「俺らに遠慮することなんてないんだよ」
足音が止まる。
「あそこに座って話しよう。ね?」
「……はい」
人の少ない広場にあるベンチを指差す。
いつもなら1人分くらいを空けて座るところを今は2人分ほど空けて座るトラゾー。
これは今の俺とトラゾーの心の距離だ。
実際はもっと離れてしまってるだろうけど。
「……」
「トラゾーが優しくて我慢しいなところに俺らは甘えてたんだ。きっと許してくれる、って」
「……」
「それが君を追い込んでるのも分かっていたのに…トラゾーからすれば俺らは酷い人間に見えただろう。あまつさえ1人でも大丈夫だなんて軽はずみな決めつけでギリギリに保っていたトラゾーの心を壊して」
無言のトラゾー。
いいと言われるまで待てなかったのは俺自身が罪悪感で押しつぶされそうで。
自分が救われたいと思うただのエゴだ。
こんな最低な人間のことを許さなくていい。
そう思うのに、俺はこの重圧から逃れたいなんて考える本当に自分勝手な奴だ。
「俺たちのことは一生許さなくていい。謝罪を受け入れる必要もないよ。寧ろ、許してほしくない…。だけど、これだけは言わせてほしい」
2人分の隙間を埋めるため近寄る。
びくりと怯えたように肩を小さく跳ねさせた。
「っ…、…」
優しくトラゾーに笑いかけた。
握りしめているトラゾーの手に自分の手を重ねる。
緊張しているのかその手は冷たい。
きっと自分の手も冷たいはずだ。
「俺らはトラゾーを嫌うことはこの先絶対にないし。ずっと好きだよ」
「ッ……」
「トラゾーのしている潜入とか情報収集とかは君にしかできない。俺らには絶対に無理なことだ。…でも、だからと言って1人で抱え込む必要だってない。……俺たちはさ、頼ってくれないことが寂しんだ」
「…、…」
「トラゾーは何でもできて、職業柄とでも言ったらいいのかな?人の懐に入るのも上手いから人付き合いだってすごいし、友達だって多い。それでも少し抜けてるところもあるから、そういうところも可愛いなって思う。けど、自分がつらいこととか痛いこととか悲しいことは絶対に誰にも言わないし、隠す。君は嘘も上手だからね」
「……」
「あの日、ぺいんとにも落ち度があった。でも、きっと俺も同じことを言ってトラゾーのこと傷付けてた。……けど、あの言葉のせいで嫌なことを思い出させたのは事実だ。君のことを何度も傷付けた」
「…そ、れは」
パッとこっちを向くトラゾーは複雑な顔をしていた。
「……今更言っても信じてもらえないと思うけど、あの会話をする前、誰にも頼らないトラゾーにどう頼られたら嬉しいかって話してたんだよ」
場違いなほど、きょとんとして目を丸くするトラゾーに苦笑いする。
「誰だって好きな子には頼られたいからね」
「ぇ…?」
「でも、どう考えてもトラゾーは俺らには頼らんよねって……」
握っていた手を引く。
「ぅわ…っ」
「…それでこんなことになったら何の意味もないんだけどね」
「クロノアさん…?」
困惑するトラゾーを抱きしめて小さく笑う。
「トラゾー」
「…?」
「トラゾーが俺らを嫌いになったとしても、俺らはトラゾーのこと絶対に嫌いになんかならない、1人にもしない。…これだけは本当に信じてほしい」
びくりと肩が跳ねた。
「ホントは距離を取ろうってぺいんとたちには言ったんだ。トラゾーがいいって言うまで」
「……」
「言い出しっぺが我慢できなくなっちゃダメだね。…これは俺のエゴだ。自分が結局可愛いだけなんだ、許さなくていいって言いながら優しいトラゾーに断罪してもらいたいだけなんだよ、俺らは」
俺のことをじっと不安や恐怖の混じった目で見ている。
「先生にも無理に思い出させない方がいいって言われてたのに、それでも…」
ゆらゆら揺れる緑。
「それでも、もっと遠いところにトラゾーが行っちゃうんじゃないかって。独りで全部抱え込んでひとりで泣いてるんじゃないかって…」
揺れる緑は次第に滲み、それはひとつ落ちた。
「………泣き方はずっと昔に忘れました」
そう言ったトラゾーは音もなく、はらはらと涙を流していた。
「…勝手に、流れて……クソッ…、ごめ、んなさい…」
「いいよ、謝らないで。泣いてよ、俺は嬉しい」
誰にも見せたことのない姿なのだろう。
こんなにも綺麗に泣くなんて。
不謹慎にも嬉しさを感じていた。
「おれ、多分、かなしかったんです。…なんとなく、みんなと、距離がある気が…して…頑張ったね、って言ってもらいたかった…わけじゃなかった、でも……いえ、…つらいことを、気付いてほしかった…」
顎を伝ってポタポタと落ちる涙はズボンに染みを作っていく。
これがトラゾーがずっと隠していた一番柔らかい部分。
誰にも触れさせず守っていたもの。
「トラゾー…」
「クロ、ノアさん…おれの名前、呼んでください…もっと…」
「トラゾー」
「は、い…」
「トラゾー」
「、はぃ…」
「トラゾー」
「はい…ッ」
「トラゾー」
「ぅ、ん…」
「…トラゾー」
「…うんッ」
ぼろぼろと落ちる涙とは裏腹にトラゾーは笑った。
その笑顔は”トラゾー”だった。
「”ただいまです”……”クロノア”さん…」
「うん、”おかえり”…”トラゾー”…!」