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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
不意に目が開いて下から見上げられた綺麗な顔は、確かに少し疲れがあるのか、あまり顔色が良くないように見えた。
「私の風邪が移ったりしてません?本当に少し顔色が悪い気がします……」
頬が熱くなる気がしたが、芳也の顔色が気になり麻耶はじっと芳也を見つめた。
「風邪は移ってないから大丈夫だよ。今日の会食がちょっとな……」
「今日の会食?」
「ああ、いろいろと昔の事をネチネチ言う人でちょっと精神的にやられた」
どういう事が在ったかは分からなかったが、芳也がこんなに弱音を吐くことも、疲れた様子を見せるのは初めてで麻耶はそっと髪を撫でた。
「お疲れ様でした。いつも芳也さんは頑張っているからたまにはゆっくりしてください。私でいいならいつでも膝ぐらいお貸ししますよ」
驚いたような顔をした芳也と目が合って、麻耶は恥ずかしくなってテレビに目を移した。
「なあ、もう少し頭撫でて?」
甘えたように言った芳也の声に、麻耶は驚いたが芳也の洗い立ての髪に手を入れると優しく触れた。
触れたと同時に芳也はギュッと麻耶の腰に手を回すと、顔を麻耶の腹部に埋めた。
「ちょ……と芳也さん……」
その行為に慌てて声を出すと、「落ち着く……」そう言った芳也に、麻耶は何も言えなくなった。
「なあ、すれ違ってたって言ってたよな?別れた彼氏と」
不意に声がして、麻耶は芳也を見た。
「ああ、彼は公務員で……。規則正しい生活をしてました。早寝早起き?帰っても寝ていることも多くて最後は食事すら一緒に食べなくなって」
「でも、眠る時間はあったんだろ?」
芳也の質問の意味を深読みしてしまい、麻耶は顔が赤くなるのを感じた。
「寝る時間って……そんなの……」
「やらしいこと考えただろ?」
「え?ちがっ……」
「寝てないの?」
「だからずっと寝室も別でしたし!」
(なんでこんなこと話しちゃってるのよ……)
狼狽する麻耶を見て、芳也はまたギュッと麻耶の腰を抱きしめた。
「こうやってふれあっているだけで俺は満たされるけどな。人の温もりって安心するだろ?」
(この人の距離感って……そういえば初めて会った時も慰めて抱きしめてくれたっけ……。これがこの人の距離感なのかな。好きでもない女でも、人には優しい。大丈夫勘違いなんてしないから)
麻耶は自分に言い聞かせると、ゆっくりと芳也の髪をすくい、パラパラと落ちる髪を眺めた。
「そうですね。安心します」
「なあ、お願い。今日は一緒に眠って?」
「ええ!!」
いきなり言われた言葉に、驚いて声を上げる麻耶に、
「頼む。今日は眠れなさそうだから」
芳也は麻耶の返事を聞かず起き上がると、麻耶を抱き上げた。
お姫様抱っこのようになり、麻耶は慌ててジタバタした。
「重いですって!下ろしてください」
「いやだ。逃げるだろ?絶対なにもしない。ただ温もりが欲しい。抱き枕は温かくない」
訳がわかるような、わからないような事を芳也は言うと、そのまま自分の寝室に連れて行くと麻耶をベッドに下ろした。
麻耶は小さくため息をつくと、
「わかりました。でも、後ろからにしてくださいね」
(恥ずかしすぎる。こんな顔を見せられない)
熱くなる顔を隠すように、麻耶は大きなベッドに潜り込むと壁の方を向いた。
クスッと笑う声と「ありがとう」と聞こえたと同時に、後ろから抱きすくめられた。
ドキドキと心臓が煩い。
本当は麻耶もギュッと抱きつきたかった。
(弱るこの人を、抱きしめて甘やかして、私がいるって言いたい……)
そんな事を思う自分の気持ちを、もうどうすることもできなかった。
(好きだ……)
気づいてしまった気持ちと、絶対に知られる訳にはいけないという思い。
知られてしまったら、一緒にいることができない。
それだけは麻耶は避けたかった。
今は、こうして二人の時間を過ごせることだけで幸せだった。
芳也が何かに苦しんでいるのなら、少しでも助けたい。
だから、私の気持ちだけは絶対に知られる訳にはいかない。
『俺に惚れるなよ』
その言葉が麻耶の頭を占拠した。
芳也の顔を見たい衝動を抑えて、麻耶はギュッと瞳を閉じた。
水曜日、マスコミ向けのイベントのリハーサル日になり、麻耶は芳也とともにいつもより早く家を出てもちろん別々に会社へと向かっていた。
今日は最終調整日で、他の会場から応援者やモデルのアイリなどが訪れる。
「麻耶~!!」
後ろから掛けられた声に、麻耶も後ろを振り返った。
「友梨佳~!!久しぶり!」
麻耶に声を掛けた友梨佳こと、橋本友梨佳は他の式場に勤める麻耶の同期で一番の友人だ。
シュッとした顔立ちに、すらっとした体形。
ニコリと笑った笑顔が麻耶とは対照的に大人っぽい。
「なかなか忙しくて飲みにも行けないじゃない」
友梨佳の声に、麻耶も大きく頷いた。
「そうだよ。聞いてもらいたい事いっぱいなのに」
「でも今日は早く終わったら飲みに行けるでしょ?」
「終わることを祈るのみだね」
2人で打ち合わせ場所の披露宴会場へと向かう。
当日は綺麗に飾り付けも行われるが、今日はテーブルなどのセッティングのみだ。
150人程入る会場には、本社や、他の会場からの応援、メンバーが集まっており、今は80人程のスタッフがいる。そしてその中でも一際目立つ集団が前の方にあった。
「あっ、麻耶!早坂アイリ!とKENTA!」
「え?どこどこ?」
「ほらあの囲まれているところ!」
その言葉に、麻耶も前方に目を向けると、タイトなワンピースにピンヒール。綺麗に巻かれた髪の毛がゆっくりと揺れて振り返るアイリがいた。
「あっ!社長!」
友梨佳の言葉にドキンと胸が音を立てた。
アイリの目線の先にいた芳也は、前の入り口から颯爽と入ってきた。
細身の仕立てのいいスーツにストライプの品のいいピンクのネクタイ。
朝も見たはずだったが、取り巻く雰囲気はピンと張り詰めており、別人のようだった。
「やっぱりあの中にいても違和感ないよね。KENTAよりカッコよくない?社長が新郎やればいいのにね」
呟くように言った友梨佳に麻耶も曖昧に相槌を打った。
「どうしたの?」
友梨佳の声に、麻耶はハッとして「なんでもないよ」それだけを言うと、目線をプロジェクターに向けた。
芳也を見るアイリの目ですぐにわかってしまった。
(アイリと社長は何かある……)
人目も気にせず芳也の腕に自分の腕を絡みつけるアイリ。
麻耶はザワザワと胸がざわめくのを押さえるのに必死だった。
「なんか、アイリ社長にすごくベタベタしてない?いくら知り合いだからって」
「え?知り合いなの」
「うん、噂だけどね。昔からの知り合いらしいって。それにどこかのお嬢様らしいよ。ビジネス的にも社長も邪見にできないだろうね」
「そうなんだ」
明らかに自分との立場の違いが距離に現れている気がして、麻耶はギュッと手を握った。
始が壇上に立って今日の流れを説明しだして、麻耶もその話に意識を集中した。
模擬挙式の内容で少し修正が入ったが、大きな変更もなく、リハ―サルは時間通りに終わった。
「麻耶、飲みに行けるね」
友梨佳の声に麻耶も資料を手に頷いた。
しかし、麻耶の目は少し離れた場所にいる芳也とアイリに向いていた。
「麻耶?」
麻耶の目線に気づき、友梨佳も芳也達を見た。
「ねえ、芳也!今日家に行っていいでしょ?」
アイリは芳也の腕に自分の腕を巻き付けると、上目遣いで芳也を見ていた。
「ダメだ」
「なんでよ!せっかく久しぶりに会えたのに!」
口をとがらせて芳也にギュッと胸を押し付けるのを、後ろから麻耶は見ていた。
(やっぱりあの二人って……)
麻耶はチリっと痛んだ自分の胸に気づいて、ハッとした。
(ダメ、ダメ。気にしたら。普通にしないといけないんだし)
慌てて友梨佳に目を向けて、ふたりを意識しないように努めた。
「じゃあ、ご飯ならいいでしょ?それぐらい付き合ってよ」
「わかった。後で迎えをやるから」
(え?行くの?)
どうしても聞こえてくる二人の会話が耳から離れなかった。
「嬉しい!私の電話番号はかわってないけど……わかる?」
「いや。あの頃の携帯はもうない」
その言葉に、アイリの表情が一瞬固くなったのが、麻耶の目からみてもわかった。
「じゃあ、これ。ようやく芳也に会うチャンスができたんだもん。ちゃんと登録してよ?」
そう言ってカバンから名刺の様な紙をだすと、アイリは芳也に渡した。
無言でその紙を見つめた後、芳也は胸ポケットに入れると、踵を返した。
「何よあれ?」
不機嫌そうな顔をして言った友梨佳の声に、麻耶もハッとして友梨佳を見た。
「好きなんじゃない?アイリさんは社長の事……」
自分で言葉にして、その事を気にしている自分にも気づいてしまった。
『あの頃から変わってない……』
そう言ったアイリの言葉から、芳也の過去を知っている人だという事は解った。
「そうだとしても仕事で来てるんでしょ?」
納得がいかないといったような友梨佳の声に、被せるように、
「早く着替えて飲みに行こう?」
麻耶は小さくため息をつくと、更衣室に足を向けた。
友梨佳と一緒に外へ出ると、近くの居酒屋風バルに入った。
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