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秋の風が、少し冷たくなってきた頃。Ifと初兎の間に、ふとした沈黙が増えた。
原因は、些細なことだった。
ライブ準備、リハーサル、レコーディング――Ifのスケジュールが詰まり、なかなか会えない日が続いた。
連絡は返ってくる。でも、短くて、淡々としていて。
初兎はその度、スマホの画面を見つめては、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じていた。
「…僕たち、ほんとに恋人なんかな」
ぽつりと呟いた声は、秋桜の咲く道に吸い込まれていった。
そしてある日、やっと時間が取れたIfが、初兎を呼び出したのは、秋桜が風に揺れる公園だった。
「……ごめんな、待たせた」
「……ううん、僕のほうこそ、勝手に不安になって、めんどくさくなってた」
秋桜の間に立つふたり。風が、花と一緒に気持ちまで揺らすようだった。
「秋桜って、花言葉知ってる?」
「『乙女の純潔』とか……あとは、『調和』、やっけ」
「そう。だから、今日ここにしたんや」
Ifはポケットから、小さな紙包みを取り出した。
中には、赤いリボンで結ばれた一輪の彼岸花。
初兎は目を見張る。
「……これ、どういう意味?」
「彼岸花の花言葉、『また会う日を楽しみに』って意味もあるんや。
離れてても、心はちゃんと隣にあるって、伝えたかった」
「……そっか。あの沈黙も、伝えたい気持ちの裏返しだったんだね」
Ifは頷く。
「好きやから、余裕なくなってただけ。ほんまは、毎日でも声聞きたいのに」
初兎はふっと笑った。
「じゃあさ、次会えない日があったら、コスモス送ってよ。僕が“調和”を取りに行くから」
ふたりの手が、また重なる。
風に揺れる秋桜の奥で、確かにふたりの関係も揺れたけれど、
それでも――倒れなかった。
まっすぐな茎の先に、花はまだ、咲いている。