外観は派手になったが、転移の塔の機能には全く影響が無いので、一旦そのまま作業を続行する事になった。ここからはピアーニャとイディアゼッターが加わり、木の中で内装と転移の台座を作って行く。
転移の塔の設計者であり、転移の技術を伝えたイディアゼッターが転移部分の監督をし、その横ではピアーニャが1階部分の全体的な内装に関して指示を出していた。力仕事はバルドルを始めとするシーカー達の本分である。
足場は既にミューゼによって作られているので、作業内容はその形を整える事と、家具を作って設置する事になる。その家具も、ミューゼが外で増やした木を切り、加工した物となる。
そのミューゼは、木が足りなくなるという事態になるまでは、自由時間となった。アリエッタの隣でボケーっとしながら転移の塔の作業風景を見ているが、誰も文句を言う事は無い。本来ならば十数人がかりで色々なリージョンの技術を駆使して、早くとも数十日かけて塔を建築する物なのだが、今回はネマーチェオンの影響で暴走気味に強化されたミューゼ1人の魔法で、その工程を全てスキップしたのである。
さらに、パフィ達も加わってド派手な塔になってしまった。元に戻すにも、功労者のミューゼがそれを望まず、アリエッタが泣くと脅された。そのお陰で文句どころか、内装まで奇妙な塔にならないように、先輩同士で仕事を奪い合う勢いだったりする。
ピアーニャが、アリエッタやミューゼ達の気が変わらない内に完成させてしまおうと、シーカー達を説得したのも大きい。早いところ転移装置を完成させて、アリエッタ達を家に帰してしまいたい…というのが本音でもある。
「……ピアーニャ殿。また絵を描いているようですが、大丈夫なのですか?」
イディアゼッターが、楽しそうに絵を描くアリエッタをチラ見しては警戒する。
アリエッタはというと、キュロゼーラを組体操風に積み上げて、その絵を描いている。仕事が無いミューゼ達も、キュロゼーラを交えて世間話をしたり、着ぐるみを着てアリエッタの絵のモデルになったりして、暇を潰していたりする。
「ダイジョウブだろ。いまのトコロ、なにかリユウがないと、おかしなコトがおこるエをかいたりは、していないからな」
「それなら安心ですが……」
「……めのまえで、ミューゼオラたちになにかあったら、どうなるかわからんがな」
「ははは、良い子ですねぇ……」
現在のアリエッタの攻撃面での最大出力は、エテナ=ネプトで星々を消し飛ばした程度の破壊力である。まさかネマーチェオンにもそれを持参しているとは思っておらず、1回だけ撃たせてしまったが、人がいる所では大人しくしている。
ピアーニャは仕事をしながら、これまでのアリエッタの行動と状況を思い出し、その行動を分析した。
「どうやら、コトバがわからないせいで、ジョウキョウハアクはおそくなるが、なにをしたらイイのかがわかれば、わちらをてつだおうとするようでな。まぁそのホウホウがヨソクできないんだが……」
「……なぜ言葉を最優先で覚えさせずに、仕事に同行させているのでしょうか」
「うっ……」
イディアゼッターの言う事はもっともである。これまでは単純に巻き込まれただけであったり、有用過ぎる能力のせいで護衛しつつ連れまわしていたが、今回は新しいリージョンに行くという好奇心に従い、必要なミューゼに同行させただけに過ぎない。つまり、ピアーニャのワガママに巻き込んだだけなのだ。
「せめて、意思疎通出来るようになってから、同行させましょう」
「……はい」
すっかり元気を無くした総長を不思議に思いながら、シーカー達は指示に従って内装を完成させていくのだった。
数日後の夜、ついに転移の塔が完成した。
元々は渦巻き状の木で形成した幹だったが、大部分に葉を生やした事で、1本の巨大な木にしか見えなくなった。その葉には光る花による装飾が大量に施され、深夜と朝以外はピカピカと光り続けている。しかも、葉の中にキュロゼーラが大量に住み着き始めていた。
(なんかの妖精みたいだ……)
「何であの花は昼から夜まで光ってるのよ?」
「吸収した光の余った分を出してるだけだから、夕方までに溜まった余り分が、深夜には無くなって光が収まるの。んで、朝は吸収するだけで吐き出す分が無いから光らないの」
「納得の生態だった!?」
「なんというか、マチナカにさかせたいハナだなぁ」
「流石フェリスクベル様」
塔の根元には、入口が開けられている。人が数人並んで通れる程度の穴で、ドアも取り付けられている。
中に入ると、1階は転移の台座がある広間。端に管理者用の設備が置かれ、階段を上がると居住用のスペースが設けられている。ベッドや机が置かれた個室がいくつか、くり抜いた幹の中に出来ており、試しに使ってみたシーカーによると、「隠れ家みたいでちょっと楽しい」らしい。
さらに共用のキッチンなどもある。火は直接使えないので、熱くなる鉄板の道具と水の設備が整っていた。
2階以降は全て壁際に作られていて、中央は吹き抜けになっている。螺旋状に作った広い樹洞に、2階の床を1面に作るよりも、手っ取り早かったのだ。そもそもファナリアにある複雑な設備は、人がいないネマーチェオンには必要無い。
「うわー高いのよー!」
(なんかワクワクする!)
「アリエッタちゃんも、こういうの好きそうだね」
「うぅ、ぐすっ……こんな、こんな素敵な建物を見る事が出来ただけでも、あーしは幸せですぅ!」
「あはは、全部木だもんね」
完成した塔を見回ってはしゃぐミューゼ達を、イディアゼッターは涙しながら見つめていた。
「良かった……何事も無く完成させる事が出来て本当に良かった……母親と違って大人しい娘ですねっ」
「ずっとケイカイしていたのはきづいていたが、いったいカコにナニがあったんだよ。ホントに」
ドルネフィラーの中でエルツァーレマイアと会った事のあるミューゼ達とは違い、ピアーニャは直接会った事の無いアリエッタの母親に、少しうすら寒いものを感じながら、手に持ったイモ型キュロゼーラの薄揚げをパリパリと食べていた。アリエッタのオヤツに作られた揚げ菓子だが、思いのほか喜ばれ、調子に乗ったパフィが量産した結果、シーカー達全員にもウケたのである。
「総長、もうこのまま帰りますかい?」
「ん-……さすがにつかれたし、ゼッちゃんとシケンだけしてから、いったんねる」
転移は異世界を渡る行為。もし失敗したら大変なので、最初はしっかりと動作を確認してから管理者を置くのである。
それに、帰ってからは資料をまとめたり、王城に報告したり、イディアゼッターとの話など、やるべき事が山積みなので、ピアーニャは休みたいのだ。
了解したバルドルが、塔から全員を退出させた。はしゃいでいたアリエッタ達も、素直に小屋へと戻った。
「さて、やるかー」
「ええ。最後の一仕事ですね」
塔に残った2人は、転移の起動試験を始める為、動き出した。
「さーて、総長にこのドアを消すように言われたけど……」
「まぁ家に繋がってると危ないって言われたからね」
小屋に戻る際に、アリエッタが描いたドアを消す事を命じられたミューゼ達。理由も納得したので、ドアを消す為の作戦を練る事にした。
「どうやってアリエッタに、消す事を理解してもらうかなのよ」
「下手に消したら、泣くかもしれないですしね」
そう、一番の難題である、アリエッタへの説明と説得である。
「『描く』は教えたけど、『消す』は教えてないのよね。そんな機会無かったし」
「明日帰るまでになんとかするのよ」
という訳で、教え方を一番知っているミューゼが、アリエッタの説得に乗り出した。
「アリエッタ、ドア、えーっと、消す……」
「?」(みゅーぜどうしたの? 勢いよくドア撫でて。気に入ったのかな?)
消すの動作が分からず、しどろもどろで説明しようとした。その結果……
「いやなんで、小っちゃいドアが空中に増えたのよ?」
「どうしてこうなった……」
周囲が止める間も無く、ドアの横に小さなドアが描き足された。描いただけなので何処にも繋がってはいないが。
朝までとはいえ、時間制限がある中で意味が通じない事に焦ったパフィが動き出した。
「ちちちがうのよアリエッタ。この絵をね、ゴシゴシしてね、消しちゃうのよ~」
冷静さを少し失ったパフィの動きは明らかにおかしくなっていた。横でムームーも「何やってんの?」と呟いている。
(えーっと……やってみるか)
意味は分からないが、名指しされたので、何かして欲しいのかと受け取ったアリエッタは、パフィの真似をして不思議な踊りを踊った。
ミューゼ達に笑われたパフィは撃沈。
「さて、次は誰がやる?」
「えっ、何そーゆーゲームなの?」
続いてラッチが挑戦したが、ウネウネ動くだけ動いて自分でも訳が分からなくなり、撃沈。
アリエッタが不思議そうに、ミューゼ達を見ている。
(みんな何がしたいんだろう……)
まだ挑戦していないムームーが、1人対策を考えて唸っている。が、ミューゼは強引に進行した。
「さぁムームー、どうぞっ」
「えっええっ! あぁあ~っと、アリエッタちゃん! お菓子あげるからドア消そうか」
「不審者かっ」
ミューゼからのツッコミで、ムームーもめでたく撃沈した。
そしてお菓子というワードに反応したアリエッタは、1つお菓子を貰い……お礼に新しいドアを描いた。
「増えた……」
(えっと、何か違った?)
ここでようやく、アリエッタが間違いに気づいた。同時に、ピアーニャが確認にやってきた。
「おーい、ちゃんとけせた……」
小屋の中の増殖したドアを見て、ピアーニャは無言で戻って行った。
「お願いアリエッタ、ドア消してええええ!!」
「筆は駄目なのよっ。持ったらめっなのよおおおお!」
「心が通じ合えば……そうだ、魂で語り合えばっ」
「もう、どうしろっての?」
この後長時間かけて、アリエッタが眠りに落ちる前に、なんとかドアを消す事に成功したのだった。
「まさか誰にでも消せるなんて……」
「帰ってから消してもらえばよかったね。はぁ疲れた……」
結局、あれやこれやと手を尽くしたお陰で、アリエッタは絵を消したいのだと理解した。そして、ミューゼにハンカチを渡した。絵は拭けば消える、ただそれだけだったのだ。
「そういえば、あたしの絵もコレで消してたっけ……」
最後に疲れ切った一同は、倒れるように眠るのだった。
外で別のトラブルが起こっているとも知らずに。
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