テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
市民会館奥のシャワー室。3つ並んだシャワーのうち二つを使って、玲奈と倫がシャワーを浴びている。
倫「ああ、生き返るわ。これで冷たいビールがあれば最高だね」
玲奈「いえいえ、まだ仕事中ですよ」
玲奈がある事に気づいて倫の右腰骨の上の脇腹に目を止め、じっと見つめる。5センチの長さの傷跡が見える。
倫「うん? どうかしたかい」
玲奈「あ、いえ! 何でもないです」
倫「ああ、これの事かい?」
倫は自ら傷跡を指差す。
倫「いいよ、気を使わなくても。若いころの失敗の跡さ」
場面転換。市役所の会議室にチバラキVの5人、北野、皆川がいる。
皆川「今日は本当にご協力ありがとうございました。それにしても北野さん、ワクチン接種券をイベントのチケットにするなんて、よく思いつきましたね」
北野「実はそれは僕じゃなくて、この弁護士の先生のアイディアだったんです」
倫「悪知恵比べならこっちのもんだって言っただろ? あたしも悪知恵にかけちゃプロだったんだよ」
北野「さて、もうすっかり暗くなったし、今日はこれで終わりにしますか。これからみんなで一杯やりません?」
沙羅「お、いいね」
倫、壁の時計を見て声を上げる。
倫「いけない、セントラルホテルで人と会う約束があったんだ。悪いけどあたしは急ぐからこのまま失礼するよ」
そのまま倫は走って去って行く。どこへ飲みに行くか話している途中、玲奈が机の上の忘れ物に気づく。
玲奈「あれ、このスマホ、倫さんのじゃない?」
沙羅「ああ、倫さんのだな。忘れてったのか」
玲奈「あたし届けて来ます」
瑠美「明日でいいんじゃないか?」
玲奈「でも、倫さん、しょっちゅう電話してる人だし。やっぱり届けます。どこへ行くって言ってましたっけ?」
智花「セントラルホテルへ行くって言ってたわね」
玲奈「じゃあ、すみません。あたしも飲み会はパスで」
市役所を出た玲奈がタクシーに乗る。その後を2台の乗用車がこっそり追って発車する。うち1台の後部座席にいるのは、市民会館で物陰から玲奈たちをにらんでいた男。
ホテルの近くでタクシーから降りる玲奈。辺りは暗く、人通りがない。
玲奈「ええと、ホテルの中なのかな、近くなのかな」
倫をきょろきょろと探しながら歩く玲奈の前に、乗用車が急停車する。驚いて後退ろうとする玲奈の背後にもう1台がふさぐように停車。
あのガラの悪い大男と、同じくガラの悪い顔つきのやや若い男が3人、それぞれの車から降りて来る。
大男「おい、ねえちゃん。昼間はずいぶん余計な事してくれたな」
玲奈「な、何ですか、あなたたちは?」
大男「俺たちの商売の邪魔をしないよう、あの長谷川倫とかいうメギツネには思い知らせてやらねえとな」
玲奈の心の声「はっ! もしかしてワクチン接種の邪魔をしてた医療法人の偉い人!」
駆けだす玲奈。だが、すぐに男たちに囲まれる。小さな路地に逃げ込もうとして、そこから出て来た別の男とぶつかる。上品な夏用スーツを着たその男(大神)はやや細身だが、玲奈より頭ひとつ背が高く、年は50ぐらい、スキンヘッドの頭に柔和そうな笑みを顔に浮かべているが、目つきは異様に鋭い。
大神「やあ、ここにいたのか。探したよ」
玲奈「え?」
大神は、話を合わせろと、目配せで合図する。
大神「私の連れに何か御用でしょうかな?」
大男「何? てめえも仲間か? 何者だ、てめえ」
大神がスーツのポケットから名刺入れを取り出し、大男に名刺を渡す。
大神「私はこういう商売をしている者でして」
名刺を受け取った大男は一瞥して首を傾げる。
大男「法律事務所? あのメギツネの仲間か。ん? こ、ここは……」
大男が緊張しきった表情で大神の顔を見る。
大男「おまえ、まさか、麻布のコンドル?」
大神「おや、これは懐かしい呼ばれ方だ。その私の昔の二つ名を知っているという事は、あなた方もグレーゾーンの商売の世界の方で? ちょうどこの街にいい儲け話がありましてね。どうです? 一緒にやりませんか?」
大男「儲け話? どんな」
大神「この街でワクチン接種を妨害している医療法人があると聞きましてね」
大男の顔が引きつる。
大神「そのせいでワクチンを受けられなかった市民を集めて、損害賠償の集団訴訟を起こせば、軽く億はふんだくれると思うんですよ」
大男の顔が真っ青になる。
大神「どうです? 一緒に儲けませんか?」
大男は顔を小刻みに横に振る。
大男「い、いや、遠慮しとく。おい、引き上げだ! 急げ!」
男たちはあわてて車に乗り込み逃げるように走り去って行く。
大神「お嬢さん、お怪我はありませんでしたか?」
玲奈「あ、大丈夫です。ありがとうございます。あの、あなたは一体……」
少し離れた場所から倫の叫び声。
倫「ちょっと! なんであんたがその子と一緒にいる?」
倫が駆け寄って来て、玲奈と大神の間に体を割り込ませる。
倫「玲奈ちゃん、何してんの、こんなとこで?」
玲奈「あ、これを届けに来たんです」
玲奈がスマホをバッグから取り出し、倫は自分のバッグの中を探る。
倫「ああ、市役所に忘れて来たのか。そりゃ、ありがとう」
倫が大神の方に向き直って、きつい口調で詰問する。
倫「で、なんでこの子と一緒にいた? 返事次第じゃただじゃおかないよ」
玲奈「倫さん、違うんです。さっき、あのワクチンの邪魔をしていた悪い人たちに取り囲まれて、その人が追い払ってくれたんです」
倫「え?」
玲奈「つまり、その人があたしを助けてくれたんです」
大神「そういう事だよ、倫ちゃん。君に頼まれた仕事は済んだ。その報告なんだが、立ち話もなんだ。そこのバーで久々に一杯やろうじゃないか」
大神が近くのバーのネオンサインを指差す。
倫「ちっ! しょうがないね。一杯だけだよ」
大神「そちらのお嬢さんもどうかご一緒に。もちろん私のおごりで」
玲奈「は、はあ」