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◻︎夫の帰宅


それから3週間が過ぎ、進が律子に頼まれた恋人役をする日がやってきた。


午後1時が約束の時間だということで、その時間よりだいぶ前に進は里中家に向かった。

朝から、着ていく服に悩んでいた進。


「あまり、かしこまらないでって言われてたでしょ?」

「そうなんだけどさ、あんまりだらしないのもなぁ、里中さんに悪いだろ?」

「そうね、とてもキチンとしてる人だもんね。ね、私もついてっていい?なんならこっそり隠れてようかな?」

「俺はいいけど、里中さんがダメって言ったらダメだからな」

「わかってますよー」


進はお茶菓子に、香織に教えてもらったクッキーを焼いてきた。

お菓子作りもなかなかの腕前になってきたなぁと思う。


_____好きなことだと、努力を努力とも感じないで上手になってくものなんだな


バニラとバターの甘い匂いがする紙袋を持って、里中家へ向かう。


「わりと、近いんだね?」

「そうだね、知らなかったよ」


家の周りを囲むのは、サザンカの生垣。

門を入ると、庭木は綺麗に手入れされていて、敷石の周りの芝生も青々としている。

庭のあちこちに、いろんな花や木が植えられていて、そのどれもが手入れが行き届いている。


「こんにちは!」


玄関の引き戸を開けると、奥から律子がやってきた。


「どうぞ、入って。あ、そうそう、進さんのスリッパはこれね」


玄関マットの上には、律子とお揃いのスリッパが並べられた。

律子はえんじ色っぽいチェック、進のは紺色のチェックだった。


「未希さんはお客様用だけど」

「あー、いいんですよ、おかまいなく!野次馬根性でついてきただけなので。お邪魔なら帰りますから」

「邪魔だなんて。そうね、できれば隠れてことの経緯を見ていてもらおうかしら?何かあった時の証拠になるように…」

「そんな、何かあるってことはないかと思うけど…」


そうだわ!と律子は奥の座敷へ入って行った。


「未希さん、こっちこっち!ここに隠れていて」

「本気?」


律子が指したのは、仏壇の横にある納戸のようなところ。

高そうな掛け軸や花瓶が入っていた。


「それは、出してこっちに置いといてと。はい、どうぞ」


_____どうぞと言われたら入るしかないか


「じゃあ、ご主人がみえたらさっと入りますね」

「はい、どうぞ。その前にお茶にしましょう。こちらへ…」


進と二人、リビングに通された。

お茶の用意をしている律子を見ていた。


「完璧だよな?」

「うん、完璧過ぎるほど、完璧。非の打ち所がないってこのこと?」


進と二人、徹底的に掃除された家の中を見た。

玄関も、上り框も廊下も、障子の桟も、テレビ画面も、照明のカサも、キッチンも冷蔵庫も、食器棚も。

ふとしたときに目に付く、隅っこの綿埃や手垢や指紋、それらが一切見当たらない。

無駄なものが一つもなく、廊下はキュキュッと音がするほどだ。


「里中さん、ホントに綺麗にされてるんですね?」

「あぁ、今日は特別ですよ。7年ぶりに帰って来るあの人に、ちゃんと生活してましたと言いたくてね」

「里中さんは普段でもちゃんとしてるのに?」

「進さん、せめて律子とか、りっちゃんと呼んでくださいね。他人行儀過ぎますよ」

「あ、そうでした。なかなか慣れませんね、りっちゃん」

「そう、その調子!とにかく私は、主人がいなくてもちゃんと生活していて、今ではステキな恋人もいるから、さっさと離婚してあげるわよと言いたいのよ」


「それって、結局、ご主人と後腐れなく離婚するためのお芝居ってことですか?」

「なんでしょうね?自分でもわからないんですよ。でもきっと主人は、誰かと結婚するために離婚届を出してくれと言いにくると思うから、そちらがその気ならという感じでしょうか?」


律子の話を聞いていると、少々面倒だなと思う。

そんなふうにこじれてしまったのは、夫婦でいた時間が長かったからか、ある日突然いなくなるという手段に出たご主人のせいなのか。

なんにしても、ただ離婚届を出すのはプライドが許さないということだろうか。


もしかすると、律子のこの性格が、ご主人にそこまでさせたのかもしれないと思った。

まぁ、よその家庭のことなんて当事者しかわからないのだけど。


それからは、取り止めのない話で時間は過ぎていった。


「あ、そろそろかしら?」


律子が壁掛け時計を見る。


「ホントにあんなところに隠れていていいんですか?」

「本当よ、そして何かあったら助けてくださいね」


頼みますよと言われる。


約束の1時を20分ほど過ぎた頃、玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン♪


一つ大きな息を吸って、律子は立ち上がろうとした。


「ただいま!」


「え?」

「いまの声は?もしかして主人の愛人かしら?」


ご主人らしき男の声ではなく、明らかに女の声でただいまと聞こえた。


「はーい」


律子は玄関へ向かった。


「りっちゃん、俺も行くよ」


何故か進までが玄関へ。

私は納戸の中に入って、みんなが入って来るのを待った……待ったけど、誰も入って来ない。


_____あれ?何かあった?


私はそっと納戸から出て、足音を立てないように玄関の方へ向かう。

キッチンからドア越しに玄関を見た。

そこにいたのは、律子と進、それから三和土には私と同年代と思われる女の人。


_____えっ!


その女の人の両手に抱えられていたのは、真っ白な布に包まれた箱。

それは亡くなった人のお骨を納める箱に見えた…。

離婚します 第三部

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