「参謀、ショーを見に行こう」
「…仕事がありますので」
視線を動かさず、机の上にある書類にサインを書く参謀。参謀の机の上に街で開かれるショーのチケットを置くと、参謀は少し驚きオレを見る。
「どうして私に?妹さんや部下と行けばいいじゃないですか」
「オレは参謀を誘っているんだが」
「…はあ、分かりましたよ。行けばいいんでしょう?いつですか」
参謀はため息をつきながら机に置いてあった紅茶を飲み、僅かに口角を上げる。参謀が好きなローズヒップティーだ。フルーティーな香りで、すこし甘酸っぱい。参謀はいつも微笑みながら飲んでいた。化けの皮が剥がれた今も、その紅茶が好きらしい。
「今からだ」
「今?!まだ仕事、終わってないんですけど?」
「残りの書類は優先度が低いものばかりだろう。参謀は優秀だからな、必要な仕事は概ね終わった」
行くぞ、と参謀を(ほぼ強制的に)引き連れ、街へと出かける。参謀はショーが開かれる劇場に着くまでずっと文句を垂れ流していた。
オレ達が見るショーは、人魚姫が陸の王子に恋するという、王道のストーリーだ。ショーの幕が上がり、人魚姫が登場する。引き込まれるような紫色の瞳に艶やかな薄黄緑色の髪の女性だ。美しい声色の歌声が館内に響き渡る。
『魔女様、どうして私には足が無いの?』
『それはお前が人魚だからさ。私なら、貴方の望みを叶えられるぞ』
『本当?なら、私に足をちょうだい!陸に上がって走り回れるような元気な足を!』
物語の中盤、人魚姫は声を代償に足を手に入れる。このときの演出は壮大で、惹き込まれるものだった。
ふと、隣の参謀を見る。参謀はショーを食い入るように見ていた。その目はとても輝いていて、楽しそうだ。少し、いや、とても嬉しくてにやけてしまったが、それに気づいた参謀に嫌な顔をされてしまった…
《こうして、人魚姫は泡になってしまいました。王子の事を想いながら……》
帰り道、参謀と感想を話し合った(ほぼ一方的だったが)。少し前に参謀がショーが好きと言っていたのを覚えておいて良かった。そう思っていると、参謀が少し立ち止まり、口を開いた。
「将校殿…」
「なんだ」
「あの…ありがとう、ございました。連れてきてくださって… 」
「…!」
「…なんですかその顔……」
「いや、何でもない。また見ような」
その日の夕暮れはいつもより綺麗に見えた
コメント
4件
これからがどうなるのか楽しみ...!
とても良い、、ありがとうございます😭😭