彼女と約束を交わしてから、一ヶ月余りの月日が流れた。俺の日課になった『空色の生存確認』作業は、朝七時――おはようございます、昨日はちゃんと眠れましたか――夜は――おやすみなさい、良い夢を――。
こんなやりとりを毎日交わしていた。
俺は彼女とやり取りができるこの時間が楽しみになった。他愛もないメッセージのやり取りは、まるで恋人気分に錯覚してしまう。好きな人と繋がっていられるのは、幸せなことだと感じた。
時折、空色宅で会ったリス(通称:水谷佐知)が飲みの誘いを寄こしてきたけれど、全部仕事を理由に断った。他人には関わりたくないし、飲みに出る暇があるならピアノを弾いたり歌を歌いたかった。
そんな風に過ごしていたものだから、曲がたくさんできた。フランス語や英語に直して歌えばそれなりに『シャンソン』や『ジャズ』に聞こえるから、書き綴った譜面さえあればどんな場所でも生きていける自信はついた。
今後、空色がもし約束を果たしてくれる気になれば――もう日本に思い残すことは無い。剣たちのことも今なら赦せる。いや、赦すなんておこがましい。第一彼らの仲が余計こじれたのは、はっきり剣に自分の気持ちを伝えなかった俺にも責任がある。
もう六年も経った今、彼らの傍を離れることを止められることもないと思う。
久々に彼らの事を思い出したら胸が苦しくなった。空色のことを考える時とはまた別の苦しさがある。まだ彼らのことを想うと地獄の日々の幕開けを思い出す。怒りに加え、やるせない思いや黒い感情が溢れてくる。
実際にはなにも解決していないから、俺はいつまでも六年前の事件を引きずっているのだろうな。剣の療養先に見舞いの花は定期的に送っているし、存在を忘れていないアピールは続けているけれど、まだ、気持ちが向き合えないのか。自分の気持ちなのにわからない。
苦しい過去を思い出していると無性に空色の声が聞きたくなった。たまに電話で連絡は入れているけど、あくまでも生存確認のみで長電話は一度もしていない。
どういうわけか今日は空色の声が聞きたい。
彼女に会いたい。
気が付くとそろそろ毎夜繰り返している『生存確認』の時間だった。最近旦那はサファイアの活動が忙しいらしく、殆ど家にいないと聞いている。付け入るみたいで悪いけど、少し電話するくらい赦されるかな。
話の流れ次第では、『約束』のことを聞いてもいいかな――?
今日はメッセージを送るのはやめて電話をすることにした。元気かどうかを確かめて、少し音楽の話をするくらいはいいかな。
胸を高鳴らせながら彼女に電話をかけると、ワンコールもなり終わらないうちに応対があり、更に聞いたことも無いような砕けた口調の彼女の声がした。
『光貴、今日は謝ってもだめ! 帰らないからぁーっ』
一瞬戸惑ったが、彼女は陽気な声で怒っているみたいだった。
酒に酔っていると思われる口調。俺を旦那からの連絡と間違えているし、大丈夫かな。
『律さん……私は新藤です。光貴さんではありません。それより今日は、酔っていらっしゃるようですが、光貴さんと喧嘩でもされましたか?』
図星だったのか彼女は返答に窮したようで黙ってしまった。すると別の声が聞こえてきた。
『光貴君こんばんはー。うちのりっちゃん、あんまりいじめんといてよー?』
リスの声や。
『光貴君。りっちゃんにもう一回頑張ろうなんて、一番言ったらあかんやん。そんなつもりじゃやなかったとしても……』
埒があかなさそうなため、新藤だと名乗った。するとみるみる声色が丁寧になってめちゃくちゃ謝られた。
「それより律さんの様子はいかがでしょうか?」
『りっちゃんの様子ですか? えーっと、結構酔っぱらっていますね。どうやら、光貴君と大喧嘩したみたいで……』
「そのようですね。丁度仕事が終わった所ですので、そちらへ伺っても宜しいでしょうか? 私もご一緒させてください」
『ええ、どうぞ。りっちゃんが悪酔いしていて困っていたので、介抱お願いしてもいいですかぁ?』
「場所はどちらでしょうか? すぐに伺います」
願ったり叶ったりな展開や。俺はすぐさま三ノ宮のバーの場所を聞き出し、仕事が終わったばかりという設定にしてしまったため、スーツに着替えてすぐに車を走らせた。空色に会えるのならどこへでも行ってやる。