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バーの近くの駐車場に自分の車を停めて目的地へ向かった。
先ほど説明を受けたガラス張りのブティックはすぐに見つかった。目的地の『ランプーム』というバーはブティックが一階に入っていて、その上にバーがあるらしい。ビルの看板にも名前があったので間違いないだろう。俺は早速階段を上がって店に入った。
店内は小ぢんまりとしたバー独特の雰囲気のある店だった。有名人のサインが多く飾られていることから、近くの老舗ライブハウスなどのなじみ客やミュージシャンが訪れる店なのだろう。いい雰囲気だと思った。
空色とリスは後ろ姿ですぐわかったので早速声をかけた。「こんばんは」
「わぁー。本物だぁー」
なにが本物なのだろうか。酔った彼女から謎の挨拶を受けた。
「新藤さん、先ほどは失礼いたしました。光貴君と間違えてしまいました」
「いえいえ、お気になさらずに」
何でもないような風に応えた。そして営業マンとしての笑顔は崩されない。
そしてこの場合、担当顧客の横に座るのが筋だろうと思って空色の隣に座った。俺が単純に彼女の隣に座りたかったというのもあるけど。
「それより律さん。一体どんな喧嘩をなさって、こんなに酔っておられるのですか? いけませんよ。帰って寝る時間です」
思わず説教じみた。心配だからとはいえ大人に向かって過保護すぎるかな。
「いいじゃないですか、飲んでも。私だって酔いたい時もあります! 子供扱いしないでくださいっ」
砕けた口調で言われ、プッと膨れた顔を見せられた。
空色が子供みたいで可愛すぎる。彼女の子供みたいなしぐさを初めて見た。でも、惚れたら負けとはよく言ったもんや、どんな彼女でも可愛いと思ってしまう。
「体調が良い時なら結構ですが、今はそうじゃないでしょう?」
「いいんですっ。今日は飲みたい気分なので! 新藤さんも飲みましょう。お酒、どれが好きですかぁ?」
メニューを押し付けられた。
「車で来ましたので、お酒は控えさせていただきます。お二人をお送りしますから、ウーロン茶をお願いします」
「えーっ。私のお酒が飲めないんですかぁ?」
絡んでくる彼女も可愛いとさえ思ってしまう俺は、いろいろな意味で重症やな。
「コラ、りっちゃん。ほどほどにしておきなさい」
「やー。今日は飲むのぉ」
空色が酒を取り上げられる前に目の前のカクテルを一気飲みしてしまった。
「ふふっ……なんだか、楽しくなってきたよぉー」
「わ。これは手が付けれなくなる。ごめん、マスターもう帰るわ。お会計して」
「まだ飲んでる最中ぅー」
だんだんこの場がカオス化してきたため、リスが勝手に会計を頼んだ。ある意味正解だと思う。これ以上飲むと体にもよくないだろう。旦那と喧嘩してやけ酒しているように見えた。
「りっちゃん、これ以上飲んだらやばいって。今日はもう帰ろう」
「やー。家には帰りたくない……光貴がいるもん」
あの温厚な旦那といったいどんな喧嘩をしたのだろう。
「でも、ちゃんと仲直りしなあかん」
「仲直りなんかできないよ。ひどいこと……いっぱい言ったもん……」
空色が悲しそうな目でリスを見ている。今にも泣き出しそうな雰囲気だ。
「あー、りっちゃん、泣かんといて。新藤さんが送ってくれるから。さっ、今日は帰ろう」
リスに諭されて空色がしぶしぶ席を立ったが、うまく立ち上がれずに彼女の身体がグラリと傾いた。咄嗟に手を伸ばして支える。相当な酔っ払いの模様。
「うふふー」
空色が俺の腕に絡みついてきた。好きな女が甘えてくれるのは嬉しいけれど、人目もあるし変なことはできない。複雑な気分になった。
「危ないのでしっかり掴まっていて下さいね」
人の気も知らないでのん気なもんだな。
それからもまだ彼女の様子がおかしいのでとりあえず会計をすませ、店外へ連れて出た。まだ飲みたいとリスに訴えていたが、空色の申し出は却下されていた。
「じゃあ、りっちゃんをよろしくお願いします」
飲み直すと言っていたリスは俺に空色を託し、お辞儀をして去って行った。
俺のことはハウスメーカーの営業マンだから信用してくれているからだろうけれど、本当に帰ってしまうなんて……。
「ええー、さっちゃん、まだ飲むんだぁー。いいなぁー。もう少し飲みたいー。家に帰りたくないもん。あ、新藤さん、一緒に飲みませんか? 約束しましたよね、飲みに行こうって」
こんな時に約束のことを言われるとは。まさかの今日という提案。嬉しいけれどもいいのかな。
「今からですか? しかし、水谷さんに律さんを送るように言われましたが?」
「そんなの、いいでぇーす。気にしないでください」
「せっかくですが私はお酒を飲めません。車で来ましたから」
「うーん……。じゃあ、新藤さんの家に行きましょう! そうしたら運転気にせず飲めますよね?」
家……。まさかの家飲み提案されるとは思わなかった。
一瞬であれこれ悩んだが考えは全くまとまらなかった。うるうるした瞳で俺をじっと見つめる空色の申し出を突っぱねられず、構わない、と返事をしてしまった。
「はいっ。じゃあ決まりでぇ―す! 出発しんこーう」
俺の腕に絡みついたまま、おー、と彼女が右手を高らかに挙げた。
この日の空色は凄く傷ついていた上に、酔って防衛本能が崩壊していた。
それに付け入るように俺が彼女の中の扉をこじ開け、中に入り込んだ。
様々な偶然が重なったのもある。後戻りできない道へ進んでしまった。
どんな地獄に堕ちてもいい。
旦那に殺されてもいい。
でも、決して後悔はしない。
彼女を心から愛してしまったことを――