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それは唐突に訪れた。
「え、シュプゼーレ聖魔法国に今日戻るのですか!?」
朝食中に、ジルベール様は死にそうな顔でそう教えてくれた。
「もしかしてお仕事が忙しくて?」
「いや……。実は第四王子アウジリオ兄様の容態が悪くてな」
「病かなにかですか?」
ジルベール様の表情は暗い。どこか言いづらそうな顔に、聞かなければ良かっただろうかと不安になる。
「……亡くなった第三王子カリスト兄様と同じ呪いなのだ」
「呪い? 病ではなく?」
「黒蔓痣死呪と言って、歳を重ねるごとに黒い蔦のような痣が出て、全身に広がると呼吸が困難になって──亡くなる」
「──っ!?」
黒蔓痣死呪は、シュプゼーレ聖魔法国の王族の何人かに受け継がれ、痣が出たら三十歳になる前に亡くなるという。第三王子カリスト様は黒蔓痣死呪の進行が早く二十二歳の時に亡くなったそうだ。
とんでもなく重い内容……。もしかして魔導懐中時計で何か調べていたのは、この呪いを解呪するための方法だった?
「……このところ、体調を崩していたのだがいよいよ……容態が危ないと聞いてな」
「──っ、それは一刻も早く戻らないとですね」
「ああ。……すまない。本来ならロゼッタも連れて行きたかったのだが」
「私も早くシュプゼーレ聖魔法国に行きたいですが、今回の一件の調査が終わるまでは、他国に移れないそうですし……」
「この国の王太子が西の辺境地に視察で出払っている時に起こったからな」
ん? なぜ王太子がここに出てくるのだろう?
そういえば私、クライフェルゼ王国の王城の客室でもてなされているけれど、このまま居座っていいの? ジルベール様が祖国に一度戻るのなら私も王城を出たほうが?
卿──お父様に前金で、ホテルをとって貰って……。
「ジルベール様、私も王城から出たほうが?」
「ロゼッタは今、時の人なのだから軽率な行動はしてはダメだ」
「うっ……」
そうでした。王都中に『リーニャ商会会長の息子の妻スザンヌが、妹のロゼッタを奴隷紋で縛り付ける。今までのスザンヌの魔導具はすべて妹が作っていた』的な紙をばら撒いたんだった。うん、なるほど。セキュリティとか諸々考えて王城にいるほうが安全なのですね。
それでなくとも毎日、侍女が来客だと言ってくるのだ。ホテル暮らしになったら最悪拉致られる? え、怖っ。
「今回の調査もあらかた終わっているし、ロゼッタの事情聴取も私から提出しているので本来なら王太子を待たずに国を出ても良いのだが、クライフェルゼ王国の王家がどうしても、としつこかったのでな。一度の面会を許可したのだ。……失敗だったな」
ひえええ……。
両国の関係にヒビが入らないよう水面下で取引や交渉があったってことよね?
ジルベール様はご家族のことで大変だというのに、私のために骨を折ってくれている。私も何かジルベール様に出来ることはないかしら?
こんな時こそ恩返しをしたい。
***
「うーーーーん」
朝食を食べ終えた後、ジルベール様は帰りの身支度を調え、昼前には出発するという。私にはミレイア様、アベル・ラルエット様が護衛として残り、ラナリーという侍女を手配してくださった。私のことに気を遣ってもらって申し訳ない。
昼にはお父様とリュカ様、ジルベール様が出立する。私は客室で借りてきた本を読みながらアウジリオ様の病気のことが頭から離れなかった。
「うーーーーーーーーーーーん」
ここ最近で似たような症例を読んだようなぁ。あとちょっとのところで思い出せそうで、思い出せない。あー、このむず痒い感じ!
「ロゼッタ。難しい顔をしているけれど、甘い物でも食べる?」
「ミレイア姉様っ……優しい」
ミレイア姉様の言葉に涙が出そうになる。感動してしまいそう。
「そ、そうかしら? 私は物言いがキツいし、目がつり目なので可愛げや思いやりがないと言われることが殆どだったので、なんだかこそばゆいわ」
「裏表がなくてハッキリ言うところは好感が持てますし、私のことを気遣ってくれているのも嬉しいです」
誰かに心配される──前世で当たり前のように享受していたことがどれだけ恵まれていたか、ロゼッタの人生を反芻して噛みしめる。実の姉は私が外面は良かったが、私の子は駒とか奴隷ってしか思っていなかった。両親も同じだっただろう。
今世では家族の縁はなかったが、代わりに素晴らしい人たちと出会えたのだ。
「この携帯用のポケット缶は五種類の飴が入っていて、形もとても可愛いのよ」
「わあ、猫や兎の模様が可愛い! 魔導懐中時計ぐらいの大きさなのがコンパクトでいいですよね」
「ええ。訓練の後や、息抜きなどに重宝しているの」
丸い缶を取り出し、ミレイア様は蓋を開けた。本当に魔導懐中時計みたいなサイズ感だな。
魔導懐中時計。魔法術式の中に解呪の方法はなかった。でも何かが引っかかる。そもそも黒蔓痣死呪と言われているけれど、どうして呪われていると断定したのだろう。病の可能性がどうしてないと決めつけたのか。現代医療では治せないから?
そもそも病なのかどうかも怪しいとしたら?
この世界は魔法という摩訶不思議な力がある。魔力による副作用とかとも考えられないだろうか。
というか王族って私と同じくらいの魔力量を持っているって、ジルベール様は言っていたわよね。
私と同じくらいの魔力量。
少しずつ魔力量が増えた私とは違って、王族は生まれたときから?
だとしたら魔力量が器が耐えられなかった?
遺伝、特殊な体質?
「──…………あ、あああ!」
ある魔法術式を思い出した瞬間、悲鳴にも似た声を上げた。
「え、ロゼッタ!?」
「ど、どうした!? ロゼッタ嬢!?」
ミレイア姉様とラルエット様の声が聞こえるが、今はそれどころじゃない。私はなんて大間抜けなのか!
自分の馬鹿さ加減に凹みそうになるが、それも後だ。
「ま、まだジルベール様は出発していませんよね!?」
「あ、ああ……」
「ロゼッタ、何か閃いたのですか?」
ミレイア姉様はすぐに私の変化に気付き、何か察してくれた。上手く言葉に出来ないもどかしさを抱えながら「アウジリオ様の病を治せるかもしれません」と何とか言葉にすることが出来た。
「な、なんだと!?」
「本当ですか!? ──っ、いえ。私は急ぎジルベール様を呼んできます!」
「お願いします!」
ミレイア姉様は素早く動いてくれたおかげで、少しだけ冷静になれた。
救えるかもしれない。
焦る気持ちを抑え、魔導魔導懐中時計の魔法術式6174のうち何番目だったのか。魔法術式の中で最初のほうだったか。確か一族になりやすい病──いやあの書き方は病ではなく体質だった。だからジルベール様の話を聞いた時に、ピンとこなかったのだ。
さらに黒蔓痣死呪などという名を聞いてしまったため、魔法術式の書かれていたものとは違うと誤認してしまった。先入観って本当に怖い。
クライフェルゼ王国ではこの魔法だけは使わないと思っていたけれど、仕方ない。ひとまず防音魔導具と、視界遮断魔導具を展開しておく。なにもしないよりはましだろう。
錬金術──いや正確には物質創造魔法で、ある鉱物を生み出す。本物の鉱物と比べたら3割ほど劣る劣化版だけれど、今はそれでも必要なものだ。あの懐中時計の器には遠く及ばないけれど、近い鉱物を創生魔法で生み出す。
ロゼッタが今まで多くの魔導具を作り出せたのか。それはこの魔法の力を使っていたからに他ならない。この世界では魔法属性という物があるらしいが、幼かった前世を思い出す前のロゼッタは、そんな当たり前のことを知らない。知らないからこそ、純粋に、そして切に願ったのだ。
魔法の発動条件は主にイメージだ。イメージの具現化がより鮮明かつリアルで、それを具現化するだけの魔力量があれば──創生が可能となる。これは理論上であって実際に私が作れるようになったのは奴隷紋という極限状態かつ、納品を必ず用意しなければならないというプレッシャーによるところが大きいだろう。
始まりはそうだったかもしれないけれど、この能力でジルベール様の恩を返せるのなら覚えておいて良かった。
「物質を創造……嘘だろう? 伝説の魔導師レベルだぞ」
ラルエット様がドン引きしていた気がする。うーん、隠し球を黙っておいて良かったかも。そう思いながら、アダマンタイトの鉱石を生み出していく。土塊を金に変えるのが錬金術だとすれば、何もないところから物質を生み出す摩訶不思議な現象を魔法と言うのだろう。
改めてこんなことができてしまう──いやこうまでしないと、生き残れなかった自分の環境にゾッとする。でも経験が誰かの命を救うためになるのなら、磨いてきて良かった。
下準備となる素材を用意し終えて、ラルエット様と一緒にテーブルに並べてもらう。
そこに足音が近づいてくるのが聞こえ、ノック音がした。ジルベール様とミレイア姉様だ。早っ!?
よほど急いで来たようで、微かに息が上がっていた。
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