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「〝本当の尊さん〟に第三の目が開いて、翼が出て来ても好きですからね」
さらに冗談を言うと、彼は声もなく笑い崩れた。
笑いが収まった頃、私はそろりと尋ねた。
「……困らせる事を聞いてもいいですか?」
「何でも答えるよ」
「凜さんと付き合っていた時の事が知りたいです。どういうデートをしていたかとか、どんな物を食べて、どんな会話をしたかとか」
「んー……」
尊さんは私の頬をもちもちと弄りながら、静かに息を吐いてから語り始めた。
「当時、仕事で覚える事が多くて大変だったし、俺は篠宮ホールディングスに入社する事を諦めるように受け入れたものの、まだ反発心で一杯だった。〝仕事〟である以上、無責任な事はしないけど、いつもムッツリと黙って怒ったような雰囲気を発していて、同僚には『話しかけづらい』って思われていただろうな」
分かる気がした私は、コクンと頷いた。
「入社してすぐ、新入社員がコンビになって行動するようになった。そのほうが指導役も効率がいいんじゃないか、って方針からだ。それで偶然、夏目さんとコンビを組む事になった。彼女は就職のために上京して、まだ東京に馴染んでいない感じだった。たまに方言が出る事もあったし、イントネーションもちょっと違う時もあった。それで『珍しいな。どこの出身だろう』と興味を持った」
確かに、同僚に地方色の強い人がいたら、その人の郷里が気になるかもしれない。
「俺が〝事情〟でとっつきにくい性格をしているのに対して、夏目さんはやる気に満ちてハキハキした元気な性格だった。……最初に飲みに誘ってきたのは、彼女からだ。『仕事について相談したい』って言われたから、コンビで責任を被る以上、きちんと打ち合わせをしたほうがいいと思って、勉強会みたいな形で隔週で食事や飲み会に行く事にした」
そういう流れになるのは自然だろう。
私も積極的に「同期と仲良くしたい」と思わなくても、仕事でミスをしないため、同期で打ち合わせをするなら参加したと思うから。
「お互いぎこちなく、よそよそしい空気がある中、夏目さんは一生懸命仲良くなろうとしてくれていた。彼女は積極的に話しかけ、プライベートな事も教えてくれた。最初は『仕事と関係ねーだろ』と思ってたけど、聞いているうちに彼女の為人を知って、少しずつ気を許したんだと思う」
「……割と、凜さんに対してもツンツンミコのままだったんですね。最初から意気投合したのかと思ってました」
「……当時の俺はダークモードだったからな。そう簡単に人に気を許さないんだよ。涼でさえ、四年間大学が一緒で、ずっと付きまとうように話しかけてきたから、絆されて仲よくなった感じだ。俺を『反応のないつまんねー奴』と思って関わるのをやめていたら、今頃あいつと親友になっていないと思う」
「努力の人……」
思わず呟くと、彼はクスッと笑って息を吐き、続きを語る。
「そうやって少しずつ夏目さんと仲良くなっていった。当時の上司がちょっとやな奴だった事もあって、お互い愚痴を言うポイントは同じだった。同じ不満を持つと、人間って絆が深まるだろ? 酒飲んで酔っ払った俺は、怜香や自分の境遇への恨みも込めて、上司の悪口を言う事でスッキリしていた。……距離が近くなるほど、夏目さんは〝女子〟の仮面を外して素の顔を見せてきた。もともとあまり女子らしさを気にするタイプじゃなかったみたいで、座敷で胡座をかくし、男の前でもげっぷするし、あまりにがさつで呆れたな」
「……でも、そこが魅力的だったんでしょ?」
すると尊さんは小さく笑い、私の髪の毛を弄りながら言った。
「今まで、俺に近寄ろうとした女たちは、みんな身なりに気を遣っていた。ハイスペ男をものにしてやろうって魂胆の女ばかりだったから、夏目さんの飾らない所が珍しく、魅力的に見えたのかもしれない」
「……性格の悪い質問ですけど、その時に好きになれる女性が他にいたら、凜さんになびかなかった?」
「かもな。当時の俺のベースには『誰と付き合ってもすぐフラれる』って女性不信があった。……裏で怜香が手を回していたって知ったのは、あとの事だけど。……言ってしまえば、俺に好意を持って、裏切らない人なら誰でも良かったのかもしれない。夏目さんは自分を飾らないタイプだったから、余計に『信頼できる』と感じたんだと思う」
「……確かに、それは言えるかもですね。私も他の誰でも良かったんだと思います。……本当の意味での〝誰でもいい〟とは違うけど、『いい彼氏になってくれそうだな』と思ったら、昭人じゃなくても良かったと思います」
そう言うと、尊さんに耳を摘ままれた。
「あのな、言っとくけど俺も田村にすげぇ嫉妬してるからな? あいつは犯罪に手を染めてまで朱里と復縁しようとして、その行動にも腹を立ててるし、俺の朱里の処女を奪っただけでなく、図々しくもいつまでもお前の心に居座ろうとする根性がムカついて堪らない。……俺は〝大人〟のつもりだから我慢してるけど、朱里が夏目さんに嫉妬するように、俺もあいつの名前が出たらムカッ腹を立ててる。……それは覚えといて」
尊さんは言ったあと、噛み付くように私にキスをしてきた。
「んむっ、……んー……、……んふふふ……」
「こら、喜ぶな」
キスをされながら笑うと、唇を離した尊さんは呆れたように笑う。
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