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光が、やわらかい。
風が、あたたかい。
それは、戦いのない世界だった。
まだ何も知らない頃の、記憶。
「フィリアー!」
遠くから、声がする。
振り返ると、リュシアが手を振っていた。
「またそんなとこ行くの?」
「うん」
フィリアは、小さく頷く。
「気になるの」
ノクスが、ため息をつく。
「変わったやつだな」
「そうかな」
フィリアは笑う。
そのまま、森の奥へと進んでいく。
※※※
そこは、少しだけ違う場所だった。
植物に覆われながらも、
どこか人工的な匂いが残っている。
そして。
「……これ」
透明なカプセル。
中に眠る、ひとりの人間。
カプセルにはいくつもの文字が表示してある。
“アルト”
それは目を閉じたまま、静かに眠っている。
「……不思議」
フィリアは、そっと近づく。
触れることはできない。
でも、そこにいるのがわかる。
自分たちとは違う存在。
「……起きるのかな」
小さく呟く。
返事はない。
それでも。
フィリアは、何度もそこに通うようになった。
ある日。
「……あ」
足を滑らせる。
そのまま、近くの装置にぶつかる。
カチ、と音がする。
次の瞬間。
――音楽。
やわらかな旋律が、空間に流れ出す。
フィリアは、目を見開いた。
「……なに、これ」
初めて聞く音。
でも。
どこか、懐かしいような響き。
不思議と、胸の奥があたたかくなる。
「……」
何度も、繰り返し聞く。
やがて。
少しずつ、口ずさむようになる。
旋律をなぞるように。
「……」
眠るアルトのそばで。
その歌は、静かに積もっていった。
時間を越えて。
ふたりを、繋ぐものとして。
丘の上。
空は、どこまでも青い。
フィリアは、ひとりで立っていた。
風に揺れながら。
あの歌を、口ずさむ。
言葉にならない、やさしい旋律。
そのとき。
「……それ」
後ろから、声。
振り返る。
アルトが、そこにいた。
目を覚ましたばかりの、まだ不安定な表情で。
「なんで、それを……」
フィリアは、少しだけ驚いて。
でも、すぐに微笑んだ。
「きれいだったから」
それだけを言う。
アルトは、しばらく黙る。
その歌は――
忘れたくなかったもの。
でも、忘れかけていたもの。
「……誰に教わった」
「ここで」
フィリアは指をさす。
「あの場所で、流れてたの」
アルトは目を閉じる。
わずかに、息を吐く。
「……そうか」
静かな声。
フィリアは、一歩近づく。
「ねえ」
まっすぐに、見る。
「大事な歌なの?」
アルトは、少しだけ迷って。
それから。
「ああ」
と答えた。
「……大事なやつと、よく歌ってた」
その言葉に、風が揺れる。
フィリアは、少しだけ考えて。
「じゃあ」
ゆっくり言う。
「守らなきゃね」
アルトが、顔を上げる。
「その人も」
「この歌も」
フィリアの瞳は、まっすぐだった。
迷いがない。
「……守れるかな」
アルトが、ぽつりと呟く。
その問いに。
フィリアは、即答する。
「守るよ」
強く、言う。
「一緒に」
その言葉は、約束だった。
まだ何も知らない、やさしい約束。
でも。
確かに、ふたりの中に残った。
――そして現在。
フィリアの指が、わずかに動く。
意識の底で。
あの歌が、流れていた。
忘れたくなかったもの。
守ると決めたもの。
そのすべてが。
彼女を、もう一度引き上げようとしていた。