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穏やかな日差しが窓から入り込んできて、私は目を覚ました。
あれからもう三日が経過した。
私はその間ずっと疲労感が取れず、ほとんど寝たきりだった。
その間、京子からはいくつかメッセージが届いた。
それで分かったのは、仁美の死がみんなの記憶によみがえったこと。
睦月、遥、七緒はやっぱり死んでしまっていることも分かった。
ということは恐らく、みくりも死んでしまっているのだろう。
私と仁美せいで、何人もの人たちの命が失われてしまった。
その事実は消えない。私は永久にその十字架を背負わなければならないだろう。
――でも仁美は、こんな最低な私の事を助けてくれたんだ。
私の部屋のドアが開く。
「一花、体の具合はどう?」
「おはよう、お母さん。もう大丈夫」
仁美の魂が救済されたその夜、お母さんが帰ってきたのだ。
お母さんによると、お父さんは原因不明の体調不良に襲われ、現在入院中だという。
いまのところ命に別状はないものの、場合によってはこれから数カ月にわたる入院を余儀なくされるという話だ。
お父さんはずっと昏睡し、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していたという。
私はお父さんが恨みの対象だと知った時、もうお父さんは死んでしまったと覚悟した。
だけど妖魔になった仁美は、自分の心の中の強い恨みと戦った。
私を悲しませたくない一心で。
私は着替えを済ませる。
デスクには、仁美のカセットテープ。そしてオモチャのガラガラが置いてある。
私はオモチャのガラガラを軽く振って、心の中で「ありがとね、仁美」とつぶやいた。
私とお母さんは二人で食事をとる。
「お母さん、今日お仕事は?」
「うん、お父さんが入院しているから、私は有休取って看病に行くの」
「そうなんだ。あ、なら家の事は私がやっておこうか?」
「ホント? そうしてくれると助かるわ」
こんな穏やかな日常が、今ではとてもありがたいものに感じる。
食事を終えて自室に戻ると、スマホに京子からメッセージが入っていた。
「今日の放課後、仁美の家に行ってお花を手向けたい」
「私、まだ仁美をちゃんと弔ってあげられてないから」
「一緒に行ってくれる?」
そうメッセージか入っていた。
私は「一緒に行こう」とメッセージして、身支度を整える。
そしてキッチンで皿洗いをする母に挨拶をして、私はドアに手をかける。
「行ってきます!」
私はドアを開けて光の差す外の世界へと踏み出した。
「クランクアップおめでとー!」
京子がパーーン!とクラッカーを鳴らした。
は?
外に出た瞬間、目の前に広がったのは巨大なホールだった。
私は強烈なライトに照らされている。
私が立っているのはどうやら舞台の上で、後ろを見ると私の家を模した書き割りがあった。
目の前には無人の観客席が広がってて、そして京子が笑顔で私を待ちかまえていたのだ。
「すっっっっごい素敵だったよ! 私、二人がキスしたときめっちゃ感動して泣いちゃった! ね? 七緒っちとかも凄い迫真の演技だったよ。私も友人Aみたいな役だけじゃなくて、もうちょっと出番が欲しかったんだけどなぁー。ね、七緒ちゃん♪」
「バカなこと言わないで! 全身ズタズタにされて、本当に痛いんだからね!」
「そんなことどうでもいいでしょ! もうこれで終わりでしょ? もう開放してよ!」
「はやく帰りたいよぉ……! パパに会いたい! ママのごはんが食べたいよぉ!」
「そうよ、とにかくもう私たちを解放して! お願いだから! ねぇ!」
七緒とその取り巻きである睦月と遥は悲痛な面持ちで誰かに訴えかけている。
京子が不満げに口を尖らせた。
「もー、みんなもうちょっとクランクアップの余韻を楽しもうよー。私は魔女様の舞台、とても楽しかったけどなぁー。こんな刺激的な経験、普通に生きてたら経験できないじゃん」
「一花ちゃん、凄く素敵だったよ♪ 一花ちゃんの心からの愛の声、とても嬉しくて、本当に感激しちゃったの♪ 私の事、本当に愛してくれて、いますごく幸せ♪」
そう言って仁美が私にしがみついてくる。
は?
いったい何なの?
さっきからこれは何?
また何か変な夢を見ているの?
みんなが何を言ってるのか分からない。
ここはどこ?
死んだはずの七緒たちがどうしているの?
そしていま私にしがみついている仁美は、どういうことなの?
まさか、妖魔になった仁美は結局成仏できてないということ?
まだ終わってないということなの?
「ちがうよ、もう終わったの♪ もう全部おしまい。全部終わったの♪ あー、本当に最高だったなぁー」
「意味が分からない、なんなの? そもそもここはどこ?」
「あ、ここはね、みくねぇが用意してくれた、演劇のための舞台だよ」
「仁美ー、その説明だとたぶん今の一花には伝わらないんじゃない? 最初から全部説明した方がいいと思うよ? 全部フィクションだったって」
「フィクション?」
「うん、あのね。一花ちゃん、分かりやすく言うとね、全部嘘だったの」
「ウソ? ウソって何が?」
「だからぁ、何もかも♪ ぜーんぶ嘘♪ 私が自殺したのも。私が声優デビューして、それが原因で一花ちゃんと喧嘩別れしちゃったことも。私が妖魔とか言う、化け物みたいになっちゃったことも。パパがママの不倫を苦に自殺したとかも。ぜーんぶ、ウ・ソ☆。これはみくねぇが、一花ちゃんと私が主演にした、お芝居の世界だったの♪ 私とみくりちゃんの二人で作った舞台の上で、一花ちゃんはお芝居をしてたんだよ?」
「なにいってるの? そんなこと、ありえないでしょ。世界を作ったっていうの?」
「ねぇー、びっくりだよねぇー。私も最初はなにソレって感じだったもん」
「じゃあ、この舞台演劇を作ってくれた監督さんをご紹介しまーす♪ ジャーン♪ 枢木みくり役こと、観劇の魔女マーガレット様でーす♪」
そういうと、京子と仁美がパチパチと拍手を始めて彼女を迎え入れる。
うやうやしく一礼して現れたのは、死んだはずの枢木みくり。
先日までの服装とは異なり、胸が大きく開いた派手なドレスを着ている。
そして胸元には、仁美や呪われた七緒たちに浮かんだのと同じ、サソリを模したハート型のあざが刻まれている。
「ご紹介にあずかり光栄よ。私の作った舞台演劇『狂愛のリリーフィリア』、いかがだったかしら?」
「さいこーーー!」
と言って、京子と仁美がふたたび拍手をする。
そんな京子たちの間を割って入ってくるかたちで、七緒たちがみくりに訴える。
「もう充分でしょ! 充分付き合ったでしょ!? お願いだからもう返して! 開放してよ!」
「もう無理! 耐えられない! お願い、お願いだからぁ……!」
「ひっく、パパ、ママ、たすけてぇ、えっぐ……」
七緒たちは狂乱している。そんな三人をみくりは心底目ざわりと言わんばかりの眼差しで見ていた。
「あーハイハイハイハイハイ。分かったわようるさいなー。あんたらがいると興ざめするし、先にサヨナラさせてあげる。じゃ、バイバーイ♪」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、三人が悲鳴を上げる。
そしてその身体にバキッと亀裂が入り、三人の身体は粉々に砕けてしまった。
「ひっ――!」
「いうてこいつら三人はしょせん脇役だしね、でも一花と仁美の恋路を邪魔する敵役も欲しかったし、仁美もコイツらには、昔イジメられてた仕返ししたかったって言ってたからね。ま、またキャストをお願いするかもしれないけど、とりあえず魂だけは解放して現世に返してあげたわ。しばらくは肉体と魂がバラバラで廃人同然だろうけど♪」
「うわー、えっぐーい」
「京子、あんたはノリノリで一生懸命頑張ってくれたから、あとでちゃーんとご褒美をしてあげるわ」
「わーい! 魔女様のごほうびだー!」
京子は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ね、みくりに抱き着く。
ご主人に甘えるワンコでもあやすように京子の頭をなでるみくり。
そしてみくりは私の方を向いた。
「一花、あんたは本当に最高のキャストだったわ。仁美が殺しちゃうくらい惚れるのも無理ないくらいね」