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◆第六話 ― 近づく距離、ほどける心 ―

蓮の指先が頬から離れた瞬間、莉子の心臓はようやく「自分が生きている」ことを思い出した。

なのに、胸の奥ではまだ、彼の指が触れている錯覚が焼きついている。

「……顔、真っ赤」

蓮は静かに笑う。

いつも無表情に近いのに、莉子の前ではこうして柔らかくなる瞬間がある。

そのたびに、胸の奥がきゅっと甘くしめつけられた。

「だ、だって……蓮くんが急に……そんなこと言うから……」

「急じゃないよ。ずっと言いたかった」

その落ち着いた声が、逆に心を揺らす。

蓮は立ち上がり、莉子を見下ろす形になる。

影が落ち、彼の存在がより近く感じられた。

「……莉子って、さ」

「な、なに?」

「すぐ表情に出るよな。分かりやすい」

蓮はゆっくり手を伸ばし、莉子の額にそっと触れる。

まるで体温を確かめるように。

「……っ、やめ……」

「嫌?」

「嫌じゃない……けど……」

ほとんど囁きのような弱い声。

蓮はその反応を逃さなかった。

「じゃあ、もう少しだけ」

彼の指は額からこめかみへ、そして耳の後ろへ。

どこもかすかにくすぐったい。

だけど、逃げられない。

「……っ、くすぐ……」

「くすぐったいだけ?」

いたずらのような声音。

そんな声を蓮が出すなんて、今日だけで何度驚けばいいんだろう。

莉子は必死に言葉を探す。

「ち、ちが……あの……変な感じで……」

「変って?」

蓮が少しだけ身をかがめ、莉子の耳元に口を寄せる。

肌がひやりと震える。

「俺に触られるの、嫌どころか……ちょっと嬉しそうに見えるけど?」

「っっ……!」

一気に全身が熱くなる。

否定しようとして、声が喉に引っかかる。

「そ、そんなわけ——」

「じゃあ、怒る?」

莉子は怒れなかった。

怒るどころか、蓮が近いだけで呼吸が浅くなる。

返事ができないまま固まっていると、蓮は目を細めて言った。

「……ほら。やっぱり可愛い」

その呼吸が耳の近くでほどけるように濡れていて、背筋が震えた。

莉子は思わず両手で耳を覆う。

「や、やめてよ……そんな言い方……!」

「そんなって?」

蓮は莉子の手をそっととり、耳から優しく外した。

自分の手よりずっと大きな掌。

包まれるだけで胸が苦しくなる。

「俺はただ、思ってること言ってるだけ」

「……っずるい……そういうの……」

目が合う。

深くて、逃げられなくて、引きずり込まれるような瞳。

蓮はそのまま、莉子の手をゆっくり自分の胸の上へ導いた。

「感じて。……今、すごくドキドキしてる」

「え……?」

本当だった。

蓮の心臓が、自分のよりずっと速く強く跳ねている。

「俺だけ、こんなに緊張してるの不公平だろ」

低い声でそんなこと言われたら——

胸に力が入らなくなる。

「……蓮くんの、鼓動……」

「君のせいだよ」

その言葉に息が止まりそうになった瞬間、蓮は莉子の両肩に手を置き、そっと距離を詰めた。

「……今日はもう、帰すつもりはない」

「え……?」

「理由は……分かるよな」

耳の裏を流れるような甘い声。

落ち着いているのに、どこか焦ったような、抑えているような響き。

胸が、また強く鳴る。

蓮の視線が、莉子の目から唇へゆっくり降りていった。

その動きだけで、体の奥がじんわり熱くなる。

「……触れても、いい?」

もう二度目の問いなのに、今度はずっと深くて、逃げられなくて、

答えをすでに分かっているような声だった。

莉子は、ゆっくり息を吸い——

震えるまま、でも確かに頷いた。

蓮の手が、そっと頬へ戻ってくる。

距離がゼロに近づく——

その瞬間。

扉の向こうで、突然電話の着信音が鳴り響いた。

空気が破れたように二人の間の温度がかき乱される。

蓮は目を細め、小さく舌打ちした。

「……タイミング悪すぎ」

莉子は真っ赤な顔のまま固まっていた。

蓮は深呼吸し、けれど視線だけは決して逸らさない。

その瞳には、まださっきの熱が残ったまま。

「後で出る。……続きしようか」

その言い方があまりにも静かで甘くて、

莉子の胸はまた強く鳴り始めた。

嘘から始まる秘密の同居

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