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蓮の指先が頬から離れた瞬間、莉子の心臓はようやく「自分が生きている」ことを思い出した。
なのに、胸の奥ではまだ、彼の指が触れている錯覚が焼きついている。
「……顔、真っ赤」
蓮は静かに笑う。
いつも無表情に近いのに、莉子の前ではこうして柔らかくなる瞬間がある。
そのたびに、胸の奥がきゅっと甘くしめつけられた。
「だ、だって……蓮くんが急に……そんなこと言うから……」
「急じゃないよ。ずっと言いたかった」
その落ち着いた声が、逆に心を揺らす。
蓮は立ち上がり、莉子を見下ろす形になる。
影が落ち、彼の存在がより近く感じられた。
「……莉子って、さ」
「な、なに?」
「すぐ表情に出るよな。分かりやすい」
蓮はゆっくり手を伸ばし、莉子の額にそっと触れる。
まるで体温を確かめるように。
「……っ、やめ……」
「嫌?」
「嫌じゃない……けど……」
ほとんど囁きのような弱い声。
蓮はその反応を逃さなかった。
「じゃあ、もう少しだけ」
彼の指は額からこめかみへ、そして耳の後ろへ。
どこもかすかにくすぐったい。
だけど、逃げられない。
「……っ、くすぐ……」
「くすぐったいだけ?」
いたずらのような声音。
そんな声を蓮が出すなんて、今日だけで何度驚けばいいんだろう。
莉子は必死に言葉を探す。
「ち、ちが……あの……変な感じで……」
「変って?」
蓮が少しだけ身をかがめ、莉子の耳元に口を寄せる。
肌がひやりと震える。
「俺に触られるの、嫌どころか……ちょっと嬉しそうに見えるけど?」
「っっ……!」
一気に全身が熱くなる。
否定しようとして、声が喉に引っかかる。
「そ、そんなわけ——」
「じゃあ、怒る?」
莉子は怒れなかった。
怒るどころか、蓮が近いだけで呼吸が浅くなる。
返事ができないまま固まっていると、蓮は目を細めて言った。
「……ほら。やっぱり可愛い」
その呼吸が耳の近くでほどけるように濡れていて、背筋が震えた。
莉子は思わず両手で耳を覆う。
「や、やめてよ……そんな言い方……!」
「そんなって?」
蓮は莉子の手をそっととり、耳から優しく外した。
自分の手よりずっと大きな掌。
包まれるだけで胸が苦しくなる。
「俺はただ、思ってること言ってるだけ」
「……っずるい……そういうの……」
目が合う。
深くて、逃げられなくて、引きずり込まれるような瞳。
蓮はそのまま、莉子の手をゆっくり自分の胸の上へ導いた。
「感じて。……今、すごくドキドキしてる」
「え……?」
本当だった。
蓮の心臓が、自分のよりずっと速く強く跳ねている。
「俺だけ、こんなに緊張してるの不公平だろ」
低い声でそんなこと言われたら——
胸に力が入らなくなる。
「……蓮くんの、鼓動……」
「君のせいだよ」
その言葉に息が止まりそうになった瞬間、蓮は莉子の両肩に手を置き、そっと距離を詰めた。
「……今日はもう、帰すつもりはない」
「え……?」
「理由は……分かるよな」
耳の裏を流れるような甘い声。
落ち着いているのに、どこか焦ったような、抑えているような響き。
胸が、また強く鳴る。
蓮の視線が、莉子の目から唇へゆっくり降りていった。
その動きだけで、体の奥がじんわり熱くなる。
「……触れても、いい?」
もう二度目の問いなのに、今度はずっと深くて、逃げられなくて、
答えをすでに分かっているような声だった。
莉子は、ゆっくり息を吸い——
震えるまま、でも確かに頷いた。
蓮の手が、そっと頬へ戻ってくる。
距離がゼロに近づく——
その瞬間。
扉の向こうで、突然電話の着信音が鳴り響いた。
空気が破れたように二人の間の温度がかき乱される。
蓮は目を細め、小さく舌打ちした。
「……タイミング悪すぎ」
莉子は真っ赤な顔のまま固まっていた。
蓮は深呼吸し、けれど視線だけは決して逸らさない。
その瞳には、まださっきの熱が残ったまま。
「後で出る。……続きしようか」
その言い方があまりにも静かで甘くて、
莉子の胸はまた強く鳴り始めた。