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「なおくん、この予算書チェックしてくれる?」
夕暮れ時の教室で、橘川沙耶が声をかけてきた。文化祭まであと一週間。実行委員として残って作業している俺たちは、教室に残された最後の二人だった。
「ああ、いいよ。さっちゃんが作る予算書なら問題ないと思うけど」
文化祭実行委員会の会計担当である沙耶は、いつも几帳面に数字を管理している。俺が広報担当として作るポスターやチラシの予算も、彼女がしっかりと把握してくれているおかげで、今のところ順調に進んでいた。
「そんなことないよ。なおくんに見てもらうと安心するから」
沙耶は微笑んで、エクセルの印刷物を差し出してきた。長い付き合いの中で培われた信頼関係というやつだろう。幼稚園から知っている幼なじみというのは、こういうところが心強い。
「了解。じゃあ見てみるね」
俺は手渡された書類に目を通し始めた。が、その時だった。
「え…?」
急に教室の空気が重くなり、視界がぼやけ始める。まるで目の前が歪んでいくような感覚。
「なおくん、私も気分が…」
沙耶の声が聞こえた途端、意識が遠のいていく。最後に見たのは、沙耶が机につかまりながら、俺の方を見つめる姿だった。
「…くん!なおくん!」
「んん…」
意識が戻ってくる。目を開けると、そこには心配そうな顔をした沙耶がいた。
「良かった、目を覚ました」
「さっちゃん…ここは?」
俺は周囲を見回した。そして、目の前の光景に息を飲んだ。
まず、さっきまでいた教室の机や椅子が全て消えていた。壁も床も天井も、全てが真っ白に塗られたような空間。窓の外を見ると、空は夕暮れ時のような赤橙色をしている。
「なおくん、これ…どういうこと?」
沙耶の声が少し震えていた。当然だ。誰だって突然見知らぬ場所に飛ばされたら動揺する。
「落ち着こう。とりあえず…」
スマートフォンを取り出してみる。画面は点くものの、電波は圏外。LINEもメールも使えない。時計だけは動いていて、17時30分を指している。
「私のも圏外だよ。カメラは使えるみたいだけど」
そう言って沙耶がカメラを起動させた瞬間、部屋の正面に大きなスクリーンが浮かび上がった。
『ようこそ、運命の番人たちよ』
白く光る文字が浮かび上がる。
「運命の…番人?」
俺が呟いた瞬間、新たな文字が現れた。
『あなたたちには、これから48時間以内に3組のカップルを結び付けていただきます。これは、運命の赤い糸を紡ぐ神聖な使命です』
「冗談だよね…?」
沙耶の声が震えている。確かにこれは、現実とは思えない状況だ。
『これは決して冗談ではありません。この使命を果たさなければ、あなたたちは元の世界に戻ることができません』
「どうやってカップルを結びつけろって言うんだよ…」
俺が呟くと、スクリーンに映像が映し出された。現実世界らしき場面で、男女が向かい合って話をしている。
『運命の赤い糸は、二人で手をつないで詠唱することで発動します。ただし、真実の愛でなければ糸は紡げません』
「手をつないで…って」
俺と沙耶は顔を見合わせた。幼なじみとはいえ、手なんて繋いだことない。まさかこんな形で初めて手を繋ぐことになるとは。
「と、とりあえず座ろうか。立ちっぱなしも疲れるし」
俺が提案すると、白い床に腰を下ろした。異世界転移というSF小説のような展開に、まだ頭が追いついていない。
「なおくん、怖くない?」
沙耶の声が小さい。普段はしっかり者の彼女だけど、こういう時は意外と弱気になる。昔から知っている分、そんな一面も知っている。
「まあ、怖いけど…さっちゃんと一緒だし、なんとかなるんじゃないかな」
「うん…そうだね」
少し安心したような表情を浮かべる沙耶。話しているうちに、スクリーンにまた新しい映像が映し出された。
どうやら、これから俺たちは見知らぬカップルたちの恋を成就させなければならないらしい。しかも48時間以内に3組も。
「なおくん、私たち…本当に出来るのかな」
「わからない。でも、やるしかないよね」
俺たちは再び顔を見合わせた。これから始まる奇妙な冒険に、まだ戸惑いを隠せないまま。