テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ベビーシッター部
あの日は嘘川たちからしつこく質問攻めにされ、散々な目に遭った。
あの美少女は誰だ!
どこで知り合ったんだ!
どんな関係なんだ!
あの狼谷が女の子と並んで歩いてるなんて!
隼は「うるせぇ」「知らね」と適当に嘘川たちの質問に返す。
そして狼谷隼が教室まで案内してやったという謎の美少女の存在は、瞬く間にC組のみならず高等部中に知れ渡った。
どこで仕入れてきたのか、嘘川たちの情報によると…
・彼女の名前は結城咲茉
・外部から森ノ宮学園の高等部を受験
・B組
・吹奏楽部に入部希望
・担当楽器はフルート
・色素の薄い髪や青い目はオランダ人の祖母譲り
とのことだ。
高等部の入学式から1週間と少し経ったが、未だに“結城咲茉”をひと目見ようと1年B組を訪れる生徒は男女関係なく大勢いる。
「さっき結城さんとすれ違ったぞ!マジで可愛すぎ!!」
「ふわっといいにおいした〜!抱き締めてえぇ!」
「あたし洗面所で落としたリップ拾ってもらった!天使かと思った!!」
クラスメートたちはまるで芸能人と遭遇したかのような大騒ぎだ。
「みんなすんごい盛り上がってるなあ」
竜一が呑気に笑っている。
「俺もちょこっと見たけど、結城さんってほんとに可愛いんだな。お人形さんみたいだった」
女だとか恋愛だとかに疎い竜一でさえ、珍しく他の奴らと同じ意見を話す。
「狼谷はやっぱり、結城さんを教室に連れてってあげた時もなんにも感じなかったのか?」
「…べつに」
竜一の問いに、隼は短く答えた。
正直、結城咲茉を見た時、鼓動が速くなったのを感じたが、きっとそれはぶつかって驚いたせいだろう。
でも、隼は他の奴らが(特に男が)彼女の話題で盛り上がるのは、なんだか面白くない。
クラスが隣なので学年集会や移動教室の時は嫌でもB組の連中と顔を合わせる機会があるし、色素の薄い髪は黒髪の中で目立つので意識せずとも視界に入る。
相手がこちらに気付いているかどうかは分からないけれど。
部活動の入部届の〆切が迫っていたので野球部の入部届を顧問に提出してきたが、竜一の弟である虎太郎から熱い勧誘を受けたことで、ベビーシッター部も兼部することになった。
まあ、自分もあのうるさい馬鹿(鷹)が世話になってる立場だし、野球部も弱小だから別にいいだろうと考えてのことだった。
そこまではよかった。
「あっ、狼谷!聞いてくれよ。ベビーシッター部にもう1人入ってくれることになったんだ!」
保育ルームに来た隼に、興奮気味に竜一が報告してくる。
「へぇ。よかったじゃねえか」
軽い気持ちで返す隼だったが、
「めっちゃ可愛かったね〜。エマちゃんだっけ?何かのドッキリ企画でアイドルが入ってきたかと思ったわ〜」
いつものようにだらしなく寝そべった兎田の言葉に、我が耳を疑った。
…エマ?もしかしなくても結城のことか?
あいつが?ベビーシッター部に?
マジかよ……。
同じ部活なら授業以外にも頻繁に顔を合わせることになるだろう。
しかも理事長が言うには、昼休みなど授業中を除く時間も保育ルームで子どもたちの面倒を見るようにとのことだ。
「あ、でもエマちゃんも隼と同じで兼部って言ってたな。吹奏楽なんて似合い過ぎるよねぇ〜」
兎田の言葉に、ほんの少し安堵した。
それなら毎日顔を合わせずに済むかもしれない。
いや、そもそも俺は何を焦って何に安心してんだよ。
隼は自分の感情が分からなくなって、心の中で突っ込む。
それから2日程経ち、朝、鷹を預けに保育ルームに立ち寄ると、そこには結城咲茉の姿があった。
「!」
まただ。またあの時のように心臓が早鐘を打つ。
「おできたじょ!」
鷹はお構いなしに室内に入っていく。
「あ、鷹くんおはよう!」
『おはよう』
竜一に続いて鷹に声を掛けた咲茉は、その顔に似合わず胡座をかいて、右膝に拓馬、左膝に数馬、背中には美鳥をおんぶした状態で絵本を読んでいた。
そして、学校では2つに結わえられた髪は、子どもの相手をするからか、耳より少し高めの位置でお団子にされていた。
「あ!はやとにいちゃま!おはようごじゃいましゅ!」
希凛の声に、咲茉も顔を上げる。
『狼谷くん!おはようございます』
「…おう」
花が咲いたように笑う咲茉に、隼はできる限り平静を装って室内に入る。
『私もベビーシッター部に入らせてもらうことになりました!よろしくお願いします』
「らしいな。うちの馬鹿も世話になる。…てか、なんで敬語なんだ?タメ口でいいぞ」
『あっ…そうだよね』
それにしても。
「…めっちゃ馴染んでんな」
隼の視線の先には咲茉にくっついた狸塚兄弟と美鳥。
「みんなあっという間に結城さんに懐いちゃったんだ。すごいよ!」
『すぐ受け入れてくれて嬉しかった。みんな可愛い』
「おれおねーちゃんすきー!」
「おっ…おれも……」
「あばーっ!」
「きりんもおねえちゃまだ~いすきでしゅ!」
「こたも」
「おでがいちばんすきだじょ!」
高校生の会話に、いつの間にか全員集合した子どもたちも加わる。
熱烈な大好きコールに、咲茉も
『ありがとう!私もみーんな大好き!』
と嬉しそうに応えていた。
それを見て、竜一も隼もちょっとキュンとさせられ、近くで肘をついて寝そべっていた兎田が「やべ〜可愛すぎ〜」と言いながら仰向けにバタッと倒れた。
朝のホームルームが始まるので、竜一と隼と咲茉は高等部の校舎へと向かう。
「結城さんはなんでベビーシッター部に入ってくれたの?」
内心自分も気になっていたことを竜一が質問する。
『えっと、昔から小さい子の相手をするのが好きで。あと、子どもたちといるとゆったりした気持ちになれるから…』
咲茉の言葉に「そっか〜」と相槌を打つ竜一。
『家に帰っても1人だし、学校ではなんか…その…すごいジロジロ見られたりするの、ちょっと疲れちゃって……。あの子たちがいるあの空間、すごく癒やされるの』
なるほど。
毎日のようにB組に彼女目当ての生徒が大勢押しかけ、好奇の目に晒され、何かするごとに注目されるのは、さぞかし居心地が悪いだろう。
「えっと…聞いていいのか分かんないけど、…家に1人って?」
竜一が少し気まずそうにたずねる。
『私、中学卒業まで施設にいたんだ。高校に入るタイミングでひとり暮らし始めたの』
「あ、そうだったんだ。高校生でもひとり暮らしできるんだね」
『うん、森ノ宮理事長が後見人になってくれて。だからベビーシッター部に入ろうとも思ったのよね』
2人の会話を黙って聞いていた隼が口を開く。
「まあ、ガキ共も喜んでるし、鹿島も助かるだろうし、いいんじゃねえの」
「うんうん!ほんと助かるよ。狼谷に続いて結城さんもいてくれたら心強いよ!」
『よかった。兎田さんの負担も少し減らせるかな』
「兎田にはもう少し負担させねえとすぐサボるぞ」
「ああ、うん。確かにな」
意外と隼の発言を否定しなかった竜一。
そのやり取りを見て可笑しそうに咲茉が笑う。
喋っていたら教室の前まで来てしまった。
「じゃ、結城さん。また昼休みにね!無理はしなくていいから」
『うん、また後でね』
「じゃあな」
竜一と隼はC組に、咲茉はB組に入っていく。
そして今回は竜一まで、教室の前でのやり取りを見ていたクラスメートから質問攻めに遭う羽目になってしまった。
つづく
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!