テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ここ3ヶ月ほど、岩本は阿部と会えていなかった。
プライベートはおろか、仕事でも一緒にならない。
LINEや電話で連絡は取れるが、阿部からはあまり連絡してこない。気を遣いすぎる阿部は、結果として連絡不精だ。
こちらからLINEしてみても、推敲しすぎた素っ気ない簡潔な返事が返って来るだけ。
(…阿部が足りない…)
栄養が不足する様に、岩本の心には阿部が不足していた。
立ち寄った本屋で、阿部が表紙の雑誌を見つけた。澄ましたキメ顔で、こちらに視線を送ってくる。
この澄まし顔が、快楽に蕩けるのを岩本は知っている。その顔は岩本しか知らない。
その事に軽い優越感を覚えたが、会いたい気持ちも募って切なくもなった。
早く目当てのものを買って帰ろう、そう思ったその時、スマホが震えた。
表示されたLINEの通知に”阿部”の名前。
岩本はハッとして、LINEを開いた。
“ひかるの家にいるから”
簡潔な一文。
“すぐ帰る”
岩本も短く送り返し、本屋に来た目的も忘れて踵を返した。
早足で雑踏をすり抜ける。
信号待ちがもどかしかった。
ようやく自宅のドアに辿り着くと、岩本ははやる気持ちを抑え、平静を装って静かにドアを開けた。
阿部の靴が、端に揃えて置いてある。
岩本は自身の靴を揃えるのもそこそこに、リビングへ向かった。
「あ、ひかる、おかえり」
ドアを開けると、ソファで本を読んでいた阿部が、顔を上げて笑顔を見せる。
「ただいま」
顔がにやけるのを隠しきれないまま、岩本は阿部を後ろから抱きしめた。
「急に来てごめん」
「全然良いよ。でも珍しいね」
岩本は阿部の隣に座り言う。阿部はいつも来る時は早めにお伺いを立ててくる。事後報告は初めてだった。
「急にひかるが恋しくなっちゃって」
阿部は、冗談か本気か分からないトーンで言う。それでも岩本はその言葉が嬉しかった。
「少し飲まない?コンビニのハイボールで良ければだけど」
阿部が言って傍らのビニール袋から、ハイボールの缶を取り出した。岩本はそれを有り難く受け取り、2人は小さく乾杯をする。
そして、チョコレートプレッツェルをつまみにしながら、他愛の無い話をした。
今関わっている仕事、共演者の事、最近買った物、日常の些細な事…。顔を合わせなかった間のことを、取り留めもなく話す。
しかしアルコールが進むにつれ、岩本はそわそわした落ち着かない気分になっていた。
時折チラチラと阿部を見る。
ほんのりと赤くなった頬、形の良い唇、綺麗な首筋。
それを見ていると、触れたい、キスしたい、抱きたいと言う欲求が湧いてくる。けれど阿部の方からは、そんな雰囲気はまるで感じられない。なんだか自分だけが、がっついている様で岩本は何も言い出せずにいた。
ふと会話が途切れた。
阿部が、缶をテーブルに置いて座り直す。2人の間にあった、半人分ほどの間を詰めた。
「…ひかる」
呼ばれて岩本は、缶を傾けつつ阿部を見て、予期せぬ絵面に盛大に咽せた。
阿部がこちらを向いて、キス待ち顔でいる。心臓を鷲掴みにされるような破壊力に、動揺した。
岩本がまだ咳き込んでいるのを、阿部は片目を開けて見る。
「ねえ、ひかる。ほら。…ん」
引くつもりはないらしい。岩本は何故だか緊張しながら、阿部の顎に手をかけ軽く唇を合わせた。数秒のちに一度唇を離し、すぐまた口付ける。今度は深く。阿部は積極的にそれを受け入れる。どちらかが唇を離しても、すぐまた求めに行く。
次第に阿部が、身体を岩本に寄せて膝立ちになり、首に腕を回してきた。岩本はクッションに身を預け、阿部の腰に手を回して抱き寄せる。
長い長いキスの応酬。
阿部の服のリボンタイに手をかける。するりと解いて、シャツのボタンを外していく。
シャツをはだけて華奢な肩にそっと唇を寄せる。
と、同時に岩本は身体を起こし、器用に阿部をソファに沈めた。
潤んだ瞳で阿部は岩本を見上げる。頬を撫でると淡く微笑んだ。
はやる気持ちを抑えてTシャツを脱ぎ、岩本は阿部の身体に覆い被さる。
ゆっくりと愛しい人を堪能していく…つもりだった。
程なくして岩本は異変に気づいた。
阿部から何の反応も返って来ない、という事に。
「?」
阿部の顔を見る。そして唖然とした。
「………え、寝た?」
阿部は完全に目を瞑り、うっすら開いた口からは寝息が聞こえる。
「は?え、阿部?寝たの?マジで?」
声を掛けてみても返って来るのは、規則正しい寝息だけだった。
「…お前っ、それはないだろ」
昂った気持ちを持て余し、岩本は天を仰いだ。完全にその気にさせておいて寝る、という暴挙に沸々と怒りの感情も湧いてくる。
かと言って、無理矢理続けるようなことも出来ず、岩本は仕方なくソファから降りた。
所在なくリビングを歩き回る。
歩き回りながら阿部を見ると、彼は無防備な顔をしてすっかり寝入っている。ベッドに運んでやろうかと一瞬思ったが、なんだか癪に触るので放置する事にした。
一つ大きく溜息をつき、岩本は1人バスルームへ向かった。
翌朝。
阿部は目を覚まし、見慣れない景色に気付いた。
(あれ、どこにいるんだっけ)
ぼんやりした頭で考える。
昨日は、仕事終わりに本屋に寄って、コンビニに寄ってー
(あ、ひかるの家だ…)
阿部はまだ重い瞼をなんとか開いて、辺りを見る。
(…リビング?)
シャツははだけていて、ブランケットがかけられているが、この状況が飲み込めない。
(昨日…ひかると話してて)
記憶を手繰り寄せていく。
(…ちょっと飲んで…、ひかるとキスした?)
徐々に記憶が鮮明になってくる。が、
(…した?昨日)
キスしたのは覚えているが、それ以降がわからない。
(あれ…?もしかして俺、寝落ち、した?)
とある結論に思い当たり、急に頭がクリアになる。途端に首筋に冷たいものが走った。
(あ、俺、やらかしたわ)
どの段階で寝落ちしたか定かではないが、状況と最後の記憶からして大分序盤だろう。そして岩本がその事に対して、相当頭に来たであろう事は分かった。ここに朝まで放置されたのがその証拠だろう。
ゆっくり身体を起こす。
「…起きたの?シャワー浴びてきな」
キッチンから岩本が、背を向けたまま言った。その声から感情は読めない。
阿部は小さく返事をして、そそくさとバスルームへ向かった。
懸命に言い訳を考えたが、良い言い訳も思いつかず、阿部は15分ほどでリビングに戻った。
「…ひかるぅ、あの、昨日はごめんね」
無言でコーヒーをドリップしていた岩本に歩み寄り、阿部は遠慮がちに服を摘んだ。岩本はちらりと阿部を見る。
「…お前が寝た後の、俺の気持ち想像出来る?」
刺々しく切り出した。
「昨日、仕掛けてきたの誰?」
「…お、俺です」
「それなのに、キスだけさせて寝るとか…」
思い出して岩本は段々とトーンダウンしてきた。
「…俺のセックス寝るほどダメなんか、とか、めっちゃへこんだわ…」
そう。最初は腹立たしかったが、時間が経つにつれダメ出しをされたようで、すっかり気持ちが萎れていた。
「違うよ!?ダメじゃないよ!?」
しょぼくれる岩本に阿部は慌てる。
「昨日は、その、朝早かったから。お酒も入って、眠くなっただけ。ひかるがどうとかじゃなくて、俺の問題」
「3ヶ月ぶりだったのに」
不貞腐れる岩本に阿部は抱きついた。
「機嫌なおしてよ、ひかる。ね?なんでも言うこと聞くから」
「…へえ?なんでも?」
聞き返された瞬間に、阿部は不穏なものを感じとり、言葉の選択を誤ったな、と思ったが後の祭りだった。
「じゃあ、その約束、次まで取っとくわ」
「う、まあ、良いけど…」
阿部が答えると岩本はにやりと笑って、彼の頭を撫でる。
「寝たいって言っても寝かさねーから」
そしてそう耳元で囁いた。
「えーと、お手柔らかに…」
とんでもない約束をしてしまった気がして、阿部は困惑しながらそう言った。
275
コメント
2件
もう愛おしすぎるって💛💚