TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

第7話:鋼鉄の轍と赤髪の女傑


テムズ川から流れ込む霧は、もはや情緒など微塵もない。


それはジェネストリエーション・ウイルスに侵され、異形へと成り果てた「ロストール」たちの吐息が混じった、死の白濁だった。


アランは、イーストエンドの打ち捨てられた倉庫の片隅で、冷たい乾パンを噛みしめながら目を覚ました

「……はぁ、はぁ……っ」


右腕を走る鋭い痛み。


肘の先までだった黒金色の筋繊維は、今や肩の付け根まで侵食を広げている。


12歳の姿のまま時を止められた少年には、あまりに重すぎる現実だった。


(もう、あまり時間がない……。俺が俺でいられるうちに全部、終わらせてやる)


生存者の気配が消えたロンドンの街。


聞こえるのは、喉を鳴らすようなロストールたちの不気味な徘徊音だけだ。


アランは自らに宿るウイルスの力を意識的に制御し、自身の心音と気配を殺す。


この「怪物」の力だけが、皮肉にも彼をロストールの検知から守っていた。


その時だった。


ズズン……、ズズン……。


静まり返った街に、重厚な地響きが轟いた。


アランが窓の割れ目から外を窺うと、霧の向こうから、煤けた鋼鉄の板を幾重にも継ぎ接ぎした異形の装甲車が現れた。


「――『鉄の外套(アイアン・コート)』……」


かつてのイギリス軍の生き残りであり、この世界を壊した元凶――エドワード・ヒューストンを罪人として捕らえ、処刑することを目的とする武装集団。


彼らが動く先には、必ず「標的」の影がある。


(あの装甲車の後を追えば、あいつのところへ行ける。……あいつらが父さんを殺す前に、俺の手で)


アランは、ノーチラス号で過ごした温かな日々を一度だけ胸の奥に封じ込め、倉庫を飛び出した。


「……待ってろよ、エドワード・ヒューストン」



装甲車の後を追い、ロンドンの中心部へ向かうにつれ、ロストールの数は異常なほどに増えていった。


蒸気機関の咆哮を上げ進む装甲車を、建物の屋上から巨大な影が狙う。


蜘蛛型の変異個体「ステッチャー(縫い手)」だ。


ステッチャーはしなやかな動作で跳躍し、車体に着地すると、蜘蛛の脚を針のように使い、装甲車を「縫い付ける」ように赤い繊維の糸で雁字搦めにしていく。


「くそッ! 糸が絡まって動かない!」


「敵襲! 撃て、撃ち続けろ! 罪人の寺院まであと少しなんだ!」


兵士たちが銃器で応戦するが、執拗な糸に動きを止められた装甲車は、ロストールの海の中へ沈みかけようとしていた。


アランが「あのままだと殺される」と判断し、右腕を解放しようとした、その時。



凄まじい爆発音と共に、ステッチャーの頭部が跡形もなく吹き飛んだ。


装甲車の後方、霧の中から現れたのは、さらに重厚な装甲を施した別の車両だった。


その屋根の上に、巨大な擲弾筒(グレネードランチャー)を担いだ一人の女性が立っている。


燃えるような赤髪をポニーテールにまとめ、返り血を浴びた軍服に身を包んだ「鉄の外套」の女傑――カトリーヌだ。


彼女は、ステッチャーの残骸を冷ややかに見下ろし、車内の味方に向かって言い放った。


「そんなトロトロした鉄の塊で、あの場所(ウェストミンスター)に向かうなんて……。バカのやることだよ」


カトリーヌの鋭い視線が、霧の向こうを見据える。その冷徹な瞳は、かつての国家を滅ぼした「罪人」への激しい憎悪を隠そうともしていなかった。

loading

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚