テラーノベル
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昼下がり。
洗い立てのシーツが風に揺れ、屋敷の庭には石鹸のほのかな香りが漂っていた。
イリアは最後の一枚を物干し竿へ掛けると、小さく背伸びをする。
「ふぅ……。」
空を見上げる。
雲ひとつない青空だった。
「洗濯物、終わり……。」
エプロンで額の汗を拭きながら、ポケットのメモ帳を開く。
『午後 ・買い出し』
「そろそろ買い出しに行こうかな……。」
そう呟いた、その時。
「先輩ー!」
廊下の向こうから、ぱたぱたと足音が近付いてくる。
「イリアせんぱーいっ!」
「プリムさん?」
少し息を切らしたプリムローズが、手に数枚の書類を抱えていた。
「あの、今月の定例会議なんですけど……!」
「…それがどうかされました?」
「東棟でちょっとした事件が起きたみたいで……。」
プリムローズは書類を確認しながら続ける。
「予定より前倒して、今夜するそうです!」
「なるほど……。」
イリアは頷きながら予定を頭の中で組み直す。
「……分かりました。」
そして、ふと首を傾げる。
「……事件って、何だったんでしょう?」
「それが……。」
プリムローズは困ったように笑う。
「わたくしも詳しくは聞いていなくて……。」
「『詳しくは会議で』って、それだけだったんです。」
「んー……。」
イリアは少し考え込む。
東棟で何かあった。
それだけしか分からない。
けれど、その”何か”が会議を早めるほどの出来事だったということだけは確かだった。
「……まぁ。」
イリアは小さく笑う。
「考えても分からないですね。」
「前倒しの件、了解しました!」
「ありがとうございます!」
プリムローズもほっとしたように笑う。
「では、わたくし少し掃除してきますね!」
「はーい、お願いします。」
プリムローズが廊下の向こうへ走っていく。
その姿を見送りながら、イリアはメモ帳を取り出した。
『定例会議・ 開始時間変更』
丁寧な字で書き込み、ぱたんと閉じる。
「……。」
イリアは窓の外へ目を向ける。
西棟は今日も穏やかだった。
廊下には誰かの笑い声が響き、中庭では小鳥がさえずっている。
だからこそ。
「……大事じゃないといいなぁ。」
その小さな呟きは、誰にも届くことなく静かな風に溶けていった。
◇
イリアはメモ帳を片手に、食堂の入口から廊下へ向かって声を張る。
「皆さーん! ちょっと私、買い出しに行ってきます!」
ぱたん、とメモ帳を開く。
「何か欲しいものありますかー?」
その声に反応して、一番最初に顔を出したのはナターシャだった。
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298
於田縫紀
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「……買い出し行くの?」
「はい。」
イリアはにっこりと頷く。
「いつもの村まで行ってきます。」
「んー。」
ソファで寝転がっていたミシェルが、手をひらひらと挙げる。
「漫画。」
「漫画ですね。」
イリアはすぐに鉛筆を構える。
「どんな漫画でしょう?」
「えーっと……。」
ミシェルは腕を組み、しばらく真剣に考え込む。
「ドナ……。」
「…ドナ?」
「……なんだっけ。」
「忘れた。」
「忘れたんですか。」
イリアは思わず苦笑する。
その様子を見ていたナターシャが、小さく呟いた。
「……『ドナベェの日常』……?」
「あ、それそれ。」
ミシェルは勢いよく指を差す。
「お願いね。」
「了解です。」
イリアはメモ帳へ丁寧に書き込む。
『ドナベェの日常 新刊』
すると。
ひょこっ。
食堂の入口からラグドールが顔だけを覗かせた。
「私はいつもの小説の新刊お願いしまーす!」
「はい。」
「…あーあと。」
ラグドールは何かを思い出したように指を立てる。
「ララビットが新しい日記欲しいって言ってました。」
「ページがもう残り少ないらしいです。」
イリアはその内容も忘れないように書き加える。
「はーい、分かりました。」
「……。」
隣ではナターシャがじっとイリアを見つめていた。
「……買い出し。」
「……あたしも行きたい。」
その一言に、イリアは少しだけ困ったように笑う。
「ナターシャさん。」
優しく目線を合わせる。
「あのね… これは規則なんです。」
「ナターシャさんが村へ行ったら、私が怒られちゃいますよ?」
「……。」
ナターシャは少し考え込む。
そして真剣な顔で小さく頷いた。
「……それはダメ。」
「はい、よろしい。」
イリアは思わず笑ってしまう。
「ちゃんとお土産……じゃなくて、おやつくらいなら買ってきますから。」
「……ほんと?」
「ほんとです。」
ナターシャの表情が少しだけ柔らかくなった。後ろのしっぽが嬉しそうに揺れている。
イリアはメモ帳を閉じ、買い物かごを持つ。
「それじゃあ、行ってきますね。」
玄関へ向かいながら振り返る。
「五時半までには帰りますから!」
それぞれの声に見送られながら、イオは西棟をあとにした。
賑やかな屋敷に、ほんの少しだけ静かな時間が訪れるのだった。
コメント
1件
うわ、いい日常回だ……! イリアがテキパキとみんなの注文をまとめて買い出しに行く流れ、すごく気持ちよかったです。特にナターシャが「一緒に行きたい」って駄々こねるシーン、しっぽフリフリしてるのが目に浮かんでかわいすぎました(笑)。そして東棟の“事件”、物語にさりげなく影を落としてるのが気になる……。表向きは穏やかだけど、根っこで何か動いてそうな予感、いいですね。次の展開が楽しみです!