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#風見裕也
#降谷零
花梨
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#ポケモン夢小説
プロローグ
雨が降っている。見上げればどんよりと分厚い黒い空が広がっていて、当分止みそうにない。行き交う人々は皆フォーマルなスーツに身を包み、耳にイヤホンをし、片手に通勤用のバッグ、もう片手に傘を持って差して歩いている。大都会東京の変わらぬ朝だ。
だがその変わらぬ朝の光景をひっくり返すように1人、たった1人だけ、傘も差さずに裸足で赤ん坊を抱きかかえて走る少年がいた。
これはずっと昔の話だ。
1.むかしばなし
前はあんなんじゃなかったのに。
俺は息を切らしながら必死に走った。
物心がつき始める頃に父親が単身赴任で渡米。それから俺はずっと母親と2人暮らしだった。
父は長期休暇を取る度に帰国してきてはいたものの、帰国してもなお多忙だったためかまともに遊んでもらったことはなかった。それでも国を行き来して毎日仕事に勤しむスーツ姿の父をかっこいいと思っていたし、子供ながらに尊敬していたから寂しくはあったが悲しくはなかった。どんな仕事をしていたのかはよく分からなかったけど。
母も穏やかで良い人だった。父さんに会いたいと泣きじゃくる俺に歌を歌って、本を読み聞かせては静かに寝かしつけてくれた。何度母のその優しさに触れたかは計り知れない。幸せだった。
6歳ぐらいのときか。ある日母に「あなたに妹ができる」と告げられた。
それはそれは驚き喜んだ。俺はそれまでずっと一人っ子で、きょうだいがいる周りの友達を前から羨ましく思っていた。誰よりも妹の誕生を心待ちにした。
だがその日を境に、俺の幸せな日々は大きく歪んでいった。
2.変貌
『かあさん─』
『うるさい!イライラさせないで、母さんをこれ以上怒らせないで』
『どうしてこんなこともできないの!本当にあなたは─』
『何度言ったらわかるの!?いい加減にしてちょうだい!』
妊娠でのストレスによるものか、母は次第に俺にキツく当たるようになり、終いには手を出すようになった。
毎日怒号が飛び交っては殴られ、蹴られ、身体中のいたるところが紫色に腫れあがっていた。
周りには言えなかった。言っていいのかよく分からなかった。言ったらどうなるか分からなくて、怖くて、なんとなく言わない方がいいだろうと小さな頭でそう考えていた。時期的にも長袖を着ていたから、手足にアザが増えても周囲の大人にバレることはなかった。
母が左利きだったために叩かれるのはいつも右顔だった。定位置を叩かれすぎていつの間にか俺の右目は光を捉えなくなっていた。
『あんたなんか何の役にも立たない』
一連の流れの最後に発せられるのは決まってこの言葉。それから先もずっと、一生忘れることができないような一言だった。
それから1年、ついに兄になった俺は妹の誕生を喜ぶ反面、今後もう母に手を下される心配はないと安堵した。
生まれさえすればストレスを感じることもないだろうと当時は思っていた。
甘かった。
母の暴力は収まるどころか日を追うごとに酷くなっていった。
今思えばあれは産後鬱の類いだったのだろう。だが幸いなことに母は赤ん坊だった妹には手を出さなかった。いつその怒りの矛先が俺から妹に変わるのか、毎日肝を冷やしながら過ごした記憶がある。
そしてついに、その日が来てしまった。
3.一瞬のこと
朝早く、妹の泣き喚く大きな声で目が覚めた。母の声は聞こえない。
もしかしたらいないのかもしれない。妹から少し目を離してどこかへ行ったのかもしれない。そう思った。
なかなか止まない泣き声を聞き続けて心配になった俺は、ベッドから起き上がり妹のいる隣のリビングへ向かった。
キッチンの横を通り、大量に部屋干しされた洗濯物の下、ベビーベッドに妹はいた。
母もいた。
上に上げた片手には包丁が握られていた。
『母さん!?』
俺が叫び、妹と母との間に滑り込むまでの0コンマ何秒かの間に母は片手を勢いよく振り下ろした。
その手に握られた包丁を奪い取ろうと母を押さえつけた次の瞬間に、頭上から呻き声が聞こえ、母の抵抗が突然弱まった。
俺は絶句した。
仰向けに倒れ込んだ母の胸にはざっくりと開いた傷。俺の手には包丁と母の返り血。床には血だまりができていた。
やってしまった。
部屋には妹の大きな泣き声だけが響き渡っていた。
4.雨
このあたりの記憶は鮮明ではない。気づけば俺はタオルにくるまれた妹と、表しようのない恐怖と焦燥感を血まみれの両手で抱えながら家を飛び出していた。
外は雨だった。通勤のために駅に向かう人々を押し退けて走った。
早朝。裸足の小さな子供。腕の中にはさらに小さな赤ん坊。誰がどう見てもただ事ではない。このままでは怪しまれてしまう。せめてもの気持ちで手にべったりついた返り血を雨水で洗い流した。 鉄の匂いはこびりついたまま落ちなかった。
俺がかあさんを殺した。
怖くて怖くてたまらなかった。
部屋で立ちすくむ俺の足元でドクドクと広がる赤黒い血の海。目に焼き付いて離れない。
抱き上げたおかげなのか妹はいつの間にか寝ていた。俺の心境とは裏腹に、とても静かにすやすやと寝ていた。
その小さな体が濡れてしまわないように全身で抱え込むようにしながら俺は走った。 人混みを縫うように走り続けた。水たまりで滑って、自分の足同士がもつれて、転びそうになりながらも必死に、目的もなくひたすら走り─否、逃げ続けた。
顔を流れる水が涙なのか雨なのか、俺には分からなかった。
道行く人全員がこちらをじっと凝視しているような気がして、たまらず路地裏に駆け込んだ。
酷く荒れた息を整えようと大きく深呼吸をしたとき、突然背後に人の気配を感じた。
『っ誰…!?』
振り返るとそこにいたのは、全身真っ黒な服を着た背の高い大男。目深に被った帽子のせいで顔はよく見えなかったが、長い銀髪を揺らめかせながらこちらに冷たい目を向けているのは見えた。
関わってはいけない人間だとすぐにわかった。
足がすくんで逃げようにも逃げられないでいる俺を見て、男はこう言った。
“組織”に入る気はないか?と。
5.鴉のような
『そしき…?』
『行くあてがねぇんだろ?見れば分かる』
地を這うような低い声。俺は妹を隠すようにして後退りした。恐怖で心臓がそのまま口からまろび出てしまいそうだった。
『組織って─』
『お前に居場所をやると言っているんだ。応じなければ今ここでその赤子諸共お前を殺す』
『!!』
男の目は遥かな狂気に満ちていた。
「組織」が一体何を指すなんなのかは分からなかったが、 今ここで男の望む答えを出さなければ死ぬということは子供の俺でも理解できた。
生き延びるためにはこうするしかない。
『…はいる』
男はニヤリと笑った。
こうして俺と妹はわけも分からぬまま、得体の知れない謎の組織に拾われた。齢8歳という幼さで。
今思えば、あんな選択をしてしまったのが間違いだったのだ。
俺の─速水佑利としての人生が、再び大きく変わっていった。