「ちょっとサイラス! 何であの二人を下がらせたの!」
ジェシーはサイラスに詰め寄った。
あのままサイラスが邪魔をしなければ、フロディーを罠に掛けられたというのに。
コリンヌの腕に付いている僅かな縄の痕。その背後にいるロニ。前には私がいる。
それはまるで、コリンヌと共に逃げてきたところを、ロニが助けたような図式に見えることだろう。私の質問で、コリンヌの表情は青ざめていたのだから、尚更のこと。
そして仕上げに、私の腕をフロディーが掴んだ瞬間を狙って叫べば、暴行現場の出来上がりである。
「それといつ、私がサイラスの妹分になったのかしら」
「フロディーとグウェイン嬢への二重の罠を仕掛けてんだから、十分俺の妹分になるだろう」
「……いつから見ていたの?」
「ここの廊下は長いんだ。遠くからでもよく見える。ついでに音も響いて、耳に入らない方が可笑しい」
コリンヌの口から婚約破棄の計画を言わせようとしたことまで、把握するなんて、さすがはサイラス。宰相であるメザーロック公爵の手伝いをしているだけのことはあるわね。
「ヘザーへのアプローチには失敗したくせに」
「何だと」
小声で呟いた愚痴に反応を見せるサイラスを無視して、ジェシーはわざと赤い髪を靡かせる様に振り返った。
シモンとフロディーを逃しはしたが、獲物はまだ一匹ここにいるのだから。
本人もそれに気がついたのか、目が合った瞬間、小さな悲鳴が聞こえた。けれど、ジェシーは意に介さない。
「今日のこと、王子から聞いていたのでしょう。それなのに、どうしていないのかしら」
「王子のために開かれたパーティーなのにな」
後ろからサイラスが援護射撃する。コリンヌは逃げようにも、ロニにしっかりと肩を掴まれて、身動きが出来ない。
「わ、私はただ、ランベール様から今日のパーティーで、パートナーになって欲しいって言われて」
涙目になって訴えかけてきた。
それがこの三人に通用するとでも? 婚約者であるセレナを差し置いて、パートナーになる時点で、同情の余地はない。
「休憩室に王子は現れたのかしら」
「いえ、シモン様たちがいらして、今日はここに待機していろ、と言われただけで」
「つまり、その時にはもういなかったってことだな」
サイラスの言葉にジェシーは頷いた。
「聖女様がいらしていたから、セレナが会場入りしていたのは確実よ」
「それなのにいないのは、二人が共にいる可能性が高いことを意味している」
静かに言うロニの言葉にさえも、コリンヌは肩を震わせた。
「ほ、本当に何も知らないんです。信じてください」
「えぇ。信じるわ。貴女と王子が今日、ここで何を計画していたのか、教えてくれるのならね」
そしたら、解放してあげるわ、とばかりに微笑んで見せた。すると、コリンヌは俯いて、下唇を噛んだ。
「ランベール様が、セレナ様との婚約を破棄するって。そしたら、私を婚約者にしてくれるって言ったのよ!」
「貴女が捏造した、有りもしないセレナからの嫌がらせを、民衆の前で晒すことまでして?」
そうして、セレナを陥れて、王子の婚約者になろうとしていた。実際、五年前はそれを行って、失敗している。
いや、正確には、事前に脅されていた王子が、サイラスの姿を見て動揺し、コリンヌは王子の婚約者にはなれなかった。その王子の態度を見て、逆にセレナが婚約破棄を認めてもらうよう、聖女であるアリシアに頼み込んだのだ。
勿論、アリシアは許可をして、後日国王に進言。受理された、というのが一連の流れだった。
「捏造だなんて、本当のことです!」
顔を上げて抗議したコリンヌの目に映ったのは、冷ややかな目で見るジェシーと、呆れ返るサイラスの姿だった。
「この期に及んで、まだそんなことを言えるとはな。状況を理解できないバカは、王子一人で十分なんだが」
「だから、王子が選んだのでしょう」
それに、バカはバカなりに、使いようはある。
「取引をしない? グウェイン嬢」
一歩前に出て、コリンヌとの距離を縮める。
「貴女の愚行を握り潰してあげる代わりに、王子の奇怪な行動の理由を探って欲しいの」
「私、愚行なんて――……」
「気になるんじゃない? 心変わりされたら、困るのは貴女なのだから」
今はセレナを陥れようとした容疑を晴らすことよりも、王子が自身から離れていくことへの恐怖を植え付けることが先決だった。
元々婚約者がいる相手と噂になる令嬢は、社交界での評判が悪い。それは婚約の目的が、誰かに手を出されないためにするものだから、当然のことだった。
その相手が王子ならば、尚のことである。本来の婚約者であるセレナが気にしなくとも、社交界は甘くない。
自身の誕生日パーティーで、婚約破棄を言い渡そうとしている時点で、すでに手遅れになっていることは、コリンヌも分かっているだろう。
王子との関係を成功させなければ、自身の身が危ない、ということを。実際、王子の婚約者になれなかったコリンヌは、二度と社交界に戻ることはなかった、と聞いた。
ジェシーの言葉に、コリンヌの表情が変わった。
「……それで取引って、私に何をやらせるつもりですか?」
「あら、私はこっちの貴女の方が好きよ」
「さっさと、本性を現してくれりゃいいものを。手間をかけさせやがって」
サイラスも本性を晒してどうするのよ、と思いながら、ジェシーは無視して話を進めることにした。
「さっき話した通りよ。王子から聞き出して欲しいの。お得意でしょう」
「もし、聞き出せなかったら?」
「そうね。シモンたちと一緒にいなかった、レイニスもまた怪しいわ」
そう王子の側近は全部で三人。
マーシェル公爵家傘下のヘズウェー伯爵令息、レイニス・ヘズウェーだけが、この場にいなかった。
シモンたちが王子の命令を遂行していたのなら、レイニスもまた同様に考えるべきだろう。すると自然に、王子と共にいる、もしくはセレナに何かした、という図式が思い浮かぶ。
「レイニスなら、俺が直接聞けば――……」
「ロニ」
口を挟まないで、と目で訴える。ロニの頭にあるはずのない犬の耳が、シュンと垂れ下がったように見えた。
「分かりました。その代わり、もしランベール様が本当に心変わりされていたら……」
「援助するわ。今後の貴女の身の振り方に合ったものをね」
「ありがとうございます」
目でロニに合図をすると、コリンヌから手を離す。ようやく自由の身になったコリンヌは三人に向けてそれぞれお辞儀をして、その場から立ち去った。
***
「随分、物分りが良くなったんじゃねぇか?」
去っていくコリンヌの姿が見えなくなった頃合いを見計らって、サイラスが感心したように話しかけてきた。
「そうかしら」
「王子たちの計画を知った時は、謀反でも起こしそうな勢いだったじゃねぇか」
五年間も、平民生活を送っていたのだから、柔軟になっていたとしても可笑しくはないでしょう、とはサイラスに言えるわけがない。
「セレナが可愛いのは分かるが、兄貴分としては、冷や冷やさせられたぜ」
「それでも、乗り気で付き合ってくれたじゃないか」
「お前が、こいつを止めないからだ!」
ロニはただ苦笑いするだけだった。
「それで、今度は王子の動向か?」
「えぇ。セレナが心配だから」
仮に王子と共に行動しているのであれば、拉致されたのか、もしくは何かしら同行する理由があったのか、そのどちらかだろう。
「分かった。そっちは俺が調べておくから、お前は大人しくしていろ。いいな」
サイラスもまた同じ考えに行き当たったらしい。
ジェシーは笑顔で頷いた。これ以上、頼もしい味方はいない、と思いながら。
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