テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
51
♡ や 💬 あ り が と う ご ざ い ま す ♪
s t a r t
_____________________
月島は、仕事帰りに文房具店で最も厚みのある、革表紙のノートを買った 。
誰にも見られないよう、寝室のクローゼットの奥に隠したそのノートに、
月嶋は毎日その日にあったことを、そして 忘れていけないこと
を記すことに決めた。
_____________________
【5月12日】
今日から書き始める。
昨日、診察室で言われたことは、まだ現実味がない。
でも、今日の夕飯の献立が、鉄郎さんの問いかけに答えられなかった。
忘れないように書く。
黒尾鉄朗。身長180後半。髪型はいつも通り寝癖みたいに跳ねている。 僕の恋人。
彼は僕が「疲れているだけ」だと思っている。
それでいい。
_____________________
【5月20日】
職場の博物館で、展示物の配置を間違えた。
同僚に指摘されて、心臓が止まるかと思った。
僕は有能でなければならない。
月島蛍は、賢くなければならない。
夜、家で鉄郎さんが
「蛍、最近ずっとノートに向かって何してんの?受験生かよ」と笑った。
「仕事のメモです」と嘘をついた。
ペンを握る手が震えた。
嘘をつくのが、どんどん上手くなっていく。
_____________________
【6月5日】
怖い。
朝、目が覚めた時、隣で寝ている男が誰か一瞬わからなかった。
三秒。
たった三秒だけど、僕は貴方を「知らない人」だと思った。
三秒後、彼の寝顔を見て「鉄郎さんだ」と脳が認識したとき、涙が止まらなくなった 。
貴方は目を覚まして
「え、蛍?なに、どうした?」と慌てて僕を抱きしめた。
「怖い夢を見ただけです」と胸に顔を埋めた。
貴方の体温は、僕の記憶よりもずっと温かい。
_____________________
【6月15日】
今日は鉄郎さんが休みで、二人で買い物に行った。
「蛍、あそこのカフェ寄るか」と言われた店。
僕たちが初めてデートした場所だ。
僕は、思い出せなかった。
「あそこ、初めて二人で行った時のお前の顔、酷かったよな」と楽しそうに語る彼に、僕は精一杯の皮肉で返した。
「そんな昔のこと、いちいち覚えてるなんて暇なんですね」
本当は、一緒に笑いたかった。
ノートを読み返す。
過去のページに「初デート:駅前の青い屋根のカフェ」と書いてある。
過去の自分が書いた文字に、今の自分が救われている。
滑稽だ。
_____________________
【6月28日】
文字を書くのが、少しずつ遅くなってる気がした。
漢字が思い出せなくて、スマートフォンの予測変換に頼り切りだ。
今日、仕事帰りに自分の家の鍵がわからなくなった。
鞄の中を探りながら、どれが鍵か、どうやって使うのかが、数分間わからなかった。
玄関の前で立ち尽くしていると、内側から扉が開いた。
「おかえり。遅かったじゃん、玄関の前で何してんの?」
鉄郎さんの顔を見た瞬間、崩れ落ちそうになった。
「…..蛍?」
彼の声が低くなる。
疑っている。
僕の異変に、彼はもう気づき始めている。
でも、まだ言えない。
「…..なんでもないです。ただ、星が綺麗だったので」
そう言って見上げた夜空は、滲んで何も見えない。
_____________________
【7月10日】
ノートの最初のページを読み返すのが日課になった。
『黒尾鉄朗。僕の恋人。一番大切な人』
これを忘れたら、僕という人間は、もうこの世に存在しないのと同じだ。
たとえ、僕の言葉が、知性が、昨日が消えても。
このノートがある限り、僕は貴方を愛し続けることができるだろうか。
今日、鉄郎さんが僕のいない隙にクローゼットの整理をしようとしていた。
「勝手に触らないでください!!」
自分でも驚くような怒鳴り声を上げた。
鉄郎さんは悲しそうな、見たこともないほど暗い瞳をして「…..ごめん」と言った。
謝らないで。
…謝らなきゃいけないのは、僕の方だ。
ごめんなさい、鉄郎さん。
……僕はあとどれくらい、貴方を貴方だと認識していられるでしょうか。
明日のページが、白紙にならないことを祈りながら、僕はペンを置く。
月島はノートを閉じ、震える手でクローゼットの奥へと押し込んだ。
リビングからは、鉄郎さんがテレビを観て笑っている声が聞こえる。
その笑い声を、一秒でも長く、脳に刻みつける月島は静かに、寝室のドアを開けた_____。
_ _ _ 記 憶 が 無 く な る ま で × × × 日 。
_____________________
n e x t ▷ ▶︎ 気 分
( ♡ や 💬 し て く れ る と 嬉 し い で す )
ほ ん と 切 な い 系 の 作 品 作 る の も 好 き で す ︎し 、 書 く の も 好 き で す 🫶🏻
後 、 フ ォ ロ ワ ー 様 1300 突 破 し ま し た ♪
皆 さ ん あ り が と う ご ざ い ま す !
コメント
4件
最高ですね、フォローとお気に入り登録させていただきます!!
めっちゃこの作品好きです🩷続き楽しみにしてます