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王都から少し離れた位置にある栄えた都市。
その街の外れにある特に大きな屋敷。
ガ―レットの屋敷にて。
大きな扉の前に二人の男が立っていた。
二人は全身鎧で武装しており、腰には剣が携えられていた。
彼らはこの国の騎士団に所属する騎士達だ。
ガ―レットが住んでいるこの屋敷。
そこは厳重に警備されていた。
しかし…
「おい、今日もガ―レットは女遊びか」
「ああ、最近ずっとそうだな」
「相手はあのキョウナとかいう女か」
「全く何を考えているんだ?アイツは」
「何人か身元の分からん女も連れ込んでいるしな…」
身元不明の人間を簡単に貴族が連れ歩くわけにはいかない。
貴族にとって『信頼』とは命にも等しい価値がある。
その『信頼』を失うことは死を意味すると言っても過言ではない。
それはガ―レットの一族にとっても同じだ。
しかし、ガ―レットはにもかかわらず好みの女を連れ歩いている。
とはいえ、彼の一族は国内での力がとても強い。
誰もそれを指摘できないほどに。
一地方貴族でしかないブルーローズ家よりも、権力という点では遥かに高い。
「まあ俺らは仕事さえもらえればいいけどな」
「違いない。ははは」
そんな会話をしながら、屋敷の警備を続ける二人。
どうやら屋敷の主であるガ―レットは、この屋敷で働いている者たちからはあまり好かれていないらしい。
そのことを本人が知らないのは幸か、それとも不幸か。
金さえもらえれば問題ない、二人はそう考えているのだろう。
ここで働けばそこそこの金と済む場所、食事ももらえる。
多少のことを我慢すれば、だが。
一方その頃、屋敷の中では。
バッシュが、屋敷にある資料室にいた。
資料室の机に向かっている。
彼女はそこで一人、何かの資料を読んでいた。
そして、その内容を紙に書き写していく。
「…」
丁寧に、ゆっくりと、そして確実に。
そこに書かれている内容はどれも、この国の歴史について書かれたものだった。
かつて、この国が戦争をしていた頃の話。
『今から約千年前、この国は他国との戦争に明け暮れていた』
『ある時、一人の英雄が現れた』
『彼は瞬く間に戦場を駆け抜け、敵将を討ち取った』
『そしてその後、彼は忽然と姿を消した』
『後に残ったのは、彼の持っていた宝剣と英雄のマントだけだった』
『しかし、その宝剣は後世の戦争の混乱期に紛失、今は行方不明となっている』
「なるほど…」
そう言って、書き写し終えた資料を自身の横に置くバッシュ。
次に取り出したのは、この屋敷に来た手紙や書類などの数々。
そこに書かれている文字を見て、それを書き写していく。
さらに、それらの内容に目を通していく。
「…」
バッシュ・トライアングル。
彼女の行動は謎に包まれている。
彼女の素性を知る者はほとんどいない。
なぜ彼女が、このようなことをしているのか?
と、その時だった。
突然、彼女の背後から声がかかった。
それも、よく知っている少女、ルイサの声が。
声の主はバッシュにこう言った。
まるで獲物を見つけた獣のような目つきで。
「バッシュ、ここにいたんだ」
「…ルイサか。何の用だ?」
「なにしてるのかなーって思って見に来た」
「見ての通りだ」
「へぇ…何してるか聞いてもいい?」
「勉強だよ。あたしは文字の読み書きは一応は出来るけど、あんまりうまくないし…」
そう言うバッシュ。
彼女は、ただ単に勉強をしていただけだとルイサに言った。
確かに書き写された文字は、どこかたどたどしいものだった。
よく見ると、本だけでは無く手紙や新聞なども並べられている。
とにかく文字が書かれている物をあつめて、それを書き写していた。
ということだろうか…?
「へえ…」
それを見ているうちに、ルイサはバッシュに対して妙な感情を抱いた。
それは嫉妬だ。
不器用ではあれど、自分を磨くバッシュに対して。
「あなた、昨日の夜どこに行っていたの?」
「別に。どこでもいいだろう」
「へぇ、言う気は無いんだ?」
「ふん」
そう言って、そのままバッシュはルイサの横を通り過ぎようとした。
しかしそれをルイサの手が遮った。
机の上に並べられた、バッシュの勉強道具。
それを地面に思いきり叩きつけるルイサ。
バッシュが文字を書き写した紙を破り捨てた。
「お前…!」
それが怒りに触れたのか、バッシュが声を荒げる。
しかしルイサはそれを無視した。
そしてバッシュの腕を掴み、そのまま壁に押しつける。
「ガ―レット様の部屋でしょ?」
「痛っ…」
「知ってるのよ。朝まで一緒にいたこともね!」
そのまま壁に押さえつけられたバッシュ。
そんな彼女に対してルイサはこう告げた。
先ほどの表情とは打って変わって笑顔を浮かべながら。
「そうやってガ―レット様に好かれようとしているんでしょう?」
「…」
「だってそうじゃない」
「知るかよ」
「ねえ、バッシュ。私ね、あなたのことが大嫌いなの」
そう言って、バッシュの首元に手を伸ばすルイサ。
冷たい感触がバッシュを襲う。
そしてルイサはバッシュにこう尋ねた。
まるで小動物をいたぶる猫のように。笑みを見せながら。
その手をゆっくりと動かして。
そして最後に一言。
冷たく言い放つ。
感情のない声で。
無慈悲な言葉を。
彼女の心を傷つけるために。
その言葉を口にする。
その声は普段、彼女が出しているものよりもずっと低くて恐ろしい声だった。
「ふふ、ごめんなさい。つい苛立ってしまって」
「…チッ」
「でも、これで分かったでしょう?私がどれだけあなたのことを憎んでいるか」
「…」
そう言いながらルイサはその場を去った。
バッシュは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ルイサが散らかした資料を片付ける。
彼女が破った、文字を書き写した紙を無言で拾い上げる。
と、その時だった。
資料室に誰かが入ってきた。
ルイサが戻って来たか?
そう思うバッシュ。
しかし、そこにいたのは…
「…助けに入った方がよかったか、バッシュ?」
入ってきたのはミドリだった。
ルイサとバッシュが何やら揉めているのをたまたま見つけた彼女。
その様子を見て、ミドリがバッシュに声をかけたのだった。
「いや、いいよ別に。気にしてないし。ついでに掃除の一つでもしておくさ」
「…そうか、わかった」
「おう」
「…『妙なこと』はするなよ?」
そうして、ミドリも資料室から出て行った。
一人になったバッシュは再び作業を始める。
黙々と。
ただひたすらに。
そしてふたたび資料を書き写し始めた。
そこに書かれていた文章を。
【千年前、この国には戦争があった】
【戦争には英雄が現れ、敵国の将を討ち取った】
【その後、英雄は忽然と姿を消した】
【宝剣とマントを残して…】
【だが、宝剣は紛失したまま見つかっていない…】
「…はあ、疲れた」
そう呟いて、バッシュはペンを置いた。
そして立ち上がり、部屋の中をぐるっと見回す。
そこは大量の本が並んだ本棚が並んでおり、その中央には机が置かれている。
その周りにある椅子の一つに座り、彼女は一息つく。
「そろそろ、この資料を返しに行くか…」
そう言って、彼女は席を立った。
資料を返却するために。
本を元々あった場所に戻していく。
そして先ほど文字を写した紙をたたみ、懐に入れた。