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翌週のこと。俺は再び現実の女となってしまった空色に会う羽目になった。
三重県にある大栄の建設模様の工場見学に来ることになったせいだ。空色と旦那は会場に来る前に迷子になり、頻繁に俺のスマホに電話をかけてきた。
空色の可愛い声を何回も聞けて嬉しいと思ってしまう俺。どうかしていると自分でも思う。
彼女らが到着した際、営業マンの俺(しんどう)で対応した。
「遠いのによく来てくださいました」
「こちらこそ、すみませんでした。何回も電話してご迷惑をおかけしてしまって」
相変わらずそそっかしいな。だから歯が折れるくらい激堅クッキーを送れるんやと納得した。普通、送る前に味見くらいするやろ。会えたら一回くらい、嫌味言ってやろうと思っていたけど、彼女の可愛い顔を見たらどうでもよくなってしまった。
ここに来る道筋は曲がるところを間違えなければ一本道で、どうやったら迷子になるのかこっちが聞きたいくらい簡単な道やのに。地図も渡してあるのにな。空色らしいと思った。
気にしないでください、と心にも無い台詞を伝えて笑顔を見せた。
こういうのはもう幼い頃から得意や。
本音は絶対誰にも言わずに見せない。見せてもロクなことが無い。誰も信用できない。
現に空色も俺だけが好きだとあんなに熱狂的なラブレターを十年も欠かさず送ってくれたのに、俺のことなんか忘れて他の男と結婚してマイホーム建てに来たんや。
お前だけは俺を裏切らずにずっと愛してくれると信じていたのに。
知りたくなかった。違うとわかっていても、ずっと夢を見ていたかった。
記念撮影をしたり工場や住宅について細かく説明した。今日こそは住宅建設の契約を取りたい。大栄を辞めるには、残りあと一件の契約が必要や。条件達成したら俺を解放してくれるっていう、あのタヌキ親父(大栄の社長)に契約書叩きつけて大栄を辞めてやる計画をしているのに、あと一歩がなかなか決まらない。
工場見学に来ている誰かが契約してくれたら、その顧客の担当が終了すると同時に大栄を辞められるから、最長でも一年少しで終われる計算やけど。
誰でもいいから物件契約してくれ、と思っていた時に空色に会った。
結婚してるなんて反則やん。折角会えても、どうすることもできない。
誰かのものになってしまった空色に会いたくなかった。おかげで白斗の時の夢を頻繁に見るようになってしまった。
俺が大栄で働くきっかけとなったあの悪夢も、苦しい白斗時代のことも、全部思い出してしまう。今までは単に嫌な思い出を心の奥底へ追いやっていただけだという事実に気が付いた。
もう六年も経ったのに。
俺はまだ地獄の最中(さなか)。
全てから解放されたい。誰もいない所で誰にも邪魔されずに一人で曲作って、海でも眺めながら暮らしたい。
あと一歩でそれが叶う。それだけを目標に今日までやってきた。
俺は自分の心を事務所に売り飛ばした時から、ただひたすら自由を求めている。
もう誰にも縛られたくない。
工場見学の案内をしつつ、頭では全く別のことを考えていた。
気が付くと昼食の時間になっていた。見学者には仕出し弁当を振舞うのが決まりになっているので用意した。
俺は空色の担当のため、彼女ら夫婦の前に座ることとなった。できれば見たくない組み合わせや。それにあまり空色に関わりたくない。
俺の中の空想でしかなかった女を実際目の前にすると、欲が出てまうから。
歩いて喋って笑って、俺をその大きな目に映して存在を認識してくれるのが嬉しくて、手を伸ばして触れたくなる。
食事の最中、おもむろに空色の旦那が俺に結婚しているか、と聞いてきたので、独身だと答えておいた。
結婚したいと今まで一度も思ったことが無い。俺の心へ土足へ入ってくるような女は必要ない。誰とも深い仲になったことは無いし、その場しのぎの割り切った関係しか結ばないようにしている。深く関わろうとする女は自ら敬遠していた。
俺は誰にも心を赦す気は無いし、昔から人を信用できない。
唯一信頼していた剣でさえあんなことになってしまった。人と関わるのがもう嫌や。
ただ、RBのファンは別やった。それはファンと異性関係築くとかそういうことではなくて、俺みたいな訳のわからない男を、白斗というフィルターを通してたとしも純粋に愛してくれるのは嬉しかったし、俺もその気持ちには応えたいと思っていた。
利害関係なく俺を愛してくれるファンのことは、自分なりに大事にしていたつもりや。
だから絶対に人前では喋らなかった。俺が関西の下町育ちでこってりした関西弁を喋る男だと、ファンは知りたくないはず。幻滅されたりイメージ崩したくないし、自分で白斗の商品価値を潰してまうのは嫌やったから。
そんなことを思っていると独身って言ったから、様々な想像を馳せた空色の熱い視線に気が付いた。
「気になる女性がいるんです」俺はわざと空色を鋭い目線で見つめ返して言った。「でも、彼女は結婚してしまっていて。本当に残念です」
ふん。これくらい言ってもいいやろ。
俺の視線に全然気が付かへん鈍感女が、この視線の意味なんかわからへん。
「そうですか。新藤さんカッコイイから、今は独身でもすぐお相手見つかるでしょ?」
旦那がテンプレ会話を続けてくる。もう終わりたいこの会話。俺が独身で旦那が困ることなんかないやん。お決まりのように仕事が恋人と誤魔化した。