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色濃い夜闇と煌々と輝く篝火の彩りを掻き分けるようにして、ユカリたちは旧天文台へと急いだ。


昼の気配は水路に流されて地下に消え、黄色い月が夜空に顔を出している。リトルバルムの街は建国の日の喜びと寿ぎに飾られた前夜祭に浮かれていた。ハニアンの加護を祈るために掲げられた多くの篝火がすり鉢状の街を照らし、人々の気にも留めない影が四方八方に伸びて踊っている。紛れるように小さな神々の影が屋台の間を通り過ぎていき、浮かれ気分に酔って細やかな幸いを零している。甘辛い肉に塩辛い酒、甘酸っぱい菓子の馨しい香りを椀のような底に溜め、リトルバルムの街は貴き神の先触れを待っている。


ユカリたちは揺らめき溢れる幻影のような人ごみを通り抜け、坂を駆け降りていく。

ユカリは坂を下りながら、鳩を通して見た出来事を全て二人に話す。キーツの前だったので少し躊躇われたが、必要に応じてこれまでの旅で魔導書について得た知見も披露する。前世にまつわることはユカリ自身にもまだ分からないことだらけなので、伏せておく。


キーツのユカリを見る目が少しだけセビシャスを見る目に近くなった。


「えーっと、ワタシの知っていることも含めて話をまとめると」ベルニージュは息せき切りながらまとめる。「リトルバルムの街で記憶が回復する現象が起きている。その噂を聞いて他所からも人が集まっている。ワタシも来た。セビシャスという人物も記憶喪失で長い放浪の旅をしていたけど、記憶の回復現象の噂を聞いてこの街にやってきた。結局それはセビシャスを招き寄せるための生命の喜び会が流したでまかせだったけど。セビシャスは天災を退ける奇跡を身に宿している。生命の喜び会はその力で街を救おうとしたが、謎の集団に襲撃を受けた、と」


ユカリは頷きつつ、キーツにも確かめる。「キーツさんも知ってのことですよね?」

「一つだけ訂正させてください。セビシャス様のお耳に届くように噂を流したのは事実ですが、その噂自体は元からこの街に流れていたことです。本当にそのような現象が起きているのかまでは分かりませんが」


確かにそれならば話は変わってくる。特に、記憶を回復する手立てを見つけるためにこの街へやってきたベルニージュの気持ちにとっては。


ユカリは申し訳なさそうに言う。「すみません。私の早とちりだったんですね」

「しかし、それ以外はその通りです」とキーツは息を切らせて答える。「セビシャス様を助けていただいた、その活躍を聞き、ユカリさんにも街を救うご協力を願おうと思っていたのです。実際にはベルニージュさんが助けてくださったのですね。ありがとうございます」


ベルニージュは無言でこくりと頷いた。


祝福を唱える人々の口は、すでに街の中心から流れてくる噂に染まりつつある。旧天文台が、生命の喜び会が襲撃された、と。

街の中心の喧騒は祝いの彩りから、暴力と疑念に塗り替わっていた。うめき声に叫び声、祈りと願いと疑いが湿地の朝の霧のように立ち込めている。


旧天文台は街に流れ込む川の終着点である緑の堀に囲まれていた。いくつかの橋は全て封鎖され、リトルバルムの兵隊が混乱を収めようとしている。

キーツが神官の一人を見つけ、そちらへ駆け寄った。頭から血を流してはいるが、命に別状はないようで、より重傷の神官に手当てをしている。


「セビシャス様はどうされた?」とキーツが尋ねる。

神官は手当てを止めることなく答えた。「セビシャス様は連れ去られました。怪我はありませんでしたが拘束されてそのまま。襲撃者を招き入れたのは神官オルギラです。他にも何人か同調者がいたようです。彼らに川へ急げと指示を出していました」


セビシャスが街にいない。つまり、このままではリトルバルムは隕石の餌食だ。


ユカリはキーツに尋ねる。「皆で、市民全員で街から脱出することは出来ますか?」

キーツは絶望的な表情で首を横に振る。「まず不可能です。街を出るどころか、全員の避難を説得することすら出来ないでしょう」

「じゃあ、セビシャスって人を連れ戻すしかないね」とベルニージュは呟く。「そうして当初の予定通り、街の中心にみんなで固まるしかない」


ユカリはキーツに尋ねる。「隕石が墜ちるのはいつですか?」

「可能性が高いのは明け方です。それまでにセビシャス様を連れ戻さなくては」

「分かりました」と言ってユカリはそこにあることを確認するように合切袋をぽんと叩く。「それじゃあ、皆さんは市民の誘導に注力してください。街から出ないようにして、一まとめに。必ずセビシャスさんを連れて戻るので」

「私も行くよ、ユカリ」とベルニージュは言うが、ユカリは断る。

「ベルニージュさんこそ街に残って欲しいんです。昼間のセビシャスさんを助けた時みたいに、人々を誘導してください。私にはああいうことは出来ないので」


ベルニージュは首を傾げて不敵な笑みを浮かべる


「まだ信用できないってわけね」

ユカリは目を泳がせて答える。「別にそういう訳じゃないですけど」


そういう気持ちは少ししかない。


「いいって。信用は勝ち取るもんだしね。あとは任せて。そっちも任せたよ」

「はい。任せてください」

「馬鹿な」とキーツは驚く。「ユカリさん。一人ではどうにもなりませんよ。彼らはきっと船に乗っている」

「他に船はないんですか?」

「それは、あります、我々の手の者の船が。彼らが無事とは限りませんが」

「じゃあ、その方々に協力してもらうしかないですね。キーツさんもついてきてください」と言って、ユカリはキーツの手を引いて北へと走り出す。


キーツは何事かを喋っていたが喧噪に飲まれてユカリには聞こえなかった。


人ごみを抜けつつ、ユカリは【微笑みを浮かべる】。するとユカリの身の内から桃色の輝きが迸る。

その身に纏った狩り装束は水に零した塩のように空中に溶け去ると、手足は縮み、胴は細くなる。

紫がかった輝きは艶めく糸を紡ぎ、肌理細かな肌触りの空想的な衣装ドレスを織り成す。惜しみない縁飾フリルは新たな喜びを見出させ、複雑な綾織レースは深い幸いを感じさせる。

履き心地柔らかく、また硬い足音の響く靴は丸みのある飾紐リボンに覆われ、靴底は砂地を踏めば蠱惑的な文様を刻み込む。

蔦模様の金刺繍は神秘を織り込み、左手の手袋は驚異を湛える。

五芒星の髪飾りは深遠の奥底から確かな閃きを送り、右手に掲げる杖の紫水晶はあらゆる物から目を奪う。

合切袋はどこかに消えて、二冊と一枚の魔導書は金具に留め置かれる。魔法少女ユカリはか細くも強い言葉で風を呼ぶ。


やはりキーツは驚いた様子で何事かを叫んでいたがその言葉もユカリには届かなかった。


「グリュエー行くよ。キーツさんを転ばせないように気を付けて、最大風力!」

「ちょっと難しそう」と言うグリュエーの声は轟音だった。


ユカリが跳び上がると怪物の唸りのような風が二人の体を持ち上げる。しかし風の轟音もキーツの悲鳴ほどの大音声ではなかった。


屋根から屋根へ、音楽のように足音を響かせて、夜のリトルバルムを跳び行く影を見た者は、屋根裏に潜む妖精を除けばどこにもいなかった。魔法少女ユカリと神官キーツは、月の光に清められた馨しい夜を蝶と戯れる小鹿さながらに、空中を飛び跳ねるように駆け抜ける。地上の水路を辿るようにして、底に喧噪の沈む街から逃れるように駆け上がってゆき、ついには開かれたままの水門を飛び越える。城壁の上、丁度新天文台の麓でもある。


キーツは坂を駆け降りた時よりも荒い息で、胸を押さえている。


ユカリの目の前には、胸壁の上には、心には収まりきらない見果てぬ景色が広がっていた。夜空を覆い尽くす白い星々は控えめに瞬き、水門から伸びる水路は港を通り抜け、大河へとつながる。雄大なる大河モーニアは星の来る方角へと滔々と流れている。その対岸は、それが人の想像の限界であるかのように、うすぼんやりとしか見えない。普通の盆地と違って、この街の辺縁には山がない。穴だ。モーニアから引いた水路はそのまま街へ流れ込んでいた。

丁度目の前に港があり、川岸にいくつかの光が見える。まだ人も残っているようだ。


「どこに行ったのか分かるの?」とグリュエーが囁く。

「こっちに逃げたってことはまず間違いなく船なんだろうけど、問題は下流か上流か対岸か、だね。それは大河、モーニアに直接聞けたらいいんだけど」

「川は大体欲張り」

「そうなんだよね」とユカリは不安そうに呟く。

「えっと、ユカリさん? ですよね? よろしいですか?」


まじまじと魔法少女になったユカリを見下ろしてキーツが呼びかける。


「あ、はい。どうぞ」と言ってユカリは握っていた手を離す。

「この港を、元々はぎりぎりまで街を出て行く者がいないように見張る予定だったのです。オルギラの賊どもに襲われていなければいいのですが」

「分かりました。飛び降りますよ。勢いは殺しますが、足を捻らないように気を付けた方が良いですよ」


キーツは覚悟を決めた表情で頷く。

ユカリたちは城壁を飛び降り、地上に降り立つと早馬にも劣らない速さで水路の脇を走り抜ける。

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