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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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よく整備された港だった。規則的に伸びる岸壁。温かな光を投げ掛ける木製の灯台。さざ波に揺れる優美な水先案内船。港の外に浮かんでいる船の集まりが楽し気な光を灯している。それはセンデラの民の船群れだった。彼らは血縁集団ごとに船団を作って、古の頃より長きにわたって大河を行き来する営みを続けてきたという。


ほっと溜息をついてキーツが呟く。「良かった。無事なようだ」


ユカリたちが河岸にたどり着き、桟橋の一つを走る。船群れの上ではセンデラの民が宴を開いているようだった。遠い祭りの熱気にあてられたように歌って踊って飲み食いしている。

手近な船にユカリが何か言う前に、酒に酔った男が息をにおわせて話しかけてきた。


「おや、キーツさん。どうしたんです? その子は?」

キーツは勢い込んで尋ねる。「何故酒など飲んでいるのです? 夜明け前には街に入るよう伝えていたはずですが」


男はきまりが悪そうに首を撫でている。


「いやあ、オルギラさんに計画は延期になったと聞いたんですが。また計画変更ですか?」

キーツが声を荒げる。「何を言ってるんですか! 隕石の落下がどうして延期になるというのです! オルギラはどこに行きましたか?」

男は酔いが醒めたようで、申し訳なさそうに答える。「オルギラさんと何人かは用事があるとかで船を借りて下って行きましたよ。セビシャス様はいなかったようですが」


「何か大荷物を運んでいたとか?」とユカリは言った。

「ああ、確かに」男は首肯する。

「セビシャス様がオルギラに連れ去られたのです。一番速い船を出してください。連れ戻さなくてはなりません! それ以外は街に入って旧天文台の周囲に人を集める手助けをお願いします! 計画は一切変更していません。このままでは夜明けには隕石がこの街に落ちますよ! 急いでください!」


男は酔った頭でも事の重大さを理解したようだった。


「へい! 分かりました。今、一番速い船は下流の方にあります。長の船です。船から船へ渡ってください。詳しい話は長にしてくだせえ。とにかく船を追えばいいんですね?」


ユカリたちは揺り籠のように揺れる船に飛び移り、船から船へと乗り移る。

男の呼びかけにセンデラの民がてきぱきと動き出す。操船に優れた何人かが選別され、ユカリとキーツと共にいくつかの船を渡って血族の長の船へと乗り込む。残りは港に残り、リトルバルムの街へ急いだ。


センデラの水夫たちは素早く慣れた手つきでもやい綱を解き、幾重もの白い帆を飛び立つ水鳥の翼のように大きく広げ、風と星影を受け止める。この港の桟橋の下に巣食う水魔たちはセンデラの宴に耳をすませていたが、船が不躾に働き始めたことに気づき、人には聞こえない泡の言葉で罵った。船は巨大な魚のごとく身をくねらせて優雅に岸を離れる。


キーツが船室の長に詳しい説明をしに行っている間、ユカリは立派な帆柱の根元へと向かう。忙しく立ち働いている水夫たちに疎まれているのは分かっていたが、船乗りがおまじないで呼び寄せた程度の風では心もとないと思ったのだった。


「いい? グリュエー。この帆にぶつかって船を動かして欲しいんだけど」

「任せて。いくよー」

「最後まで聞いて。強い風に越したことはないんだけど、絶対に帆を破っちゃ駄目。良い?」

「良いよ。そういうの得意」


何度か念を押して、ユカリは左舷に移動し、対岸と川の流れの先を見渡した。真っ暗な川にも星の溢れる夜空にも、他に船の姿はどこにも見えない。

船は帆にグリュエーを捕まえ、まだ見えぬオルギラを乗せた船を追う。

しばらくしてキーツがユカリのもとへやってくる。


「彼らは下流に逃げたんですよね?」とユカリは尋ねた。


酔った男がそう言っていたが、酔った男がそう言っていたのだ。


「ええ、確かなようです。少なくとも姿が見えなくなるまでは、真っすぐに大河モーニアを下って行ったとのことです」


ユカリたちの乗り込んだ船はどんどんと速度を上げていく。嵐のように強力ながら、船に敵対的でない異常な風に水夫たちが驚いて、そして神と大河モーニアに感謝と祈りを捧げていた。キーツは何かを察したようだが、ユカリに尋ねようとはしなかった。


ユカリは輝かしい夜空を眺め、知っている星座を探す。柘榴座。猟犬座。真珠のごとき娘アギノア座。そしてキーツに問いかける。


「そういえば、何でセビシャスさん自身にセビシャスさんの奇跡の真実を伝えなかったんですか? 早めにその奇跡のことを伝えれば協力していただける方だと思いますが」


キーツは船べりに両手を乗せて、時間をかけて何かを考える。


「それについてお教えするには、まずセビシャス様の呪いについてもお教えする必要がありますね」


ユカリはキーツの横顔を盗み見る。その強張った表情は、まるでリトルバルムを守る石像のようだ。雄大なるモーニアを眺めつつも、警戒を怠らない者の眼差しだ。


「呪い?」ユカリは呟く。「奇跡ではなく?」

「ええ。奇跡とは別に、強力な呪いを宿しておられるのです」キーツは語る。「我々はそれを彷徨の呪いと呼んでおります」

「彷徨?」とユカリは呟く。

「徘徊じゃなくて?」とグリュエーが轟く。が、ほとんど誰にも聞こえず、ユカリは聞こえないふりをする。


ユカリはセビシャスとの会話を思い出す。「そういえば一つ所に留まれないって言ってましたね、セビシャスさん。そういう癖というか何というか。そのように聞いてます」

「ええ、その通りです」キーツは頷いて言った。「しかしそれだけではありません。癖などという生易しいものではないのです。仮にセビシャス様が牢に入れられ、鎖か何かで体を戒められたとしても彷徨からは逃れられません。宿命か偶然かは分かりませんが、人の運命を握る何者かが必ずやセビシャス様に彷徨をもたらすのです」


いまいちキーツの言っていることをユカリは呑みこめなかった。


「彷徨をもたらす? どんな状況になってもセビシャスさんは彷徨する運命へと導かれるってことですか?」


キーツは素早く流れゆく暗い川と黒い飛沫を見下ろして、頷く。


「ええ、その通りです。正直に白状致しましょう。我々はセビシャス様と接触する前に、当然ながらご同意もなく、彷徨の呪いに関する実験を繰り返してきました。例えば、ある実験では賊を装ってセビシャス様を牢に閉じ込めました。しかし、しばらくして、その建物で火事が発生し、実験を中止せざるをえず、セビシャス様を連れて脱出することになりました。火事の発生に関しても調査の結果、偶発的なものに過ぎませんでした。このようなことを何度となく繰り返し、我々は確信したのです。神々はセビシャス様に彷徨を強いている、と」


起きている出来事自体は、セビシャスにもたらされるという偶発的な死を避けられる、いうなれば天命を退ける奇跡とも似ている。


ユカリはよく考えて言葉にする。「つまりどのような状況でも、セビシャスさんが彷徨せざるをえない物事が偶然起きる、ということですか?」

「まことにその通りです。それを偶然と言っていいのかは分かりませんが、人間の推し量れぬ宿命は偶然も同じこと」


キーツの言うことが本当なら、神々かはともかく、何か目に見えない宿命のようなものにセビシャスの人生が定められていると思うのも致し方ない、とユカリは認めた。


「天命を退ける奇跡と彷徨を強いる呪い、ですか」とユカリは呟く。過酷なセビシャスの人生に想いを馳せる。「じゃあ、この襲撃もその彷徨の呪いが原因なのかもしれませんね」

「あるいは、そうかもしれません。偶然を引き寄せる現象など原理上証明することもできませんが。そしてそれこそが、セビシャス様にその奇跡と呪いについてお教えしなかった理由の一つです。セビシャス様が一つ所に留まれる時間は、留まる範囲にもよりますが、リトルバルムの街程度であれば、おおよそ三か月といったところです。それを過ぎれば何らかののっぴきならない出来事に巻き込まれ、セビシャス様は再び彷徨することになりましょう」


「つまり隕石が落ちる時期に合わせて、リトルバルムに来てもらう必要があったってことですね」

「ええ、その通りです」キーツは広げた手のひらを見つめる。「計算に計算を重ねて誘導して参りました。しかしこのような事態が起きてしまった。神は一体何をお考えなのか」


ユカリも横からキーツの手のひらを見る。


「でも、そうなると、貴方たち生命の喜び会は隕石が落ちる時期だけでなく、セビシャスさん自身のことも遥か昔から知っていて暗躍していたってことですね。生命の喜び会は、貴方たちは何者なんですか?」


キーツは流れ来て、流れゆく暗い川面を見つめる。


「暗躍とは聞こえが悪いですが」セビシャスは苦笑する。「もう隠し立てする必要もないでしょう。我々は遥か昔に滅びたリトルバルム王国の末裔です。多くはセンデラとして、一部は伝承者として亡国の真実を今に伝えるため、幾度も名を変えて今日まで参りました」

「亡国? 共和制に移行したと聞きましたが」

「伝承によると、まさにあのリトルバルムの土地に王国は栄え、悪辣なる魔女の呼び寄せた隕石によって滅ぼされたとのことです。その後現代に繋がる共和国となりましたが、民草に愛された王もその一族も滅びてしまったがためです」


「船だ」と水夫の誰かが叫んだ。

ユカリは薄暗闇に目を凝らす。確かに行く先、下流に小さな明かりが灯っている。距離はみるみる縮まっていく。グリュエーの加護厚き船の速度は比較にならないものだった。


ユカリは船端につかまりつつ、揺れる船を舳先へと移動する。逃げる船との距離を目測する。


「もう飛び移れる? グリュエー」

「あと少し。はい、行けるよ」


ユカリが舳先から飛び出すとグリュエーに吹き飛ばされる。引き絞られた弓から放たれた矢のように夜空に放物線を描き、セビシャスの待つ船へと。


「グリュエー!? 船を飛び越えそうなんだけど!」

「船の速さを考えてなかったよ」


そのまま仄明るい軌跡を描いて魔法少女は逃げる船を飛び越え、真っ暗な川の中へ飛び込んで水飛沫を立てる。人並みに泳げるユカリだが、少し先も見えない水の中というのは得も言われぬ恐怖があった。自身の体まで闇に溶けてしまったような錯覚に襲われるが、慌てることなく何とか水面に浮かび上がる。そこへ、セビシャスが乗っているであろう船の立てる波が押し寄せる。


「グリュエー! さっきと逆! この船を止めて!」


今度は上流の方向にグリュエーが吹き、船を足止めする。川の流れと逆らう風によって木造の船は悲鳴のように軋む。赤子の暴れる揺り籠のように右に左に大きく揺れ、とうとう耐え切れなかった帆柱が無残に折れた。水夫たちの悲鳴が聞こえる。ユカリが手を伸ばし、下がった船べりを捕まえはした。しかし船はそのまま転覆し、ユカリは再び川へと落とされた。


「ちょっと! グリュエー!」

「なあに?」

「船を止めてくれてありがとう!」

「どういたしまして」


セビシャスを探さなくてはならないが、船の灯も全て川に飲まれてしまった。ユカリは、底を天に向けた船に捕まるだけでも精いっぱいだった。


「セビシャスさん! どこですか!? 助けに来ました!」

すると「私はここだ!」というセビシャスのよく通る声が上から聞こえる。


声の主は船底に平然と立っていた。いや、それだけではない。川に浸っているのはユカリだけだった。神官たちを襲った賊と思しき十数人全員、誰一人船から落ちていない。


「どうしてそんなところに?」


全員が偶然転覆する船の動きに合わせて移動し、船底に移動したというのだろうか。

混乱しているのはユカリだけではなかった。水夫たち皆がその奇妙な出来事に狼狽している。

その時、一人の男がかき鳴らした竪琴のような声で高笑いした。オルギラだ。


「何という奇跡だ! セビシャス様。わたくしめに貴方様の神聖なるご加護を賜り、恐悦至極にございます」


グリュエーという風だからだろうか、あるいはそれが過失だったからか、とにかくセビシャスの奇跡が働いて助かったらしい。隕石を防ぐのにこれを利用しようというわけだ。

セビシャスは裏切りの神官オルギラを睨みつけ、面白くなさそうな顔をしている。


ユカリは何とか船底に這いあがる。セビシャスを除き、全員が抜刀する。ユカリもまた輝かしき杖を真っすぐに向ける。するとセビシャスを含め、全員が強風に煽られて川に落ちた。


「杖を向けた方向に強風を吹く、で良いんだよね?」と珍しくグリュエーが確認を行った。

「うん。グリュエーは間違ってないよ」とユカリは微笑みを浮かべる。


グリュエーは風だが、ユカリ自身の意志で吹いたために、セビシャスの奇跡は働かなかったようだ。

ユカリはセビシャスの落ちた方へ移動し、黒い川に目を凝らす。


「グリュエー。セビシャスさん以外は這い上がって来ても、突き落とし続けて」

「はあい」


少しして追ってきた船にユカリたちは救助された。オルギラたちは全員拘束し、甲板に横たえる。


その時、ユカリは星々の満ちた東の夜空に一際赤い輝きを見た。魔女が呼び寄せたというかつての邪悪な星同様に夜空に小さな尾を引いている。それに気づいたのはユカリだけではない。そして皆のどこか心の奥底に潜んでいた疑心が完全に取り払われた。隕石なんて本当に落ちるのだろうかという疑心だ。


キーツの鋭い指示で再び、水夫たちは忙しく船を行き来する。川を遡るために彼らをリトルバルムへ運ぶ救いの風を受け止めようと白い帆を翼のように広げる。


「急いで! グリュエー! リトルバルムに戻るよ!」

「了解!」


もう一度きちんと確認しておくべきだったのだとユカリは後悔する。グリュエーを受け止めた帆は張り詰めた末に盛大に破けてしまった。

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