「ああもう、やっぱりジッとしてらんない! アリエッタ!」
「あ、こら、ミューゼオラ!」
ミューゼがアリエッタの身を案じて飛び出しかけた所を、ピアーニャによって呼び止められた。
呼び止められたミューゼはゆっくりと振り向くが、その眼はジト目になっている。そして呆れた様に問いかけた。
「なんですか。まさかアリエッタの力を見たいから止めるんじゃないですよね? 危険な場所にあの子を置いたまま」
「うぐ……」
図星である。
驚きつつも、これはアリエッタの力を知るチャンスと思っていたピアーニャ。そんな総長に、さらに追い打ちがかかる。
「総長サイテーなのよ」
「本物の子供に戦わせるとか、大人としてどうなの?」
「ピアーニャよ。そんな気遣いでは子供扱いされても文句言えないな」
「ぅ……す、すまん」
結局その場にいる大人全員から注意されてしまい、しょんぼりしてしまった。
そんな事をしている間にも、アリエッタの体を使っているエルツァーレマイアは『ドルネフィラー』に攻撃を加えていく。しかしその攻撃には以前のレデルザードを潰した時程の苛烈さは無い。中に取り込まれている子供達の安否を気遣って、本気は出せないでいるのだった。
《うぅ…みんなぁ……》
『大丈夫よ。弱ってる感じはしないから。でもコレ壊れないわね……やり過ぎたら中の子が心配だし』
《……ありがとう、ママ》
(うっ……まだ呼ばれ慣れてないからとはいえ、自分の娘にママって呼ばれるのがこんなにも……)
平静を装っているが内心興奮中の母親は、自然と息が荒くなっている。危うく垂らしそうになった涎を飲み込み、深呼吸。
その様子を見て、ミューゼ達がさらに心配するのだった。
「アリエッタ苦しそう…やっぱり悲しいのかな」
「一緒に行くのよミューゼ。あの子を1人にはさせないのよ」
「わたくしも行きます。ピアーニャはそのまま観察していてね」
アリエッタが頑張っているのは、仇を取ろうとしているのかもしれない…という推測を立てたミューゼ達。パフィも手ぶらだが、それでもアリエッタの為なら動く覚悟は出来ていた。
突き放されてしょんぼりしているピアーニャを尻目に、3人は頷き合う。
「パフィはいざとなったらアリエッタを抱えてね」
「分かってるのよ。今の私に出来るのはそれくらいなのよ」
役割を確認しながら、アリエッタに向かって駆け出すのだった。
「アリエッタ! 大丈夫!?」
『!?』
《みゅーぜ!?》
背後から声をかけられ、アリエッタの事に集中していたエルツァーレマイアが驚愕の顔で振り返った。
(危なかった、ママ呼びが素晴らしすぎて気づかなかったわ)
(そんなに驚くなんて……よっぽどアレを壊すのに集中してたのね……目の前で初めてのお友達が取り込まれたものね)
双方真剣な顔をしているが、神の方は煩悩一筋だった。
《ぐすっ……みゅーぜ……ぱひー……》
(むっ……やっぱり私よりこの子達の方が信頼されてるのね。負けてられないわ)
アリエッタにとって、エルツァーレマイアは転生する時の死因、ミューゼ達は恩人である。どっちを信じるかは明白だった。それに気づいている母にとって、当然面白くない事実である。
なんとか挽回しようと『ドルネフィラー』に向き直り、気合を入れなおした。
その姿を見て、パフィは改めて考え直す。
「もう、この子ったら、私達も守る気でいるのよ。本当に頑張り屋さんなのよ」
「そうなんですね。可愛くて綺麗に輝いてとっても良い子で、本当に天使みたい」
「私達の天使なのは事実なのよ」
「可愛いからね」
「可愛いのよ」
すっかりネフテリアと意気投合している。
「いやちょっと謎の和み方してないで、コレどうにかしようよ!」
アリエッタの事が心配でたまらないミューゼが叫んだ。ここ数日、杖が無くても使える魔法を練習していたので、アリエッタの隣に立って牽制の魔法を放っている。が、魔法は『ドルネフィラー』をすり抜けていた。
「あー、魔属性以外効果無くて、現状殆ど意味無いんで、アリエッタちゃんが危険になったら動けるようにしてください」
「えっ、そうなの?」
先程『ドルネフィラー』から逃げていたミューゼは、ネフテリアの魔法が当たっている所を見ていなかった。
今はアリエッタにしかどうにも出来ない事を告げられ、少し無力感に苛まれるが、すぐに気持ちを切り替えて、アリエッタを守る事を心に誓った。
「よしっ、アリエッタ、傍で見ててあげるからね」
《はぁぁ……撫でられたぁ♡》
(うわぁ、本当に気持ちいい。頭撫でられるだけでこんなに幸せになる子に育ったのね)
アリエッタをそんな体にした犯人は、撫でられる事の幸福感をアリエッタと一緒に味わっていた。夜寝たら、またいっぱい撫でてあげようという欲望を滾らせながら。
(よーしやる気出てきた! 娘の幸せは私が守る!)
やる気を漲らせた時、頭に置かれたミューゼの手が離れた。その時心の中にいるアリエッタが残念そうな声を出すが、その声が聞こえたエルツァーレマイアは内心興奮し、その感情を誤魔化す為に俯いた。
「アリエッタ大丈夫?」
心配そうにのぞき込むミューゼの声が聞こえ、顔を上げた。その顔は困ったような、我慢しているような、嬉しいような、そんな表情になっている。
その顔を見たミューゼは、そこはかとない不安に駆られた。
(駄目だわ、アリエッタが可愛すぎて我慢出来ない!)
(何を無理しているの? あたし達を守る為に何をしようとしているの?)
女神と違って保護者は真剣そのものである。
「パフィ、テリア様、アリエッタから目を離さないように」
「……分かったのよ」
《はぅ、撫でられたら冷静になってしまった……なんでこんなに嬉しくなるんだろ……》
(ふぅ、早く終わらせてアリエッタ撫でよう)
気持ちを切り替え、エルツァーレマイアは『ドルネフィラー』に向き直る。全く動きの無い『ドルネフィラー』に不気味さを感じつつも、中にいる筈の子供達を救うために、力を具現化する。
(何かするのをこの子達に分かりやすいように、声を出した方がいいわよね? よし……)
アリエッタが落ち着くと同時に、なんとなく一緒に落ち着いたエルツァーレマイア。ミューゼ達に気を使い、行動の合図をする事にした。
手を挙げたエルツァーレマイアが、アリエッタの体と声で言葉を紡ぐ。
『重の青色』
ズオッ
突然現れた青く大きな丸い物体。それはエルツァーレマイアの意思で、空中に浮かんでいる。本来名前を言う必要が無い力だが、その名を呼ぶ事は周りへの合図になる事と、もう1つ他に理由があった。
(技名を叫ぶのって、アリエッタならカッコいいって思ってくれるはず! むふふ)
娘に好かれる為の見栄である。前世が男だった事を知っているので、好みの予測を立てて、気を引く行動を取ってみたのだった。
そんな内心欲望まみれの行動を遠くから見ているピアーニャが、青い物体を見て顔色を変えていた。
「あれはまさか、レデルザードをつぶしたときの……」
「知っているのか、ピアーニャ」
まだ記憶に新しい、ピアーニャがアリエッタと関わるようになった事件。その時に巨大生物であるレデルザードの頭を潰したアリエッタの一撃は、ピアーニャはもちろんパフィも鮮明に覚えていた。
「みんな、アリエッタの傍から離れたら駄目なのよ。きっと凄い事になるのよ」
「う、うん」
かつての光景を思い出し、実際には何が起こるか分からないが、それでも気を付ける事しか出来ない。パフィ達は、アリエッタの傍で身をかがめて様子を見守る事にした。
そしてエルツァーレマイアが動く。体を捻って青い物体ごと回転し、そして──
『はっ』
ドズッ!
重さを全く感じない動きで勢いよく振り回された青い物体は、鈍く大きな音をたて、『ドルネフィラー』の上部を大きく陥没させた。
「うっそぉ……」
茫然と呟いたのは、ネフテリア。『ドルネフィラー』が何か知っている様子の彼女は、打撃が通じているのが信じられないのである。離れた場所にいるピアーニャとワッツも、信じられないという顔で様子を見ている。
(よし、効いた…かな?)
手ごたえは感じているが、これが何なのかは全く分かっていないエルツァーレマイアは、首を傾げながら警戒する。
《これって壊せたの?》
『う~ん……』(形は変わるけど、どうも生き物を相手にしている感じじゃないのよね。これって一体……)
青い物体を消し、次の手を打ってみようかと考えを巡らせた途端に、『ドルネフィラー』が突然動きだした。陥没した部分を中心に歪み始め、グネグネと暴れている。
「アリエッタ! 危ない!」
「テリア様、これはどういう事なのよ!?」
「分かりません! 今まで『ドルネフィラー』に攻撃というものが通った事はないんです!」
危険を察知した3人が、同時にアリエッタを助けようと手を伸ばし、触れた。その瞬間、
ゥオ゛ッ
一瞬だけ縮んだ『ドルネフィラー』が突然大きく膨らみ、その周囲を飲み込んだ。
「…………な」
「……あ、ありえった?」
離れて見ていたピアーニャとワッツを除いて。
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