コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
シェルドハーフェン一番街にある『聖光教会』支援施設。純白の外壁に三階建ての大きな建物では、今も大勢の人々が慌ただしく行き交い弱者救済のための活動を行っていた。
礼拝堂も兼ねている一階では炊き出しや支援物資の配給、怪我人や病人の手当てが行われる。
二階は物資の貯蔵庫や入院が必要な患者のための入院設備。三階は各員の居住区とされている。
一階にある質素な応接室でマリアは来客を迎えていた。
「ご用件は何でしょう?出来れば手短にお願いします」
向かいのソファーに座るマリアは、何処か焦れたように声をかける。連日大量の怪我人や病人が運び込まれ、その対応に追われて疲労は極限に達しつつあり、余裕を失いつつあるのだ。
「ご多忙のところ、お時間を割いていただきありがとうございます。私は『帝国日報』の記者を勤めるへイルズと申します。以後お見知りおきを」
向かいに座る黒尽くめのスーツ姿の男はにこやかに一礼する。
「へイルズさん、前置きは不要です。本題をお願いします」
「これは失礼を。では早速本題に入りましょう。聖女様のご活躍は、暗黒街と唄われるこの街に確かな希望の光を灯しています。しかしながら、残念なことにこの街に巣食う諸悪の根源に対処しなければ悲劇が終わることはなく、聖女様の活動も無意味となるでしょう」
「へイルズさん、私には裏社会での戦い方などは分かりませんし、戦うつもりもありませんよ?」
「そうも言っていられない状況なのです。シェルドハーフェンは『会合』と呼ばれる重鎮達が協定を結び大きな抗争を起こさないように努めていました。しかし」
へイルズ曰く、この数年で抗争が劇化した要因は新興勢力である『暁』にあると言う。彼らがあちこちの組織と抗争を繰り返し、それによってパワーバランスが崩壊しつつあることが現状に繋がると訴えたのだ。
「また、暁は非情な集団であることで知られています。此方をご覧ください。我々が極秘に入手した証拠です」
へイルズがテーブルに数枚の写真を広げると、そこには降伏した敵対勢力構成員を惨殺する暁の様子が克明に写し出されていた。
「これは……!」
「彼らが争いを止めない限り、シェルドハーフェンのパワーバランスは乱れて人々は苦しむ一方なのです。聖女様の活動を無意味なものとしてしまうこの蛮行、許せるものでしょうか」
その一枚、シャーリィが命乞いをする者に剣を突き立てる様子が写し出された写真を見て、マリアは身体を震わせる。
「シャーリィっ!」
「先日『血塗られた戦旗』が大敗したこともあり、十五番街は混乱するでしょう。支配者を失った区画は、悲惨なことになります」
「私にどうしろと?」
「聖女様の御心のままに。ただ、暁を放置すればシェルドハーフェンの混乱は拡大するでしょう。なにより問題なのは、暁は領土的な野心を持ちません」
「野心を持たない?」
「はい、聖女様。支配者を打ち倒して後は放置するのです。事実、『エルダス・ファミリー』を討ち滅ぼしても支配地域の十六番街には手を出しませんでした。代わりに『オータムリゾート』が支配しましたが、数多の民が貧困に喘いでいます」
嘘ではない。リースリット率いる『オータムリゾート』による支配は莫大な富と復興を十六番街にもたらしたが、その流れに乗れなかった者達は不幸になっている。
ただし、これらの者達は暁に対する潜在的な敵対者が大半なのだが。
「倒すだけ倒して後は放置するのですか!?そんな、無責任な!」
「残念ながら、それが事実です。現在も抗争を繰り広げていますが、十五番街を支配するような動きはありません。逆に抗争で十五番街にある様々な施設が破壊されて民は困窮しています。最近難民が多く発生している原因です」
十五番街に潜り込んだ『闇鴉』の構成員達が難民を誘導して一番外へと流れるように仕向けていた。
暁との戦いに『聖光教会』を巻き込むために彼らは策を巡らせる。
「……討つべきは暁、と言うことですか?」
「はい、聖女様。裏社会にもルールがございます。しかし、彼らはそれらを無視している。支配者を打ち倒すならば、新しい支配者として縄張りの面倒を見る必要があるのです。それが治安を生み出すのですが、彼らはそれをしない」
「暁を討たなければ、不幸になる人が増える……」
「私は一介の記者に過ぎませんし、これは独断です。ですが、聖女様の活動を少しでもお助けできればと考えてこの度参りました。どうか、お力を……」
深く頭を下げるへイルズ。彼の話を聞いて衝撃を受けたマリア。
お互いの因縁により、出来ればシャーリィと関わりを持たないようにと活動していたが、最近増えた難民の原因がシャーリィと知れば黙っているわけにもいかなかった。
もちろん普段の彼女ならば、今の話が一方的なことに違和感を覚えただろうが、心身ともに疲れている彼女の判断力は落ちていた。
「分かりました。私に出きることをしましょう」
「ありがとうございます。今後もなにか分かりましたら、最優先でお伝えします。ただ、独断ですので『ボルガンズ・レポート』への連絡はお控えを。私が処罰されてしまいますので」
「分かっていますよ、安心してください」
へイルズが退室すると、マリアは腹心であるラインハルトを呼び寄せた。
「ここに、聖女様」
「帝都を含めて各地に点在している騎士団を全員ここに集結させて。武器弾薬含めて、全部の物資もよ」
「畏まりました。皆、聖女様の御側で働けることを喜びましょう」
「そうだと良いのだけれど。しばらくは活動に参加して貰うけど、もしかしたら戦いになるかもしれない」
「聖女様の御心を乱す存在を浄化するのが我らの役目。どうかご下命ください。神の敵を討てと」
膝をつきマリアを見上げるラインハルト。そんな彼を見てマリアも笑みを浮かべる。
「その時はお願いね」
ラインハルトを下がらせ、気晴らしをするとマリアは護衛を連れずに近くの公園に赴く。夏の日差しを受け、青々と葉を繁らせた木々の合間を抜けて立ち止まる。
「シャーリィと戦うことになるかもしれない。準備だけはしておいて」
「御意のままに。勇者への雪辱、必ずや晴らしてご覧に居れましょう」
四天王の一人であるデュラハンのゼピスが、膝をついて応える。彼らは勇者との戦いで過去の雪辱を晴らす機会を待ちわびていたのだ。マリアの意向に従い身を潜めていたが、遂に彼らも牙を剥く。
勇者と魔王の長きに渡る因縁。双方は衝突しないように距離を置いたが、裏社会の策謀が彼女達を再び衝突させようと蠢いていた。
それは、ある種の必然だったのかもしれない。