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もしも願いが二つ叶うなら…

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もしも願いが二つ叶うなら…

21 - 第21話 第六章 季節の色 [ 雨空から落ちる雫 ]

2025年09月13日

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梅雨に入り、雨の日ばかりが続いていた。


「今日も雨か……」


チカは美容室の店内から、ガラス越しに外を眺めてぽつりと呟いた。

その声を近くで聞いていたミサキも、曇った空に目をやる。


「明日はデート?」

「うん! お台場に行く!」

「誰と?」


わざとらしい口調で聞いてきたミサキは、今にも吹き出しそうな顔をしている。


「ケン君に決まってるでしょ!」

「てか、まだ“君”付け?」


途端にミサキが目を丸くし、当惑したような表情を浮かべる。

付き合って3か月――

まだ「ケン君」と呼び続けている自分が、少し子供っぽく思える時もある。

“ケン”と名前だけで呼ぶのは、どこか気恥ずかしい。

けれど、いつかは呼んでみたい。

そんな思いが心の奥で芽生えながらも、胸の内でくすぶっていた。

今さら変えるなんて……

そう考えた瞬間、頬がほんのりと熱を帯びた。

そして翌日――

梅雨の合間、奇跡のように広がった青空。

朝から空気は澄みわたり、陽ざしが心地よく肌を撫でる。

当初の予定では電車で向かうはずだった。

けれど、あまりにも気持ちの良い天気と、「バイクに乗ってみたい」というチカの小さな願望を、ケンがさりげなく叶えてくれた。

バイクに乗るのは、これが人生で初めて。

ワクワクよりも先に、足元から不安がじわりとこみ上げてくる。


「電車にする?」


ケンが優しく問いかける。

その目に宿るのは、いつものようにあたたかな光。

チカは勢いよく首を横に振った。

そのあと、少し間を置いてから何度も縦に頷く。


「大丈夫?」


そう重ねて聞かれた時も、チカは迷いなく首を縦に振り続けた。

するとケンの顔が、すっと近づいてくる。

彼の顔が目の前で止まり、おでこにそっと温もりを落としたあと、ヘルメットがやさしく被せられた。


「これで、大丈夫」


魔法をかけられたチカは、ふわりと笑って頷き、バイクの後ろに跨った。


「俺の体に手を回して、ぎゅっと掴んでれば、心配ない」


言われた通りにケンの背中へしがみつく。

ドキドキと心臓が跳ねながらも、不思議と恐怖は薄らいでいった。


「じゃあ、出発するよ?」


その声に合わせて、チカはさらにぎゅっとケンに抱きついた。

ケンはバックミラー越しに、静かに微笑んだ。

しばらく走るうちに、バイクのスピードにも慣れてくる。

風が心地いい。

陽ざしはあたたかい。

そして何よりも――背中が、優しい。

赤信号で止まるたびに、ケンは振り返ってこう聞いてくれた。


「大丈夫?」


そのたびに、チカは小さく頷く。

もう怖くなんてない。

あなたと一緒なら、何も怖くない――。


「気持ちいいね!」


チカの声は、走る風にかき消された。


「んっ?」


ケンが振り返って聞き返す。


「気持ちいいね!!」


今度は風に負けじと叫んだ。

ケンは何度か頷いてから、そっと微笑む。

その優しさに、チカの胸はじんわりと熱を帯びていった。

そうしているうちに、バイクはお台場へと到着する。

ウィンドウショッピングを楽しんだあと、二人はカフェに入った。

しばらくして店を出ると、空はすでに朱から藍へと変わりはじめている。

海辺を並んで歩くうちに、あたりはだんだんと薄暗くなっていった。

やがて空が夜の顔を見せはじめた頃、チカはそっとケンの手を握った。


「最後に、観覧車に乗ろう?」


彼女の言葉に、ケンは微笑んで頷く。

二人は手を繋いだまま観覧車へ向かった。

ゴンドラに乗り込むと、静かに扉が閉まる。

ゆっくりと上昇するそれは、まるで宙に浮かぶ時間の箱だった。

夜景が徐々に広がり、二人だけの小さな空間を優しく彩っていく。

東京タワーの時とはまた違った美しさ。

けれど、それ以上に輝いて見えたのは、向かいに座るケンの表情だった。

観覧車が頂上に差し掛かる頃――

彼の目は、少年のように無邪気な光を湛えていた。

その輝きに見惚れたチカは、ふと勇気を出して声をかける。


「――ケン」

「どうした?」


恥ずかしさを紛らわすように、チカは対面していた席からケンの隣へと移る。

横に並びながら、そっと尋ねた。


「今、何を考えてるの?」


その言葉に返すように、チカの額にそっと温かな唇が触れる。

ふわりと、優しい感触が残る。

チカは照れくささを紛らわせるように夜景へ視線を向け、そっとケンの肩に寄りかかった。

胸の奥で、ゆっくりと願う。

――時間が止まればいい。

この幸せな時間が、永遠に続きますように――。

帰り道、空模様は急変した。

突然降り出した雨に打たれ、二人が家に辿り着く頃にはびしょ濡れになっていた。

玄関でケンは濡れたシャツを脱ぎ、タオルを手に取ると、チカの頭にそっと被せた。

撫でるように濡れた髪を拭き、頬に触れて、雨粒を指先でそっとぬぐう。


「風邪ひいちゃうよ?」


そう言って、微笑んだチカは自分の腕をケンの腰にまわす。

ケンも同じように、柔らかな笑みを返してチカを引き寄せた。


「これで風邪ひかない?」


互いに照れくさそうに笑い合う。

その笑みの中に、心からの温もりが宿っていた。

そのとき――

ケンがチカの耳元で、吐息にまぎれるような囁きを落とした。


「……愛してる」


言葉が、心にまっすぐ届いた。

嬉しかった。

幸せだった。

でも同時に、少し怖くなった。

その瞬間、チカの瞳に涙が滲む。

思わず強くケンに抱きついた。

それに気づいたケンが、そっと優しく問いかける。


「どうした?」


温かい胸に顔をうずめたまま、チカは小さく呟いた。


「……幸せで、少し怖くなっちゃったの」

「大丈夫。ずっと一緒だから」


ケンは、チカの体を力強く、けれどどこまでも優しく包み込んだ。

胸の奥で、もう一度祈る。

――この幸せが、永遠に続きますように。

もしも願いが二つ叶うなら…

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