テラーノベル
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珠李
176
HARUKA
2,207
【其の三:絶対最強の降臨】――チチッ、カチ。今度は、世界が灰色に染まった。吹き荒れる風も、崩れ落ちるコンクリートの破片も、そして眼前に迫る魔獣の爪も、すべてが虚空でピタリと動きを止める。完全なる時間の停止。灰色の静止世界の中を、コツ……コツ……と、軍靴の音だけを響かせて歩いてくる男がいた。黒いマントを夜風(それすらも止まっているが)のように翻し、冷徹な瞳をした男――大将クロノである。クロノは一瞬で魔獣の真下まで移動すると、腰の漆黒の長剣を静かに引き抜いた。彼にとって、時間を止めた世界で敵を斬るなど、呼吸をするよりも容易い作業に過ぎない。「……私の静寂を汚すな、羽虫め」クロノが剣を滑らせる。それは一見、ただの素振りのように優雅で、何の力みもない一振りだった。だが、彼が剣を鞘に収め、「時間(クロノ)」の停止を解除した瞬間――。パチン、と空間が弾けるような音が響いた。次の瞬間、巨大な魔獣の身体は縦横無尽に数千個の肉片へと細切れになり、凄まじい血の霧となって四散した。レノヴォや兵士たちがどれほど足掻いても傷一つつけられなかった特級魔獣が、文字通り「一瞬」で消滅したのだ。これが、誰一人として絶対に勝つことができない、帝国最高戦力の力。「ク、クロノ大将閣下……!」生き残った兵士たちが、救世主の降臨に歓声を上げ、一斉に敬礼を捧げる。しかし、クロノはその歓声に一切耳を貸さず、ただ冷酷な視線をレノヴォ、そして腕の中で気絶しているヴァルポへと向けた。(……今のは、何だ)クロノの胸の奥で、数百年もの間、凍りついていた「感情」が僅かに波打っていた。時間を止めた世界の中で、クロノは確かに見ていた。ヴァルポが展開した、あの「真っ白な空白の空間」。クロノの絶対最強の「時間」の力ですら、あの空白の領域の中にだけは干渉することができなかった。もしヴァルポがその気になれば、クロノの攻撃すら消し去ることができるかもしれない――そんな異常な性質を持った「無」の盾。だが、同時にクロノは冷徹に分析していた。(この少年(ヴァルポ)は、私には絶対に勝てない。能力の底は知れんが、肉体が人間の域を出ていない。発動の瞬間に時間を止めれば、それまでだ)強すぎるがゆえに、誰の異能も通用しないクロノ。だからこそ、彼は孤独で、退屈だった。しかし、クロノの視線が次にレノヴォへと移った時、その退屈は、別の「違和感」へと変わる。泥まみれの二等兵。戦闘能力は皆無。なのに、彼が「誰も死なせない」と叫んだ瞬間、戦場の兵士たちの士気が爆発的に跳ね上がった。力で恐怖政治を行う上層部にはない、人を惹きつけ、従わせる真の「王」の資質。「二等兵。その薄汚い身体で、私の視界を遮るな」クロノは心の中の動揺を隠すように、いつもの冷酷な声で言い放った。「す、すみません閣下! でも、ヴァルポが、ヴァルポの治療を急がないと……!」レノヴォはクロノの死神のようなプレッシャーに怯えながらも、ヴァルポを抱きしめる腕の力を緩めなかった。「……チッ。医療班、そこの出来損ないどもを医務室へ運べ。軍律違反の処罰は、追って沙汰を下す」クロノはフンと鼻で笑い、踵を返した。その背中はどこまでも孤高で、神の如き冷たさを纏っていたが、彼の歩幅が、普段よりも僅かに乱れていたことに気づく者は誰もいなかった。
コメント
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第8話、めっちゃ熱かったです!クロノの時間停止からの一振り、美しすぎて鳥肌立ちました……。でもそれ以上に、彼の力すら通さなかったヴァルポの“空白の空間”にゾクッとしました。あと、レノヴォが「誰も死なせない」って叫んで士気が爆上がりした場面、心が熱くなりました。クロノの孤独な背中と、ほんの少し乱れた歩幅にグッときました。続き、すごく気になります!