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ある時僕は交差点に立っていた。周りを見ても人影一つ無いものだから、これは夢だと思った。
足元には白と黒の横断歩道。なんだか色味のない世界やなぁ、なんて呑気に考えていると向かい側からじゃり、と靴を擦る音。
これもまた不思議なことで、自分の夢であるはずなのに望んだようにコントロール出来ないようだ。此方を見つめるのは絶世の美少女ではなく、赤と黒のストライプ。なぁんでよりにもよって男なんだ……。
「サメって、怖いよな」
僕の夢に勝手に現れた次は何を言い出すんだ。
話の展開に付いていけずに曖昧な返事を返すが、返事なんて関係ないと話を続ける。
「だから、俺がサメになればええんちゃうかって、」
頭の中は疑問符でいっぱいになった。もしかしたら外にも洩れ出ていたかもしれない。
溢れ落ちた疑問符を拾い集めながらその中の一つを無造作に取り、向かい側に投げてやった。
上手くキャッチ出来たようで、疑問符を手の中でクルクルと遊ばせている。てーちょーに扱え。それは僕の一部だぞ。
暫く遊んでからふっ、とそれを宙に浮かせた。重力とか無いんかなぁ。まぁ夢やし。
ふわふわと浮遊する疑問符は、僕とアイツの丁度真ん中辺りで動くのを止めた。
それから雪のようなエフェクトがうっすら舞っているようだったがそれだけだ。
つまらん、とポケットに手をやるといつもの煙草が入っておらず、代わりに向こうから箱が僕の頭にぼてっと当たる。
「それ、最後のやつ」
ありがたく受け取れよ。多分そう言っていた気がするが、人の話なんぞまともに聞くタチではないのでね。
慣れた手付きで火をつければ有害物質を肺の中まで染み込ませる。うん、うまい。
味わい終わってから、それまで静かにしていた彼に目を向ける。吸い終わるまで待ってくれている辺り、同じ喫煙者だなと思う。
短くなった煙草を落としじゅっと踏みつける。
「じゃあ…そろそろ行くな」
そこで初めて向こうが一歩踏み出した。今まで互いに侵すことのなかった距離から一歩、また一歩と近付く。ずっと白い所だけを歩いて。そうして僕の目の前の白線の上で立ち止まる。
「じゃあな、だいせんせ、」
お前はいつも影のある笑い方をするよな。そう口を開こうとしたとき、また一歩を踏み出した。白線と白線の間。そこを踏んだらあーうと、なんて小学生の頃にしたようなしなかったような…。
とぷん。
姿が消えた。
白線との間に踏み込んだ瞬間、水中に沈むように消えた。
流石にこんな未来は予想出来るはずもなく、慌てて姿を探す。
ふと…何か大きな影が足元を過ぎていく。水の中を悠々と泳ぐ肉食の魚のようなそれはまるで……
「さ…め……?」
人には好奇心という厄介な衝動があるらしい。
もっとよく見ようと踏み出して気付く、一歩先はアスファルトの黒。
上体を反らせようにも時すでに遅し。水のような闇に飲み込まれ……。
真っ暗な世界だった。
右も左も、上も下も黒、黒、黒。立っているのか浮いているのか、起きているのか眠っているのか。生暖かいような心地よさに、そんな思考も溶けていくようだった。
このまま此処にいるのも悪くはないかもしれない。
『なんやお前、付いて来たんか』
薄く閉ざしたばかりの瞼を開く。もう少しで安らぎの中に溶け込めたのに、脳に直接話しかけるような声が微睡みから僕を引き上げた。
灰色のような銀色のような、分厚いガラスを隔ててでしか見たことがない、獰猛な海の絶対的王者が此方をジッと見つめている。だが、不思議と襲われるという恐怖は無かった。
それどころか、目の前の生き物の肌に手を伸ばしさえしていた。ざらざらとした肌に手を滑らせ、どこか哀しげな瞳に語りかける。
「まさか、ほんまになるとは誰も思わんやろ……」
自身の脳裏に浮かぶ、快活な彼と目の前のソレが同一であるという確証はなかった。もしかしたら全く関係がないかもしれない。…でも分かっていた。理性よりも思考よりも何よりも、本能がそう告げているのだ。
“コイツは彼だ”
だからといって彼を無理矢理連れて帰りたい訳でも無い。此処に、その姿で留まりたいのならそれは彼の自由だろう。
まぁ兎に角、僕はそろそろこの面白みのない世界からおサラバしたいのだ。
早く此処から脱け出して、何十人目か数えるのも止めてしまった彼女とデートをして、好きでもない上司に頭を下げ、少しでもPSを上げる為にとコントローラーを手に……と、やらなければいけない事など山のようにある。
が、やはり何かが物足りないのは気のせいではない。物足りなさの答えは目の前にある。
「お前がおらんとつまらんのやけど?」
さっさと帰んで、シッマ。
少し驚いたように目を見開いた彼は満足そうに笑うと、そのまま口を
大きく
大きく
開けて………
「ッは、夢……か………」
所詮はただの夢である。