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「えっと……」
私が言葉を発する前に彼女は笑顔を浮かべながらこう言ったのだ。
「はじめまして! わたしの名前は『クロエ・ド・ラ・アトウッド』って言います!」
元気いっぱいに挨拶してきた女の子の言葉を聞いて、私の頭の中にいくつかの疑問符が浮かんできた。
まず最初に思ったのはこの子は一体どこから来た子なんだろうという事である。ここは王都の中でもかなり外れに位置する場所であり、人通りの少ない路地裏に位置しているため普通の人は絶対に近寄ろうとしない場所である。さらに言うならばここは治安の悪い場所で柄の悪い連中がうろうろしている危険な地域でもあるのだ。だからこそこんなところに一人で来ていたら危ないだろうと思って声をかけた訳なのだけれども。
次に考えた事はどうしてここに来たのかという事である。普通であればこんな場所にわざわざ足を運ぶ必要なんて無いはずだし、そもそも親御さんだって心配して探し回っているかもしれない。
だとすればすぐに連絡を入れなければならないのだが……どうにも携帯電話を持ってくるのを忘れてしまったらしくポケットの中に手を入れてみても冷たい金属の感触はなかった。さすがにこれだけ探しても見つからないとなるとどこかに置き忘れてきた可能性が高いだろう。
「参ったな」
思わずため息が出てしまう。このままここにいる訳にもいかないだろうけど、だからといって勝手に出て行く事も出来ない。下手したら不法侵入になってしまうからだ。
(うーん……どうしようかな)
とりあえず現状を打破する方法を考えようと試みるが、いい案が浮かんでこなかった。すると不意に部屋の扉が開かれてしまったのだ。
「あら?」
扉を開いたのは綺麗な女性だった。ただ普通の人間とは違う部分があった。それは背中に大きな白い羽を背負っていた事だ。
「貴方……天使ね」
女性は僕の方を見ながら微笑んでいた。僕はどうして良いかわからずに呆然としてしまう。まさか僕に話しかけてきているとは思わなかったのだ。しかし、女性はすぐに笑みを消し去ってしまった。そして表情を曇らせる。……どうしよう。このままでは彼女が悲しんでしまうかもしれない。何とかしてあげたいけれど、僕なんかじゃ助けになれるかどうかわからない。それでもどうにかしようと思いながら女性の方をじっと見つめていると、彼女は何かを決心したかのように力強くうなずいた後、僕の方に近づいてきた。
「君の名前は?」女性が尋ねてくる。その声はとても綺麗だった。「えっと、僕は……」そこで言葉に詰まる。自分の名前が思い出せない。どうしてだろう。名前だけじゃない。年齢だって性別だって家族構成だって出身地だって住んでいる場所だって好きな食べ物だって嫌いな物だって趣味だって特技だって初恋の相手の名前だって全部覚えているはずなのに。なのに、名前はどうしても出てこなくて、代わりに別の記憶が次々と浮かんできた。それはとても楽しいものだったり辛いことだったりした。だから余計に混乱してくる。すると、女性が心配そうな顔をしてきた。いけない。早く名前を言わないと。焦ってさらに頭がこんがらがってくる。駄目だ。もう無理だと諦めかけたその時、「あなたは」という言葉が聞こえてきた。その瞬間、頭に浮かんできた記憶が一気に消え去る。なんだか不思議な気分になりながらも、これでやっと名前を言えると思い、急いで答えようとする。だけどまたすぐに疑問が生じてしまった。あれ? なんでこんなことを知っているんだろう。僕はこの名前を知らないはずだ。それどころか自分に関する全てのことを知らないはずだったのに。そもそもここはどこなんだ? 女性の顔を見る。やっぱり美人だと思うけど、それ以上に恐怖を感じてしまう。僕なんかよりもよっぽど化け物のように見えるのだ。それでも彼女は優しい笑顔を浮かべながら話しかけてくれた。大丈夫ですよ、安心してくださいね、怖くありませんよ……。ああ、なんていい人なんだろう。さっきまでの不安感はすぐに消え去り、同時に安堵感に包まれていく。そして再び思考能力が失われていった。今度は名前以外のことも思い出せるような気がしたが、結局は何もわからなかった。女性は相変わらず微笑んでいたけれど、なぜか泣いているように見えた。悲しくなって泣きたくなってきた。我慢しようとしても涙が出てくる。止めようと思っても止まらない。どうしようもなく溢れ出てくる。それにつられて自分も泣き出してしまった。しばらく二人で泣いていた。そのうちだんだん落ち着いてきた。まだ涙は流れ続けていたものの、なんとか喋れるようになったので聞いてみた。「あの」「はい」「僕のことは好きですか?」女性は優しく笑いかけてくれる。本当に嬉しそうだ。こちらまで幸せな気持ちになってくる。それからもう一度質問してみる。「好きですよね?」女性は答える。もちろんですわ。「じゃあ結婚してくれますか?」もちろんですわ。「やった!」思わず叫んでしまった。嬉しい! すごく幸せだ。女性が手を握ってくれた。暖かい手だった。そしてそのままベッドに押し倒される形になった。女性の体が密着してくる。ドキドキしてきた。顔が近づいてきてキスをした。女性はとても柔らかい唇をしていた。舌を入れてくる。こちらも負けじと絡めていく。すると唾液が流れ込んできた。とても甘くて美味しい。ごくりと飲み込むと頭がふらっとした。もっと欲しいと思ったけれど、そこで終わりらしい。残念だけど仕方が無い。これからいっぱい
愛してもらうことにしよう。
今日も疲れた。明日も仕事だし早く寝たいところだけれど、そういう訳にもいかない。なんといっても今夜は特別な日なのだ。期待感から興奮してしまい眠れなかった。とりあえずシャワーを浴びることにした。風呂場へ行く途中、寝室の前を通る。ドアの向こうからはかすかに声が聞こえてきた。女性のものだと思われる鳴ぎ声であるそれだけで下半身に血が集まってしまう。慌ててバスルームへと逃げ込んだ。服を脱いで洗濯機に入れる。浴室に入り体を洗うことにした。ボディーソープを手に取り泡立てる。白くてモコモコとした塊が出来上がる。それを体に擦りつけるようにして洗っていく。全身くまなく洗い終えると浴槽に浸かった。温かい湯船につかることでようやく人心地ついた気分になる。さっきまでの興奮状態とは打って変わり冷静さが戻ってくる。俺は一体何をやっているんだろうか。急に恥ずかしくなり顔が熱くなる。どうしようもない気持ちになりながら立ち上がった。そしてそのままの状態でしばらくボーっとしていた。しかしいつまでもこうしているわけにはいかないと思い直し浴室を出た。タオルを使って体の水滴を取る。下着を身につけパジャマを着た。まだ髪が濡れたままだったが仕方が無い。髪を乾かし歯磨きをして再びベッドに入った。目を瞑って眠ろうとするのだがなかなか上手くいかない。何度も寝返りを打っているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。