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夏休みは長い。
アルバイトをしていない私は、週に数度のサークル活動以外は図書館に行くか、家で過ごしている。
柚乃の方も似たようなものだ。週に一度家庭教師のアルバイトに行き、大学へ行ってサークル活動に参加してくる他は、基本的に私と同じように家にいた。
「できた……」
私はふうっと息を吐き出し、両腕を頭上に伸ばして体をほぐした。
この秋に大学祭があるのだが、手芸サークルに入っている私は、ビーズアクセサリーを出品する予定でいる。今、その一つが完成したところだ。
「このブレスレット、柚乃、つけてくれるかな」
作品制作の合間に、自分たちの分のブレスレットも作った。柚乃に見せようと思い、それを持って部屋を出たが、階下に近づくにつれて甘い匂いが強くなる。柚乃が何やらお菓子を作っているようだ。
リビングに入って行き、さらに強くなった甘い匂いを吸い込みながら、私はキッチンにいる柚乃に声をかけた。
「美味しそうな匂いだけど、何を作ってるの?」
柚乃は顔を上げてにっこり笑う。
「いい所に来たわ。パンケーキを焼いたの。味見してくれない?」
「パンケーキ?」
「そうよ。学祭の試作でね」
柚乃は大学では料理サークルに入っている。先日、互いの学祭の話になった時、自分たちは軽喫茶をやることになりそうだと言っていた。
「座って。今、持ってくから」
「うん」
私はダイニングテーブルの席についた。柚乃に見せようと思って持って来たブレスレットを入れたポチ袋は、ひとまずテーブルの手近な所に置いておく。
しばらくして、柚乃がパンケーキにアイスクリームを添えて、お茶と一緒に運んできた。
「本番はホイップクリームを添えようと思ってるんだけど、今日はバニラアイスね」
「いただきます」
私は柚乃の視線を感じながら、パンケーキにフォークを入れた。思っていた以上にふわふわで驚く。
「すごい、これ、どうやったらこうなるの?」
柚乃は得意げに笑う。
「ちょっとしたコツがあるのよ。でも、これくらいふわふわだと、お客さん、喜んでくれるかな?」
「学祭でこのレベルは十分だと思うよ」
「よし。じゃあ、これも候補の一つにしちゃおう」
「他にはどんなのを作る予定なの?」
「シフォンケーキとか、チーズケーキとかかな」
「柚乃たちの軽喫茶かぁ。去年は行けなかったから、今年は行ってみたいなぁ」
「ぜひ来て。そう言えば、詩乃の方の学祭はウチの後だったよね。詩乃たちのサークルも、何かお店をやるの?去年は作品を売ってたよね?」
「今年も去年と同じ。それぞれ作品作りに取り掛かり始めてる。ちなみに今回私は、ビーズアクセサリーを作るの。こんな感じでやってみようかな、って」
私はポチ袋の中から、柚乃の分として作ったブレスレットを取り出した。
「わっ、可愛い!あ、もしかして、詩乃が今着けてるのと色違い?」
「うん。柚乃にはこういう色が似合うかな、と思って」
「これ、私に?もらっていいの?」
「良かったら、だけど」
「わぁ、嬉しい!ありがとう」
柚乃はブレスレットを受け取って、早速手首に着けた。
「きらきらして綺麗だねぇ。大事にするね」
思っていた以上に柚乃が喜んでくれたことが嬉しくて、私の頬も綻ぶ。
「ところで、詩乃。パンケーキ、もう一枚食べない?」
私は苦笑いを浮かべた。
「とっても美味しくて、食べたいのはやまやまなんだけど、ごめんね。もうお腹いっぱい。お昼、食べすぎちゃったみたい」
今日の昼食は、柚乃がトマトパスタを作ってくれた。それが美味しくて、まだあるよという姉の言葉の誘惑に負けて、ついつい食べ過ぎてしまった。
「そっか。それじゃあ、残りは冷めたら冷蔵庫に入れておくか。お父さんとお母さんも食べるかもしれないしね。そうだ。碧斗を呼ぼうか。おやつがあるよって言って誘ったら、すぐに飛んでくるかも。詩乃、碧斗に電話してみてくれない?よろしくね」
「え?私?」
訊き返す私に、柚乃はにっと笑いかけて頷いた。空いた皿とグラスを持ってキッチンに行ってしまう。
別に碧斗に電話するのが嫌というわけではない。ただ、作った本人が連絡すればいいのと不思議に思ったのだ。だが、どちらがかけても構わない内容ではある。私はスマホを手にして碧斗に電話をかけた。
しかしコール音が長い。今は出られない状態なのかしらと思った時、留守番電話サービスに繋がった。そのまま切ってしまおうと思ったが、それも素っ気ないかと思い直し、名前を名乗る。続けて何を言おうか迷った末に、ではまた、と短すぎるひと言を残して電話を切った。
「柚乃。碧斗、出なかったよ」
食器や調理道具などを洗い終えて、柚乃はタオルで手を拭きながら笑う。
「そっかぁ。残念だ」
その時、カウンタ―の上でスマホが鳴った。柚乃のスマホだ。
姉は画面を覗き込み、困ったように薄く笑う。
「戸崎さんがね、これからお土産を持って来たい、って」
「え?」
いつの間にそんなやり取りをする仲になっていたのかと、胸の中がざわざわし出す。けれど表面上はいつも通りを装う。
「お土産って、どこか旅行にでも行っていたのかな」
私の疑問に柚乃は即答する。
「花火大会の時に言ってたわ。明日から一週間くらい帰省してくる、って。別に聞いてもいないのに、わざわざ予定を教えてくれちゃって」
苦々しい口ぶりで言ってはいるが、私の目に、柚乃の表情は柔らかく見えた。
最近の姉は、はじめの頃よりも態度が軟化してはいたが、いつぞやの夜のこともあってか、戸崎に対してまだそれなりの高さの壁を作っていたと思う。それがいったいいつの間に、こんな表情をするまでになっていたのかと驚く。
花火大会の夜、戸崎に付き添われて買い物に行ったはずの柚乃は、一人で戻って来た。その時私が覚えた違和感は、二人の間に変化を生じさせる「何か」があったためであり、柚乃を変えたのはその「何か」であるに違いない。私にはそうとしか思えなかった。
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