テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#学パロ?
44
ユイ
51
南洋の朝は、叩きつけられるような強烈な太陽と共にやってくる。
昨夜の静けさが嘘のように、滑走路は早朝から、零戦のエンジンが爆音を立てて目を覚まし、主計兵や整備兵たちが慌ただしく行き交う熱気に包まれていた。
僕は支給されたばかりの真新しい飛行服に身を包み、緊張でガチガチになりながら指定された機体の前に立っていた。
「よお、速中。寝不足か?」
後ろから声をかけてきたのは、すでに完璧に飛行服を着こなしている笹井中尉だった。今日も相変わらず「ラバウルの貴公子」の呼び名に恥じないスマートさだ。
「いえ! 熟睡いたしました!」
「ならいい。……おい、宮部。こっちだ。お前の小隊の新しい指揮官殿だぞ」
中尉が滑走路の向こうへと手を振る。
そこから、一人の搭乗員がこちらに向かって歩いてきた。
カツ、カツ、と泥を踏み締めて近づいてくるその男の顔が見えた瞬間――僕は思わず息を呑んだ。
(……は?)
心臓が変な跳ね方をした。
綺麗に整った顔立ち。どこか影を帯びた、酷く静かな瞳。
(え?は…?…え…?おかしいおかしい。)
忘れるはずがない。
昨夜、月明かりの下で自分の体に太いロープをぐるぐる巻きにし、狂ったようにギチギチと引っ張っていた、あの不気味な男だ。
男は僕の直前でピタリと足を止めると、驚くほど深く、丁寧な、絵に描いたようなお辞儀をしてきた。
「おはようございます、速中少尉殿。本日より同じ小隊で飛ばせていただきます、宮部久蔵一飛曹です。若き秀才の少尉殿の配下に入れること、心より光栄に存じます」
物腰はひどく柔らかく、声は穏やかで、おまけに腰が低い。
昨夜のあの、暗闇の中で放っていた凄まじい執念のオーラはどこへ行ったのか。
目の前にいるのは、まるでお役所の役人のような、あまりにも害のなさそうな男だった。
その凄まじいギャップに、僕の脳内は大混乱の嵐に陥った。
隣を見ると、笹井中尉が全て分かっていてわざと仕組んだように、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。
…良くない。良くないですよ!!!と言いたかったが、ぐっ、と我慢した。
…とはいえ、この男は誰なのだろうか、気になって仕方がない。
ダメだ。我慢できない。
僕は喉まで出かかった叫びを、そのまま本人の前でぶちまけていた。
「……あの、っていうか、貴方、誰ですか!?」
「はい……? 宮部一飛曹ですが……」
宮部一飛曹は、僕の剣幕に本気で困惑したように、パチパチと瞬きをした。
「違います! そうじゃなくて! 貴方、昨日の夜、宿舎の裏で体にロープを縛り付けて、めちゃくちゃ怪しい訓練をしてた人ですよね!?」
「ああ、あれですか」
宮部一飛曹は納得したようにポンと手を打つと、事も無げに、けれどひどく真面目な顔で微笑んだ。
「あれは怪しい儀式ではありませんよ、少尉殿。旋回時の重力に耐えるための、私の大切な訓練です。私は何としてでも、生きて妻と娘の元へ帰らねばなりませんから。そのためなら、夜中にどれほど不気味に見えようとも、関係ありません」
大真面目にそう言い切る男に、僕は完全に毒気を抜かれてしまった。
「生きて帰る」
その言葉の重みは、昨夜、暗闇の中で聞いた時と全く同じだった。
「……は、はぁ。そうですか……」
「よし、挨拶はそれくらいにしておけ」
笹井中尉が僕の肩を叩き、鋭い戦闘機乗りの目つきに戻った。
「速中、宮部の腕は確かだ。だが、あいつは『日本一の臆病者』だからな。空に上がったら、絶対に置いていかれないように喰らいついてこい」
「はっ!」
僕はもう一度、隣に並んだ宮部一飛曹の横顔を見た。
「貴方誰ですか」
なんてマヌケな問いかけから始まった、この男との出会い。
これから始まる戦いがどんなものになるのか、まだ何も分からないまま、空に上がるための時間が刻々と近づいていた。
「さぁ、行くぞ。ラバウルの空へ!」
笹井中尉の声を合図に、僕たちは一斉に、愛機のコックピットへと駆け出した。
コメント
3件
ああ、このギャップ、すごく好きです……! 昨夜のあの不気味な訓練の男が、まさか自分の小隊に所属する人だったなんて。しかも挨拶が丁寧で腰が低くて、おまけに「生きて妻と娘の元へ帰る」って真っすぐに言うから、もうね、主人公の「貴方、誰ですか!?」に全力で共感しちゃいました。これから空でどんな関係になっていくのか、すごく気になります。続き、楽しみにしてますね🌷