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恋愛相談
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今日は甘露寺と出掛ける日だ。
身仕度にいつもよりうんと時間と手間を掛ける。
服は皺になっているところはないか。
髪に塵はついていないか。
履物も綺麗か。
鏡に映る自分の容姿を念入りに確認し、待ち合わせ場所へと向かう。
遠くからでも分かる、想い人の姿。
早いな。俺も約束の10分前に着こうと思っていたんだが。
「あっ、伊黒さーん!」
俺に気付いた甘露寺が、弾けるような笑顔でパタパタとこちらに向かって走ってくる。
「すまない、甘露寺。待たせたか?」
「ううん!全然気にしないで!楽しみすぎて40分も前に着いちゃっただけなの」
よ、40分も!?
申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、“楽しみすぎて”という言葉にそれも少し薄れる。
「今日はどこにごはん食べに行く?」
「最近新しく見つけた食事処に行こう。大盛りもおかわりも無料らしい」
「えーっ!素敵!楽しみ〜!!」
にっこり笑う甘露寺。
今日も可愛いな。
食事処に入る。
店内は広く、席数も多い。
注文した料理が机の上に並び、目を輝かせて口いっぱいにそれを頬張る甘露寺。
可愛い。口元に米粒が付いているのも可愛い。
「んー!おいしい〜!!」
彼女があまりにも美味しそうに、幸せそうに食べるので、食に対してあまりいい記憶がない俺も普段より多く口にすることができる。
「つばさちゃん、このメニューも作れるかなあ?もし作れるなら、レシピ教えてもらおうっと!」
突然の夏目の話題。
そういえばこの間、蝶屋敷で不死川と時透が夏目を挟んで何やら話していたな。
あの時の不死川の悪い顔と、時透のぶすくれた顔。そして夏目はけろっとした顔をしていた 。
不死川にはあまり後輩をいじめてやるなと言ったが、内心ちょっと面白かった。
「どうだろうな。あいつは料理が得意みたいだし、料理名を言えば作り方を知っているかもな」
「そうよね!今度会ったら聞いてみよう!」
5杯目を口に運ぶ甘露寺。
いつ見ても、この食べっぷりには感心する。
少し前、甘露寺の家で“スフレパンケーキ”を作った夏目。俺も少し呼ばれたが、その食感に初めて食べ物に対して感動を覚えた。その後夕食も作って俺たちに振る舞ってくれた夏目は、甘露寺の食べる量に目を見開いて驚いていたが、嬉しそうに笑って追加分を作っていた。
「つばさちゃんに教えてもらったスフレパンケーキのレシピで自分でも作ってみたんだけど、上手に作れなかったの。しぼんだり焦げちゃったりして。つばさちゃんも、誰かに振る舞えるようになるまで、たくさん失敗して上手になっていったのよね、きっと」
夏目のことを話す甘露寺はとても優しい表情をしていた。
こんな顔も可愛い。
「…甘露寺は、夏目のことがよっぽど気に入ったんだな」
「うん、とってもいい子よね!私、つばさちゃん大好きなの。もし、彼女が元の世界に戻れる時が来たら、寂しいけど笑顔で送り出してあげようと思ってるわ。それまでいっぱい、つばさちゃんとの思い出を作るつもり!」
「…そうか」
確かに、夏目はいい奴だ。
真面目で、素直で。料理も上手い。
そして何より、スフレパンケーキを食べた甘露寺の幸せそうな顔を引き出してくれたのが、俺の夏目への株が上がった理由だ。
「ごちそうさまでした!美味しかったです!」
合計12杯も完食した甘露寺が、満面の笑みで店の者に声を掛ける。
その言葉に、甘露寺の食べる量に驚いていた彼らが嬉しそうに笑って俺たちを店の外まで見送ってくれた。
「はぁ〜、美味しかった!伊黒さん、また来ようね!」
当たり前のように“また”と言ってくれる。
俺は嬉しくて舞い上がりそうだ。
「あれ?…ねえ、あそこにいるの、時透くんじゃない?」
「ん?」
甘露寺の指差すその先にいたのは、確かに時透だった。
呉服店の前で、何やら難しい顔をしている。
「声掛けてみよう!時透くーん!」
「えっ、おい甘露寺!」
俺たちに気付いた時透がこちらを見る。
「あ、伊黒さん、甘露寺さん。こんにちは」
「こんにちは!時透くん、お着物買うの?……ってあれ?この生地に模様に色…女性物じゃない?」
そうなのだ。時透が見つめていたのは、店の出窓に飾られた、女物の着物だったのだ。
「……女の子って、どんな柄の着物が好きなんでしょうか?僕なんにも分からなくて」
“女の子”。その言葉に俺は、時透は夏目のことを言っているのだと察した。
「えっ!えっ!?時透くん、着物を贈りたいと思うような女の子がいるの!?素敵!私でよければ相談に乗るよ!」
「いいんですか?」
「もちろん!ねっ、伊黒さん」
「あ、ああ……」
俺たちは一旦、その呉服屋の前から移動し、甘露寺が最近見つけたという洒落た喫茶店に入る。
「……僕、つばさのことが好きになっちゃったんです」
意外にもはっきりと片思いの相手の名前を出した時透。
「きゃっ!そうなのね!つばさちゃんのことが…。とってもいい子よね!」
大興奮の甘露寺。女性はやはり、このような恋愛話を好む傾向にあるのだろうか。
「告白は?」
「迷ってて……」
楽しそうにたずねる甘露寺とは対照的に、時透は浮かない顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「…胡蝶さんに、僕が好きになった相手は違う世界から来た人だから、この恋が実っても実らなくても、いつかはつばさが元の世界に戻って別れる日が来るかもしれないって言われました。いつまでも鬼殺隊にいるわけじゃないって……」
そうか。特殊な相手を好きになってしまったな。しかも初めての恋で。
「…好きって言うにしても言わないにしても、とりあえずつばさに普段のお礼がしたくて。いつも美味しいごはんを作ってくれたり、誕生日を祝ってくれたり。この前も、僕の記憶が戻ったって聞いて自分のことのように喜んでくれたのが僕も嬉しかったから…」
「素敵!とってもいいと思うわ!それで着物を見てたのね」
注文した“プリン”を食べるでもなく匙で突っつきながら話す時透を、甘露寺は弟に向けるような優しい眼差しで見ている。
「つばさがこっちで着られるかなと思って着物を贈ろうと思ったんですけど……。そういえば僕、つばさの好みを知らないなって。無地がいいのか柄物が好きなのか、とか、何色が好きなのか、とか。そもそもつばさは着物をもらって嬉しいのかな、とか 」
確かに難しいな。女性への、しかも想いを寄せる相手への贈り物は。
「甘露寺さんだったら、何をもらったら嬉しいですか?」
「えっ、私?」
「同じ女の子だから……」
それはぜひ俺も知りたい。甘露寺には靴下を贈ったことがあるし、それをいつも身に着けてくれているから気に入ってもらえてると思ってはいたが。
甘露寺は運ばれてきた“フルーツパフェ”を嬉しそうに食べながら首を傾げている。
「ん〜、そうね〜……。私は、何をもらっても嬉しいと思うわ!」
「え…何でも…?」
訝しげな顔をする時透に、甘露寺はいつもの明るい笑顔を向ける。
「うん!だって、相手の人が自分のことを想って一生懸命考えて選んでくれたものでしょう?それが何であってもすごく嬉しいと思う!」
無難と言えば無難な答えだな。
でも今の時透には充分な助言だろう。
「そうなんですね…ありがとうございます。…伊黒さんはつばさに何をあげたらいいと思いますか?」
「!?俺?」
いやいや、俺だって夏目の好みなんざ知らんぞ。
………。あ、そうか。
「夏目が何をもらったら喜ぶかは俺は知らんが、奴の好きなものが分からないなら、聞いてみたらどうだ?本人に直接でもいいと思うし、胡蝶や栗花落たちでもいいと思うぞ」
「あっ、そうね!それがいいよ!好みに合わせた贈り物なら間違いないわ。つばちゃんもきっと喜んでくれるわよ!」
俺の返答に甘露寺も賛成してくれる。
「…分かりました。ありがとうございます。つばさに聞いてみようかな」
時透の表情が少し明るくなった。
突っついてばかりだったプリンをようやく口に運ぶ。
こいつはこんなにも表情豊かだったんだな。記憶がない時はいつも無表情に近くてぼんやりしていて、何を考えているか分からなかったが、記憶が戻った今、初めての恋に戸惑いながらも相手のことを想って悩んだり夏目を喜ばせようと考えを巡らせている。人間らしい、年相応の“少年”の一面が見られて、俺はそれを嬉しいと素直に思った。
「…僕、自分が思ってる以上につばさのことが好きみたいなんです。一緒にいるとあったかくて安心するし、つばさの笑った顔を見ると嬉しくて。他の男の人とつばさが仲良くしてるの見ると嫉妬してしまったり。……告白…どうしようかな……」
「ひとつのけじめとして気持ちを伝えるのはいいんじゃないかな。ひょっとしたら両想いかもしれないし、そうじゃなくても勇気を出して告白してくれたらきっと嬉しいと思うの」
勇気を出して告白……。そうだよな。
でも俺には、甘露寺の助言のように彼女に想いを伝えることはできない。己の中に通っている穢れた血を全て流して、真っ白な自分にならなければ、清らかな君の傍にいることなんて許されないんだ。
「……もし俺が時透の立場だったら、俺は告白せずに今まで通り夏目と接するだろうな…」
「どうしてですか?」
時透と甘露寺が不思議そうにこちらを見てくる。
「…想いを伝えて気まずくなるのは嫌だからな。そうなるくらいなら自分の気持ちを悟られないようにそれまで通り過ごすよう努めると思う。それに、相手とは生きる世界が違うから。もしその恋が成就したとしても、いつか来るかもしれない別れが余計つらくなるだろう」
少しだけ、時透と自分を重ねてしまった。
彼にはこの先も長く生きてほしいし、幸せになってほしいと心から願っている。
でも。
「俺たちは鬼殺隊の剣士だ。皆いつ死ぬか分からない立場にいる。鬼と戦って志半ばで命を落とすかもしれない。もし、時透と夏目が結ばれたとしても、どちらかが先に死んでしまったら、残されたほうは胸が張り裂けそうな悲しみを引きずって生きていかなければならないだろう。俺だったらそんな事態は少しでも回避したい」
俺の言葉に、話を聞いていた2人が悲しそうな顔を浮かべている。
「…そうですよね……」
時透の目がほんの少しだけ潤んでいるように見えた。
「…すまない、時透。今のはあくまでも“俺だったら”の話だ。気にしないでくれ。甘露寺が言うように、ひとつのけじめとして勇気を出して想いを伝えるのも素晴らしいことだと思うぞ」
「そうそう、みんながみんな、同じ考えじゃないからね。時透くん、話してくれてありがとうね!他の人の意見も聞いてみるといいわ」
俺と甘露寺が必死に時透を励ます。
「ね、まずはつばさちゃんの好きなものの情報を手に入れるのよ。それで、2人で出掛けたりなんてどうかしら?好きなものが分からなくても、一緒にいたら色々と知るきっかけはそこらじゅうに転がってると思うの」
「2人で出掛ける…」
「うん!美味しいものを食べに行ったり、それこそ呉服屋さんに一緒に行って、お着物を選んだり!こうやって喫茶店で甘いものを食べながらゆっくりお喋りするのも楽しいわよ、きっと」
「…!そうですね」
悲しげだった時透の目に光が灯る。
「…そうだ。時透くん、つばさちゃんに好きって伝える方法なんだけどね」
何かを思いついたように口を開く甘露寺。
「恋愛的な意味でじゃなくて、仲間としての好きだって伝えるのはどうかな?」
「仲間としての好き……」
「そう!“好き”にも色々と種類があるじゃない?家族愛だったり友情だったり、もちろん恋愛的な意味もね。時透くんの、つばさちゃんへの好きとは本当は違う意味だろうけど、“いつもありがとう”とかの意味も込めて、好きって言葉にすることで気持ちも軽くなるんじゃないかと思って」
なるほど。そんな手もあるな。
甘露寺の言葉に時透が頷く。
「それ、いいですね。それなら伝えやすそうです」
「そうだな。…もし、時透がその言葉の本当の意味を伝えたくなったら、付け加えて言うといい」
「うんうん!応援してるからね、2人のこと」
「はい。ありがとうございます。甘露寺さん、伊黒さん」
照れたように微笑んだ時透。よかった。やっと笑ってくれた。
その恋が実っても実らなくても、お前が好きになった相手とたくさんの幸せな思い出を作れることを願っている。
「甘露寺のパフェ…すっかり溶けてしまったな」
甘露寺が食べていたパフェは、果物を残して生クリームやバニラアイスが溶けて混ざり合い、液体になってしまっていた。
「えっ!あ、ほんとだ!話に夢中になっちゃって」
「すみません。僕の相談に乗ってくれたから……」
「ううん、気にしないで!」
俺は席の端に立てられていたメニューを広げ、2人に見せる。
「新しく注文するといい。時透も気になるのがあったら食べていいぞ。俺の奢りだ」
「わあ!伊黒さんありがとう!」
「僕までいいんですか?ありがとうございます」
今度は甘露寺は“チョコレートパフェ”を、時透は“クリームソーダ”を注文し、運ばれてきた甘味を嬉しそうに頬張るのだった。
つづく