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架空の小説
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初めて、“恋”というものを経験した。
その相手は、別の世界から来た女の子。
僕より4つ年上の、弓使いの女の子。
つばさといると胸がドキドキする。でもあったかくて嬉しい気持ち。
もっと話したい。声が聞きたい。笑った顔が見たい。
“好き”って、伝えたい。
胡蝶さんが教えてくれた、この気持ちの名前。
伊黒さんは自分だったら告白はしないって言ってた。
甘露寺さんは、ひとつのけじめとして告白するのはいいと思うって。
不死川さんには相談しない。なんかこの前意地悪されたから。
冨岡さんは「頑張れ」とだけ言ってくれた。
悲鳴嶼さんは、僕がつばさを好きだと話すと、「そうか…」と大きな手で頭を撫でてくれた。
煉獄さんは「人を好きになるのは素晴らしい!君の恋路を応援しているぞ!」と、ちょっと痛いくらいの力で背中を叩いてきた。
宇髄さんは意中の女の子と出掛ける時の男の心構え?みたいなのを意気揚々と教えてくれた。
柱稽古が始まって、僕の家にも毎日大勢の隊士がやって来るから、つばさとゆっくり話せない。
男共に混ざって雑魚寝させるわけにはいかないから、と、胡蝶さんがつばさを僕の家に泊まらせるのを禁止した。
そんな中での楽しみは、つばさが僕の稽古を受ける期間、作ってくれる昼食と夕食。他の隊士もつばさの料理を食べてすごく喜んでいた。
「つばさちゃんおかわり!」
「マジでうめえ!」
「嫁に来てくれ〜!」
なんて好き勝手言ってる。
そんな奴らを見て、つばさも嬉しそうに笑って、おかわりをよそってやったりしてる。それはちょっと面白くないけど。
つばさが泊まれないから、蝶屋敷まで送のるも僕の役目で、楽しみのひとつ。
やっと2人きりになれる貴重な時間だから。
でもつばさへの恋心を自覚してから、ドキドキして上手く話せなくなってしまった。
僕の態度、不自然じゃないかな?
つまんないって思われたりしてないかな?
色々考えるせいで黙ってしまう。せっかく2人になれたのに。
『…無一郎くん、何かあった?』
「えっ…?」
案の定、つばさが心配そうに僕を見てくる。
「な…なんで?何もないよ」
『そう?…なんか、無一郎くん元気がないみたいだから』
鋭いよなあ。
『何か悩んでる?私でよかったら話聞くよ?』
悩んでるよ。目の前にいる相手のことで。
つばさのことが好きって言いたいけど…どう思われるかな……。
嫌かな?それとも嬉しいって思ってくれるかな?
伊黒さんが言ってたことが今分かった。
告白して気まずくなるなるの、嫌だなあ。
僕が想いを伝えて、いつかつばさが元の世界に戻る時の足枷になるのも嫌だ。
どうしたらいいんだろう。
苦しい。恋がこんなに苦しいなんて知らなかった。
こんなに苦しくてもどかしいなら、つばさへの気持ちに気付かなければよかったのかなあ……。
『無一郎くん?大丈夫…?』
相変わらず心配そうな顔で僕を見つめてくるつばさ。
その明るい茶色の瞳に映っていたのは、明らかに“悩んでます”って顔の自分。
「……つばさ、相談…というか、聞きたいことがあるんだ…」
『うん、なあに?』
僕は自分が悩んでること、つばさだったらどうするか聞いてみることにした。
「…もしもの話。もしね、身分も立場も住む世界も違う人を好きになっちゃったら、つばさはどうする?」
『…えっと、何かの小説の内容?』
「あっ、うん…今読んでる本のね」
勘のいいつばさに気付かれるかもと思ったけど、小説の中のことか聞かれたから、そういうことにしておいて相談してみよう。
『そう…。登場人物の関係は?身分とか』
「えっと…将軍家のご令嬢と貧しい平民の男…かな」
口から出任せで設定を作る。
「ご令嬢のほうは身分とか正体を隠して町に遊びに行ってて。そこで男と出会って仲良くなるんだ。男のほうは相手にひと目惚れで。でもちょっとしたことがきっかけで将軍の娘だって分かっちゃうんだ。それが判明しても、娘は変わらず町に出てきて男と会って一緒に過ごすんだよね」
『なるほど』
「男は自分の気持ちを伝えたいけど、身分も住む世界も違う相手に告白していいものかと葛藤してるんだ」
変な設定になってないかな?
『それは…しんどいね。結末はどうなるの?』
「あっ、えっと…まだ最後まで読めてないんだ。…なんか感情移入してつらくなっちゃって」
『あら、そうなんだ』
ほんとはそんな本読んでないんだけど。
『無一郎くんは感受性が豊かなんだね』
つばさが優しく微笑む。
「そんなことないよ…。つばさが男の立場ならどうする?告白する?それとも自分の相手への気持ちをなかったことにして生きていく?」
『ん〜…そうね……』
僕の問いかけに難しい顔をして首を傾げるつばさ。
少しの間があって、彼女は口を開いた。
『告白するかしないかは一旦置いといて、私なら、好きって気持ちをなかったことにはしないかな』
「どうして?」
『だってさ、自分の気持ちに嘘を付くのってつらいじゃない。まずはその人を好きになった事実を、自分自身で認めるの』
自分を認める……。
『自分のことを認めてあげられるのは自分自身しかいないから。…誰かを好きになるって、ものすごく素敵なことだと思うのよね。そんな感情に気付けた自分をちゃんと受け止めてあげるの』
「そっか……。じゃあ、自分の気持ちを認めたとして、相手に想いを伝える?」
『無一郎くんだったらどうするの?』
質問に質問で返されてドキッとする。
「えっと……告白したいけど、元々会うことのない身分の人同士だし、ご令嬢がお見合いとか結婚とかで会えなくなるのつらいなって。…もし男が頑張って想いを伝えても、それが相手の足枷になるかもって考えると、きっとつらいだろうなって……」
『そっか…』
また少しの間があって、つばさが言葉を紡ぐ。
『将軍家のご令嬢なら、許嫁とかいそうだよね。家柄重視で結婚相手を決められてるかもしれないし。…でもね、身分が違うことがバレちゃってもご令嬢が変わらず男の人と一緒に過ごすなら、少なくとも相手のこと嫌ってはないと思うのよね。むしろ好意を抱いてると思う』
「…確かに」
『だから男の人のほうが思い切って告白したら、ご令嬢はすごく嬉しいと思うよ。誰かに好きって伝えるのって、ほんとに勇気が要ることだから……』
まるで自分が経験したかのように言うつばさ。
「……つばさは、好きな人に告白したことがあるの?」
『うん、あるよ。告白したこともされたことも。身体中の、ありったけの勇気を掻き集めて、“神様どうか私に味方してください”って祈りながら相手に気持ちを伝えるの。それがどんなに大変なことか分かってるから、告白された時に相手の想いに応えられなくても、素直に嬉しいって思う 』
「そっか……」
僕は初めての恋だから、つばさしか好きじゃないけど。
彼女は僕よりも3つも年上で、僕より長く生きてる分、経験も豊富だよね。可愛くて優しいし、一生懸命で。そんなつばさに惹かれる男はきっとたくさんいるだろうな。
でも正直、つばさに好きな人がいたことがあるって事実に少し凹んでしまう。
『……恋ってね。必ずしも楽しくて幸せなことばかりじゃないのよね。…私も彼と付き合ってた時はすっごく幸せだったけど、お別れして数日は悲しくて毎晩泣いてたから。勝ち目のない恋愛だってあるし、それこそ住む世界の違う相手を好きになっちゃうことだってある。でもつらくても、誰かを好きになるって、人生においてすごく素敵な経験で、自分の心が豊かになる、特別で大切な時間だと思うの。…だから私は、その小説の中の男の人には頑張って想いを伝えてほしいな。結果的に結ばれなくて、しばらくは悲しい気持ちで過ごすかもしれないけど、時間が経てばいつかは、その相手を好きになってよかったって思える日が来ると思うから』
すごく納得のいくつばさの言葉。
『ご令嬢のほうも、身分が違うことを分かってて告白されたら、すごく嬉しいと思う。誰かが自分を好きになってくれた、それを勇気を出して伝えてくれたっていう事実が自分の自信になるだろうし、その先、生きていく上で大切な思い出になると思うから』
「そっか…ありがとう、つばさ」
自分で読んだわけでもない、しかも架空の物語の人物の心情を、僕の拙い説明だけでここまで推測して言葉にまとめられるなんて。この子ほんとにすごい。
『…無一郎くん。その本の続き読んだら、2人が最終的にどうなるか教えてね』
「えっ?」
『だって気になるじゃない。無一郎くんがそこまで感情移入して読むのがつらくなっちゃうような物語の結末。こんなに読者を引き込んじゃうんだから、作者の先生はすごい方だよね』
「あ…うん、そうだね」
『やっぱり結ばれることのない切ない恋かもしれないし、意外にも逆玉の輿でハッピーエンドかもしれないし。どんな結末になるか、後で教えてね!』
「…うん、分かった。続き読んでみるよ」
笑って誤魔化す。
ごめんね、つばさ。熱心に登場人物の気持ちを考えてくれたのに、それは僕がこの場で作り出した架空の物語の設定だったんだ。
でも、つばさの言葉を、好きな人の言葉を聞いて、僕は決心がついたよ。
この気持ちを伝えるかどうかを。
話しているうちに蝶屋敷に着いてしまった。
『無一郎くん、送ってくれてありがとう。柱稽古でたくさんの隊士の相手をするの、大変だよね。毎日お疲れ様』
「大丈夫だよ。ありがとう」
つばさ、明日は稽古休みの日だって言ってた。次はいつ会えるかな……。
あ、そうだ。
甘露寺さんの助言が頭に蘇る。
「つばさ、明日の次に休みになるのはいつ?」
『えっとね、来週の火曜日かな』
「その日なら、僕も休みなんだ。……あのさ、2人でどこか出掛けない?」
つばさは驚いたように目を見開いたけれど、すぐににこっと笑ってくれた。
『いいよ。どこに行く?』
「…美味しいもの、食べに行こう。甘露寺さんが教えてくれたお店がいくつかあるんだ。あと、つばさが見たいの見に行こう」
『わ!嬉しい。楽しみにしてるね』
ああ、僕の大好きな、つばさの優しい笑顔。
任務以外で初めて2人で出掛ける約束しちゃった。嬉しくて口元が緩みそうになる。
「じゃあ、その日の11時にここに迎えに来るね」
『うん!ありがとう 』
名残惜しいけど、僕も早く帰って伊黒さんや不死川さんと稽古しなくちゃ。
『無一郎くん、ぎゅってしようか?いつもみたいに』
「…!うん!」
つばさ、僕がしてほしいこと分かったのかな。
腕を広げてくれるつばさにぎゅっと抱きつく。
ドキドキするけど、嬉しさのほうがずっと大きい。
「ありがとう。これでまた頑張れそう」
『ほんと?よかった。気をつけて帰ってね』
「うん。…じゃあ、また来週ね」
つばさが優しく微笑んで、僕を見送ってくれた。
すっかり暗くなった空には、たくさんの星が輝いていた。
つづく