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「それくらい良いでしょ?あなたって何も目的がなさそうだし。私はもっと上にいきたいの」
逆に謝ってほしいくらいだ。
葉山さんの擁護なんてしたくはない。
だけど反論したら、もっと話は長くなるし、陰で虐められるかも。今以上に悪い噂とか流される可能性もある。
昔の私だったら
<はい。わかりました>
って言っていたと思う。
けれど、さっき朝霧部長は私のことを信じてくれた。だから、私も彼を裏切るわけにはいかない。
「嫌です」
「えっ?」
私が大人しく従うと思っていたんだろう。葉山さんは、驚いていた。
「今回、私は何も悪いことはしていません。嘘をつくのも嫌ですし、謝罪もしたくありません。そもそも、誤字を見つけられなかった葉山さんのミスなんじゃないでしょうか?」
「はぁっ!?」
正論を言われて、だけど納得できなくて、葉山さんはイライラしているように見える。
「お昼休憩がなくなってしまうので、失礼します」
私は会議室から退室しようとした。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
葉山さんが私の手を引き止めた時
「なにかあったんですか?」
会議室の扉が開き、現れたのは朝霧部長だった。
葉山さんは、私を掴んでいた手を引っ込める。
どうして朝霧部長がここにいるんだろう。
もしかして見られていた?
なんて返事をしよう。
私を含め、その場の人間が黙っていると
「和倉さん。この間言っていた、社内食堂のオススメメニューを教えてほしいんですが?」
ええっ。朝霧部長、何を言っているんだろう。
そんな話、全くしていないのに。
「朝霧部長と和倉さんって知り合いなんですか?この間って、部長が赴任したのは今日ですよね?」
葉山さんの顔色が悪い。
たしかにちょっと前から知り合いではあるけれど。
「ええ。そうなんです。昔からの知り合い、というか、友人なんです」
私の眉間がピクッと反応をする。
昔からの友人って、変に勘違いされそう。
まぁ、いいか。
「そうなんですね」
葉山さんは顔が引きつっている。
余計なことは言うなよ、そんなオーラがひしひしと伝わってくる。
「特に何もないようなら、和倉さん、行きましょう」
「はい」
私は部長のあとを追う。
「あの、朝霧部長……」
「社食、食べるのはじめてなんで楽しみです」
私が聞きたいことは教えてくれない。
それに、本当に部長と社食に行くことになり、私は社員食堂で注目の的となった。
<おい、和倉さん。朝霧部長と飯食べているよ。なんで?>
<知らないよ。あいつが男を誘うわけないし。マジ、不明>
そんな声も聞こえる。
「和倉さんは、お弁当を作ってきてるんですか?」
「そうです」
私のお弁当を朝霧部長はまじまじと見ている。
見られると思っていなかったから、冷凍してある残り物を詰めてきただけだ。恥ずかしい。
「あの、朝霧部長。さっきはありがとうございました。今日だけで二回ほど助けられた気がします」
データのミスと葉月さんの呼び出しから解放をしてくれた。
「和倉さんからありがとうって言われるとは思っていませんでした。先ほどは、なんだか良くない予感がしたので、あとから勝手について行っただけです」
もしかして、会話も聞かれていたの?
「和倉さんがしっかりと拒否していたのは、かっこ良かったですよ」
朝霧部長は口角をあげ、優しい顔をしている。
「朝霧部長に嘘をつきたくなかったからです」
いつも社内で孤立していて、誰も助けてくれない。そんな雰囲気を作っているのは、無愛想でコミュニケーション脳力が低い私のせいかもしれない。
だけど、勤めていて真面目に仕事はしているつもり。不正とか、悪いことはしたことはないのに、一方的に決めつけられて怒鳴られてきた。
「みんなの前で部長が私のことを信じてくれたから、私も向き合いたかっただけです」
真正面から伝える勇気はなかったけれど、素直に気持ちが言えたのは不思議だ。
「和倉さん、すごく嬉しいです」
そして
「プライベートだったら、嬉しくて泣いているかもしれません」
朝霧部長は小声で呟いた。
「そんな、大げさです」
部長の言葉に少し笑ってしまう。
朝霧部長とお昼を食べていたことは、部署の中ですぐに広まった。お昼休憩のあとは、その話題で持ちきりだ。
他人のことなのに、みんな熱心に話し込んでいて、私には共感ができない。
朝霧部長は午後は、引継ぎや他部署への挨拶で不在だった。
何事もなく、帰宅し、ベッドで横になる。
すると、スマホがピコンと鳴った。
メッセージの相手は、朝霧部長だ。
<今日はお疲れさまでした。食堂で芽衣さんが笑ってくれた時、癒されました。何か困ったことがあったら相談してください>
何か困ったこと、朝霧部長はなんとなく私の評価とか評判とか聞いているのかな。
悪評だと思うけど、プライベートの時と変わらず普通に接してくれるんだ。
まわりの意見に流されない人なのかな。
私もその強さがほしい。
<こちらこそありがとうございました。おやすみなさい>
話を引き延ばすのも、そう思い、おやすみの挨拶を済ませる。
朝霧部長からは、可愛いネコのスタンプが送られてきた。