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それを見て、フッと笑ってしまう。
ああ、猫カフェに行きたいな。今週、行こうかな。モカちゃんに会いたい。
それからしばらく、社内で朝霧部長と関わる機会はほとんどなかった。
だけど、部長とお昼を食べていた人間、そして葉山さんが流したであろう
<私は朝霧部長の友人>
という噂が広まり、陰口や仕事を押し付けてくる人が少なくなった。
部長の効果ってすごいんだな。
今日は金曜日で、明日は休み。
土日のどちらかは猫カフェに行って、気分転換をしようと考えながら終業時間を迎えた。
残業もなく帰宅しようと一歩、部署を出ると
「和倉さん!」
一つ歳上の先輩である石塚さんに呼び止められた。
石塚さんは、葉山さんと交流がある男性社員だ。二人は付き合っている、なんて噂が流れた時もある。
石塚さんとは仕事以外では話したことがなく、逆に私の陰口を言っている人だと認識していた。
そんな人が私に何の用事だろう。
「はい」
返事をし、足を止める。
「話があるんだ。一階のコンビニ近くで待っていてくれない?すぐに行くから」
私に話がある?
不信に感じたが
「わかりました」
密室に呼び出されたわけではない。
とりあえず、返事をしてしまった手前、コンビニの近くまで行った。
すぐに来るって言っていたよね。
しばらくコンビニ近くで立っていたが、石塚さんが来ない。
彼の連絡先は知らないから、連絡しようがない。どうしよう。会社に戻って、探してみる?
でもすれ違ったらどうしよう。
時計とスマホを見ながら彼を待った。
うーん、悪ふざけかな。
一時間くらい待ったけれど、石塚さんが現れない。
一時間も待ったんだから、帰ろう。
月曜日に何か言われたら、一時間は待っていたことを伝えよう。
私が駅方面へ歩き出した時
「和倉さん!!」
石塚先輩が息を切らして走ってくる。
「ごめん。帰ろうと思ったら、課長に捕まっちゃって」
ごめんねと手を合わせて謝ってくれた。
「いえ」
そういう理由なら仕方がないか。
「和倉さん。俺、実はキミのことが好きなんだ。俺と付き合ってくれない?」
「えっ?」
石塚さんが私のことを好き?
そんなこと、信じられるわけない。
「仕事に真剣に向き合っている、和倉さんがすごいと思ってた。大切にするから、付き合ってほしい」
石塚さんは頭を下げている。
告白なんて断わり慣れてない。
どうすれば先輩の気持ちを傷つけないで断わることができるんだろう。
この前の朝霧部長の時は、あんなにも冷静に対処できたのに。先輩だから、言葉の選び方に困る。
私が無言でいると
「ダメかな?」
先輩は首を傾げている。
「すみません。今、恋愛に興味がなくて。ごめんなさい」
朝霧部長と同じ返事になってしまったが、頭を下げ、付き合えないことを伝えた。
すると――。
「だって!お前たちの負けだな!」
石塚先輩の目線の先には、葉山さんと同期の男女三人がハハハっと笑っている。
どういうこと?
「ごめんね。俺たち、賭けをしていたんだ。和倉さんが俺の告白を受けてくれるか、どうか。葉山は、告白を受けるって方に賭けたけど、俺はフラれる方に賭けた。なんか、俺のプライドが傷つけられた気がするけど、勝って良かった。今日の飲み代、お前たちの奢りだからな」
ハハっと石塚先輩は葉山さんたちを指差して笑っている。
なにこれ、賭けの対象にされたの?
一時間待たされたのは、彼女たちが全員揃うのを待っていたから?
「石塚さんがまさか自分に告白してくるなんて思わなかったでしょ?告白された時の和倉さんの顔、ガチすぎてマジ面白かった。笑わせてくれてありがとう」
葉山さんはまだ笑っている。
私は蚊帳の外で、奢るのが嫌だとか、石塚の告白の仕方が悪いとかで、彼女たちはふざけ合っている。
楽しそうだな。
どうしてこんなことされなきゃいけないの。
「ごめんね。これはあくまで遊びなんだ。恨まないでよ。こんなことで和倉さんは怒らないよね」
葉山さんは、バイバイと言いながら、他の社員とともに去って行った。
怒れない、声を出せない自分が悔しい。
この前言い返せた時、少しは強くなれたと思ったのに。
許せないのに、どうしたらいいのかわからない。みすぼらしい自分にとにかく腹が立つ。
手が震えそうだ。
悔しくて涙が一粒流れた。
その時――。
「和倉さん!お疲れ様です。あれ、どうしたんですか?」
朝霧部長が私に気づいたのか、やや駆け足で向かってきた。
私の様子がおかしいことに気づき、彼は心配してくれている。
「具合でも悪いんですか?暗くてあまり顔が見えなくて」
涙を堪えようと、鼻をすすると
「泣いてるんですか?」
部長は優しく問いかけてくれた。
泣いてない、ほっといてください、大丈夫です、そんな風に返事をしようと思った。
だけど
「友達なら、話を聞いてくれませんか?」
私は朝霧部長に助けてほしいとサインを送ってしまった。
「あっ、やっぱり……」
発言を取り消そうとしたが
「もちろんです。聞かせてください」
朝霧部長は優しく微笑んでくれ
「行きましょうか。駐車場に車を駐めてあるんです。乗ってください」
朝霧部長って、車通勤なの?
「 はい」
私は彼の言葉に従い、あとをついて行くことにした。