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コユキは新千歳空港のターミナルビルから表に一歩踏み出した所で足を止め誰にともなく呟くのであった。
「流石は北の大地の玄関口ね、茶原(ちゃばら)しかない空港とは規模自体がダンチだわん」
いつものツナギにアライグマのキャップ、若草色のスニーカーにペラッペラのドテラ姿。
格好付けているつもりだろうか、国際的なスナイパーばりの黒いグラサンを外して胸ポケットにしまいながらもう一言呟いた。
「ふっ、さしずめ純白の雪原に舞い降りた天使、って所かしらね」
馬鹿みたいな台詞(せりふ)を言って颯爽とタクシー乗り場に向かうコユキである。
タクシーの後部ドアから中を覗き込みながら運ちゃんに質問を浴びせる。
「ウポポイって遠いのかしら? コーチマン」
運転手は淀みなく応える、プロフェッショナルだ。
「高速経由なら四、五十分ですね、北海道ではすぐそこレベルですよ、お客さん」
コユキはどっしりと後部座席に身を沈めながら告げた。
「やってちょうだい」
「はい、どうもー」
ブロロォーッ!
タクシーは滑らかに走り出すのであった。
インターチェンジまでの連絡道路を経て、南下を続ける高速道路の左右に広がるゴルフ場に目をやりながらコユキは言った。
「ねえコーチマン、この後苫小牧(とまこまい)を経て向かう白老(しらおい)町なんだけどさ……」
コーチマン、運ちゃんは答える。
「ええ、お客さんの目的地ですよね? あそこはウポポイで盛り上がってますよぉ! アイヌ民族の歴史の街ってね♪ 縄文文化を残した狩猟と祭祀(さいし)が学べるんだってねぇ~、そりゃもう大賑わいですよぉ!」
「いや、そうじゃなくてね…… アタシって滞在時間を最短にしたいのよね、諸般の事情でね…… 聞きたい事はズバリッ、一点だけなのよ! 一体、何を食べるべきかしら? 一食のみだったらよ? それを教えてくれないかしら?」
「た、食べ物ですかぁ、そうだなぁー、やっぱりマトンとか海鮮とか、ですかねぇ? 一応白老牛とかも最近推してはいるんですけどねぇ…… あ、スープカレーはどうですか? 美味しいですよ! お客さん食べた事とかありますか? どうでしょうね?」
コユキは溜息を吐きながら答えた。
「ああ、あれね…… アタシって静岡に住んでるんだけどさ、あれ出すお店とか結構あってねー、んでもね、アタシ的にはそんなに美味しく感じなかったのよねー、ごめんだけど…… 道民自慢の食べ物なのは分かるんだけどさっ! 今一パンチに欠けるって言うか、ご飯のお供としてはどうなのかなって、ね、本当にゴメンなんだけどね……」
この言葉を聞いた運ちゃん、コーチマンは雪に覆われた高速道路の只中だと言うのに急ブレーキをかけるという暴挙に出たのであった。
ズウゥザザザァァァーッ!
「ヒッ! ヒィィィーッ!」
横滑りしながら奇跡的に事故に結びつかなかった幸運な結果をも無視した運ちゃんは言うのであった。
「お客さんっ! その言葉は聞き捨てなりませんねっ! スープカレーがご飯に合わないですってぇっ! 馬鹿言っちゃあいけないさぁー! それはお客さんが本物のスープカレーを食べた事がないからですよぉっ! 良いですかっ? 北海道以外の地域で提供されている、スープカレーってあれでしょ? カレー味のスープに適当にゴツゴツした野菜を入れてるだけの物なんじゃぁないんですかっ? どうですっ!」
コユキはめっちゃビビりながら返した。
「う、うん、そうね、アタシが今まで食べて来たスープカレーって確かにカレー風味のスープだったけれど…… ねぇ、コーチマン? それって道民にとってそれほど怒っちゃう事柄なのん?」
温和そうな運ちゃんは未だ目を剥き捲って答えたのである。
「そりゃそうさー! 客さんーんんんんっ! あのね? カレー風味のスープとスープカレーは全然違う物だよっ! はあぁー、本土のスープカレーもどきでドサンコのソウルをを語るとか…… 見た所、お客さんって食べる事の専門家っぽい職業の方ですよね~、はぁー、がっかりですよっ! がっかりっ! 今回の旅で是非、絶対! 本場のスープカレーを味わって下さいよねっ! これ、絶対ですよ? 良いですか? エゾシカのジビエとか、ジンギスカンとかザンギとか海鮮祭りとかじゃぁダメですからねっ! スープカレー一択ですからねっ! |確《しっか》り味わってその美味さを知って帰って下さいよぉ! じゃなきゃここから先は運転とか出来ないですからね、ええ、ええ、出来ませんともっ! 歩いて行けばいい、までありますからねっ! プンプンッ!」
コユキは目を見張りながらも頑張って答えるのであった。
「コ、コーチマン…… 分かったわよ…… アンタ達ドサンコにとってどれほどスープカレーが別格なのかは理解出来たわよ…… 今回の遠征では他のメニューは食べないから、お願い! ウポポイに向かって走って頂戴! まさかアンタら道民にとってそれほど誇りを抱いている料理だとは気が付かなかったのよ、ゴメンね! これからは秘密にしておきたいケンミンショーとかしっかり見てから旅行するわよ…… ねえ、行ってくれる?」
コーチマン、運ちゃんは答えた。
「分かってくれれば良いさぁー! 興奮してしまいまして申し訳なかったさぁー、スープカレーを食べてくれたらそれで良いんさー、もし食べ足りなかったならこの時期の脂が乗り捲ってるサケのハラモ、ハラスの塩焼きとかでも追加で頼めば良いんで無いのぉ? どう、お客さん?」
コユキも得心がいった表情で答える。
「ああ、ハラスねハラス! 世界中で話題の真っ只中の奴じゃないのお! あれでしょ? アメリカ合衆国の女性副大統領がめちゃめちゃ好きで話題になってるやつでしょ? なまらはらすだっけ? 美味しいんだってねぇ?」
運ちゃんが車を発進させながら笑い声で答えた。
「ははは、そりゃカマラ・ハリスだべさー、お客さんとんちが利いてるねぇ!」
「なはは、そうかそうか、こりゃ失礼、なははは♪」
こんな悪ふざけをしながら楽しいタクシーの旅は苫小牧(とまこまい)を経て目的地のウポポイへと辿り着くのであった。
巧く誤魔化せたようだ、コユキ大金星である。